表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
High-/-Quality  作者: hime
【第3章:決戦場】
68/80

第67話:Fly into THE BLUE SKY

_


バーの高さは4m90cmに進んだ。



継聖学院からは、高薙兄弟と江國の他にもう1人の選手が出場していた。


彼の名は、柏宮 寛汰(かしわみや かんた)

170cm程の背丈で照準体型の彼は、若越や皇次たちに比べると少し小柄だった。


若越も、彼の名を知っていた。

中学時代、若越程の競技者ではなかったものの、競技人口の少ない棒高跳びでは、その数少ない競技者は貴重な同志であった。

若越が全中出場を決めた試合にも、彼は共に出場していた。



「…お久しぶりです、若越さん。

僕も高校でも、棒高跳び続けていくので今後とも宜しくお願いしますね!」


無邪気な笑顔と共にそう挨拶をした彼に、若越は少し愛想笑いで答えた。

純粋な気持ちを持ち続けているであろう柏宮の存在に、複雑な気持ちで迷い彷徨った果ての若越は少々羨ましさすら感じていた。



そんな彼は、3m70cmの記録にて既に競技を終えていた。

継聖学院の先輩たちを含め、自分以外の競技者がこれから大台に入るのに対して、彼は既に着替えを済ませてリラックスしているように見えた。

しかし、その目にはしっかりと助走路に立つ若越たちの姿を焼き付けている。



(…やっぱすげぇや、若越さん。

…でも、宙さんや皇次くん、途識さんも負けてないっすからね。)




4m90cm、1本目の試技。

第1跳躍者は、継聖学院高校2年、高薙 皇次であった。



皇次は助走路に立つと、首を大きく左右に曲げてゴキッゴキッという音を鳴らした。

眉を顰めて、鋭い目つきめバーを見上げるその姿からは、目に見えない威圧感が満載である。


(…こっからだ。江國に…若越に、俺は勝つっ!)


大きく息を吸うと、皇次はポールを持ち上げた。

体を軽く前後に揺らすと、タイミングを見極めてその足を1歩踏み出す。



「…行きまぁぁぁぁぁぁぁっす!!!!」



「はぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」



皇次の助走はリズムを刻みながら1歩1歩バーに向かっていく。

ポールの先が少しずつ地面に向かって下がっていくと、そのリズムも少しずつ速くなっていった。



バコッッ!!!!



ポールの先がボックスに突き刺さると、皇次のポールは大きな弧を描いた。

その流れに合わせるように、彼の体が大きく振り上げられる。


昨年度までは、大きな体格を利用した荒削りな跳躍であった皇次だが、今年度は一味違う。

振り上げた足先が、より垂直にバーの上へと向いており、姿勢にも纏まりがある。


バーの上を越える頃には、彼の腹部とバーの間に10cm程の空間が生まれていた。

これも、昨年度の新人戦以降に積み重ねた、彼自身の努力の表れなのかもしれない。



皇次が勢いよくマットに落下すると、歓声と共に大きな拍手が彼を包み込んだ。

彼はその様子に一喜一憂することなく、落ち着いた雰囲気のままポールを拾い上げる、マットを降りた。



その後、若越、江國と続けて4m90cmの1本目を成功。

続く宙一は、1本目を失敗。

迎える1本目の最終跳躍者、伍代が助走路に姿を現した。



_



支部予選、前日_


昼休みの時間に、七槻は伍代を中庭に呼び出した。



「…何だよ、改まって話なんて…。」


伍代は少々めんどくさそうに、そう言いながら中庭のベンチに座っていた、七槻の元に現れた。


「…大した事じゃねぇ。1つ聞きたいことがあってな。」


七槻は妙に落ち着いた口調で、伍代にそう言った。


「…な、何だよ…。」


「桃木の事、このまま放っておくのか?」


七槻の突然の問いかけに、伍代はあからさまに動揺した様子を見せた。

これまで伍代は、桃木に関する話を七槻は愚か音木を含めた友人たちにすら一切話をしていなかったからだ。

強いて言えば、一代先輩の三ツ谷としかそう言った会話は交わしていない。


「…放っておくって…別に、あいつは誰のものでも…。」


伍代は誤魔化すのかハッキリ説明するのか、有耶無耶にしながらそう答えた。

その答えに被せるように、七槻は強い口調で話し始めた。


「…いつまでそう呑気な事言ってられるか、わかんねぇぞ?」


その言葉に、伍代はハッとした。

"呑気な事"。その意味が鮮明には理解できていなかったが、七槻の言わんとしている事はぼんやりと伝わっていた。


「…明日から、高校生として最後の大会だ。

俺もお前も、去年みたいなヘマはできねぇ。

…タイムリミットは残りわずか、チャンスも少ない。

…後悔、すんなよ?」


七槻は、その答えを妙に濁しながらそう言葉にした。

それに対し、伍代も真剣な眼差しを向けながら答えた。


「…分かってる。…もう、後悔なんてしない。」




_



トラックでは、男子100mの予選が着々と進行していた。

間も無く、紀良のいる組に差し掛かろうとしていた。



トラックでの100mの影響なのか、棒高跳びピットに配置されている吹き流しが、横風を示している時間が増えてきた。



助走路には、ポールを持ってタイミングを待つ伍代の姿があった。



(…ったく、勝馬の奴。何で急にあんな事を…。)


伍代は強い横風を感じる中、昨日の出来事を思い返していた。

そして、観客席にいる桃木を横目で捉えた。


(…まあでも、あいつの言う通り…だな。)


第3コーナーの観客席の最前列には、桃木がいた。

彼女は、グラウンド側にいる若越も話をしていた。

その内容は、伍代には分からなかったが、おおよそ先程の跳躍の事と、次の試技に向けたアドバイスであろうと自分を納得させようとしていた。


(…あれ?…俺…今、なんで桃と若越が競技の話してるだろうって決めつけたんだ…?)


強い横風を示していた吹き流しが、一瞬落ち着いて垂れ下がったことに、伍代は気がついていなかった。

それどころか、再び僅かな横風が吹き始めた。


伍代は深呼吸をして、両手にタンマグを馴染ませる。


(…ったく、余計な事考えててタイミング外しちまったじゃねぇかよ…。)


再び、軽く視線を桃木に送ると、彼女は笑顔で後輩である若越にガッツポーズを示していた。

若越も満更でもない笑顔をしていたので、どうやら桃木から若越にエールが贈られているようであった。


その様子に、伍代はあからさまに不満そうな顔をしながら、再び視線を正面に戻した。


(…やべぇ。集中、集中…。)


足元のメジャーの数字を確認し、助走のスタート位置が正常である事を認識すると、伍代はポールの先を天高く持ち上げた。


(…決めたよ。俺は優勝しか目指さない。)


伍代の右足が、一歩後ろに引かれた。


(…インハイ全国勝って、玻菜に想いを伝えるっ!)



「行きまぁぁぁぁぁぁぁぁっす!!!」



タイミングが合ったのか、トラックでの100mは次組のスタート前であり、競技場には伍代の合図の声が響き渡った。

それにより、観客や選手たちは一斉に伍代に注目する事となった。



伍代の助走は、力強くテンポを刻んで進んでいった。

何やらいつもよりも、僅かに力が込められているようにも感じられる。



(…こんな所で、負けてらんねぇ。若越(お前)にもなぁっ!!!)



助走の勢いさながら、力強く踏み込んだ左足の踏み切りは、伍代の体を浮かせながらポールを大きく曲げるパワーとなった。


先程の皇次に比べても、元々技術力は上の伍代にしては、まるでこれまでの皇次の跳躍のように、今回は力任せな部分が大きいような、少々乱雑な跳躍となった。


それでもその力の籠った跳躍は、伍代の体をバーよりも約15cmは上に連れて行った。


圧倒的余裕を見せながらバーを越え、伍代の体がマットに落ちると、注目していた観衆からの大きな拍手歓声が送られた。



マットの上に立ち上がった伍代は、その様子を微塵も気にする事なく、再びちらっと桃木に視線を送った。

彼女は安心した表情で、大きく手を叩いている。



(…なぁ、桃。このインターハイ、桃は俺と若越、どっちが勝つと思う?)


伍代は、心の中で桃木にそう問いかけた。

その問いかけが届くはずもなかったが、伍代は何か納得したように桃木から視線を外した。



(…俺が勝つ。…勝たなきゃいけないんだ。)




_



伍代が4m90cmの1本目の試技を成功させた頃、ホームストレートで行われている男子100mの予選には、紀良が現れた。



(…やるって決めたから、後悔しないように進むだけだ。)



第3レーンの紀良の表情に、迷いはなかった。

()()()蘭奈がそうしていたように、紀良も真っ直ぐ100m先のゴールの奥の景色だけを見つめていた。


その紀良の隣、第4レーンには継聖学院の司波の姿があった。

司波は、横目で紀良の姿を何度もチラチラ観察していた。


(…こいつ…蘭奈のチームメイトか…?聞いた事ねぇ名前だからな…まあ、俺の相手じゃねぇ。)


司波は、蘭奈と同じ色のユニフォームの紀良に意識が向くも、気を取り直して集中した。



『…On your marks……Set……』



パァァァァン!!!



ピストルの号砲で走り出した、紀良と司波を含む8名の選手。

その中で、まず頭一つ抜け出したのは、第4レーンの司波であった。



(…ま、予選は軽く流して…勝負は決勝…。)



司波は50m付近を通過して安心したように、僅かに力を緩めた。


…その時…。




(…いや、まずいっ!…すぐ左後ろ…来てるっ!)




先頭を走る司波のすぐ後ろに、紀良が現れていた。

すぐに目の前に飛び出た司波の姿を、紀良は必死に追いかけていたのだ。

司波は慌ててギアを入れ直し、70m付近を越えたあたりから加速をした。



結果は、1着司波、2着紀良となった…。




ゴールラインを少し越えたあたりで停止した司波の元に、肩で大きく息をしながら紀良が現れた。



「…お前…手抜いたろ?」


紀良は呼吸の合間に、強い口調で司波にそう言った。

突然の問いかけに、司波は驚いて目を丸くしながら紀良を見るしかなかった。


「…こっちは毎日…蘭奈(あのバケモン)と走ってんだよ…。

あいつは…どんな時もスピードが落ちる事はねぇ…。

お前は…あいつには勝てねぇ。」



紀良は眉間に皺を寄せながら、そう司波に言い捨てると、グラウンドを後にした。



(…っ何なんだあいつっ!…舐めんなよ?俺に勝ってから、偉そうに言えっつーんだよ…。

…俺は絶対、蘭奈(あいつ)に勝つっ!)


立ち去る紀良の背中を、司波は怨念を込めるように鋭く睨みつけた…。



_



男子棒高跳びは、バーの高さが4m95cmに上がった。

4m90cmでは、宙一が3回失敗を喫しその時点での5位が決まった。



現在、試技順により皇次、若越、江國、伍代の順となっていた。

この時点でこのまま終わる可能性は0%に近いが、現状若越は2位の立ち位置にいた。




そして、4m95cmの1本目の試技を皇次が失敗した事で、次なる若越に1位の大きなチャンスが舞い込んでくる。



(…まだ終わりじゃない…でも、ここを跳べば…

『誰よりも高い空』に近づけるっ!)



若越が助走路に入った。

ふと空を見上げると、白い雲が1つもなく、まるでシアン色のインクを思いっきり塗りたくったような、見事なまでに青い空が広がっていた。



(…伍代先輩に、江國に勝つ…それだけじゃない。

父さん…あなたの()に、俺は近づいてみせるっ!)



突如、ふわりと柔らかい追い風が、若越の背後から吹きつけてきた。

吹き流しがゆっくりと追い風を示すと、若越はそのままポールの先を持ち上げて、跳躍に入る。



その背中には、青く広がる大空を跳び翔ける為の、目には見えない大きな金の翼が託されているようにも見えて…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ