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High-/-Quality  作者: hime
【第3章:決戦場】
67/84

第66話:Starting Line

_


5月に入ると、少し暑く感じる程に気温が上がった。

吹き流れる風が、微かに心地よく感じる。


ー世田谷陸上競技場。

今年もここで、インターハイ陸上競技の東京都第4支部予選が開催される。



「っしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

目指す先は"全国優勝ぉぉぉぉぉぉ"、ただひとぉぉぉぉぉぉぉっつ!!!!」


…朝一から相変わらずの大声で、蘭奈は今回もいつも通りに張り切っていた。


「…ほら、うるさいって陸。1年生とか他校の人が引いてるでしょ?」


3()()()ともなると、若越や紀良は蘭奈の事を少し放置するようになっていた。

それにより、冷静に注意する役目は巴月が担っている。


「…蘭奈先輩…かっけぇっす…っ!」


まるで神でも現れたかのように、両手を胸の前でガッチリ握りしめて、二重橋は蘭奈の事を拝みながら、目を輝かせてそう言った。


(…なんでこうも、うるさい人ばっかり…。)


その様子を、十橈氣は1年生ながら呆れながら見ていると、そこに3年生が現れた。


「…相変わらずうるっせぇなぁ?お前は。

…んで?今年はちゃんといけんだろうな?」


七槻は迷惑そうに耳を掻きながらそう言って、眉間に皺を寄せながら、蘭奈に鋭い視線を向けた。


「…当ったり前っすよ。勝馬さんをも喰らうつもりですからね?今年は。」


鬼のような形相の七槻に対し、全く怖気付く様子を見せない蘭奈は、寧ろ笑みを浮かべながらそう宣言した。


「…まあ、遠慮はすんな。2年生のお前らは、今年が1番チャンスの年かもしれないからな。」


引けを取らない蘭奈の態度に圧倒されながらも、七槻はそう言った。

その言葉に、紀良が続く。


「…チャンス…?どういう意味ですか?」


「…俺たちは今回がラストチャンス。泣いても笑っても終わりだからな。

偉大な先輩のお言葉を拝借するなら…

『2年の今年は"挑戦"の舞台。去年成し得なかった事を思い出して、それを今年は記録にする場所』って事だ。

俺たち3年は、"悔いのないように全身全霊で挑む。"…それだけだ。」


紀良の疑問に対して、音木はそう答えた。

七槻や伍代、丑枝は音木の言葉に、皆静かに頷いた。

そんな音木の言葉に付け足すように、共に現れた桃木が、1年生に向けて話し始めた。


「1年生は、先輩の競技を見たり、周りの選手たちを見て、今後の目標をイメージする事。

追いかける背中、目指す先を見つける事。

そして何より、先輩の背中から目離さない事。

先輩たちが必ず、"羽瀬高の意地"を見せてくれるはずだから。」


桃木はそう言うと、2、3年生の面々を見渡してウインクをした。

皆黙って頷いたり、「任せろ!」と言ってそれに応える。




羽瀬高陸上部の全員が集合すると、その場で円陣の形をとった。

そしてそこで、渡樫監督と有嶋コーチからの激励を受け取った。

最後に、部長である七槻が改めて皆に話し始めた。


「…拝璃、満、彩芽。

分かってると思うが、泣いても笑ってもこれが最後の大一番だ。悔いは残さず記録を残せ。

…若越、蘭奈、紀良、高津。

俺たちの事は気にするな。自分自身と向き合って、新人戦よりもいい記録出してこい。

行けるところまで、一緒に上、行こうぜ。

そして、桃木、巴月。

最後まで世話になるが、これまで貰ったサポート以上に返せる結果を、俺たちは掴み取ってみせる。

応援頼んだぜ。」


七槻は2、3年生1人1人の目を見ながら、その思いを伝えた。

そして、その視線を今度は1年生に向けた。


「1年。さっき桃木が言ってた通り、今日は俺たちを応援するだけじゃねぇ。

半年後、1年後の自分の目標を必ず見つけるんだ。

俺たち先輩の姿でもいいし、他の学校にも素晴らしい選手が山程いる。

今後は、お前たちもその1部となって戦う事を忘れずに、何か小さな1つでもいい。学ぶ時間にする事。

…まあ、それでも俺たちはお前らが思ってる以上に活躍してみせる。何てったって、"羽瀬高の意地"背負ってるからな。」


3年生たちは七槻の言葉を胸に刻み、

2年生たちは覚悟の目をした。

1年生たちは、まだ何処か全てを理解できている様子では無かったが、それでも七槻の本気の思いをしっかりと受け取った。

そして、七槻が大きく息を吸う。


「…っし、行くぞぉぉぉぉぉぉっ!

羽瀬高ぉぉぉぉぉぉ!!!」


「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」


七槻の叫びに応えるように、全員が声を出した。

1年生たちは突然の出来事に、何とか共に声を出した為僅かにバラつきが生まれた。

しかし、その圧迫感は周囲にしっかりと届いていた。


周辺の他校選手たちの鋭い目線が、一瞬にして羽瀬高の面々に集中する。




_



殆ど同じ頃、男子棒高跳び決勝と男子100m予選が競技場にて開催された。



スタートラインに仁王立ちする蘭奈。

助走路で、ポールに手を掛けて風を待つ若越。


2組後ろで、後輩の背中を見つめる七槻。

控えテントから、期待と祈りの眼差しを向ける伍代。


ホームストレート側のスタンド席では、巴月と1年生たちが固唾を飲んでトラックを見つめている。

第3コーナー側の観客席では、桃木、弓ヶ屋、睦小路、綺瀬が棒高跳びの競技を見守っている。



交錯する想い、闘志、風。

先に静寂にメスを入れたのは、乾いたピストルの爆発音であった。



スターティングブロックを力強く蹴る8つの音。

その音から真っ先に距離を取ったのは、蘭奈であった。



「…蘭奈先輩ぃぃ!ファイトぉぉぉぉ!!」


「いっけぇぇ!!陸ぅぅぅ!!」


仲間たちの歓声に包まれながら、蘭奈は100mの距離を駆け抜ける。

懸命に両腕を振り、足を素早く切り替えながら地面を蹴る。

しかし、その姿勢は崩す事なく、真っ直ぐにゴールの先を見据えていた。




100mのレースがスタートすると、僅かながら風が乱れ吹いた。

棒高跳びピットに据えられた吹き流しが、勢いよく若越に追い風を知らせる。


若越の目の前に聳え立つのは、4m85cmのバー。


「…行きますっ!」


背中に風を感じながら、若越はその歩を踏み出した。

それは何処か、仲間が作り出したような。仲間の、決して目に見えて分かる訳ではない無意識のエールのような、そんな風に背中を押されて。


駆け出す助走は1歩1歩確実に、その地を捉えてスピードアップしていく。

その加速が、身体に纏わり着いて動きを鈍らせていた過去の出来事を、少しずつ剥がしているかのように。


(…悔しい思いは散々味わった…もう、後悔は残さないっ!)


16歩目にして、若越は力強く地面を蹴り抜いた。

突き出すポールに振り払われないように、両手はがっちりとポールを握りしめている。


(…勝つんだっ!今度こそっ!)


上下反転した若越の足が、バーの上をスルリと越えていく。

それに合わせるように、上半身もバーの上を通過した。


一糸乱れぬバーをその目で確認しながら、若越の体はふと重力を帯びながらマットへと落下していった。



若越の跳躍成功を讃える、グラウンドの拍手歓声が次第に大きくなった。

それは、およそ100m対岸でレースの結果が出た事が原因である。




右拳を高らかに突き上げながら、100mのゴールラインを走り去っていたのは、蘭奈であった。


彼のその姿から察せる通り、蘭奈は誰よりも先にゴールラインを越えた。

グラウンドに設置された電光掲示板に表示された結果は…



"1.蘭奈 陸 羽瀬高 10.69"



競技場は、歓声と(どよ)めき声が入り混じりながら響き渡った。

その様子から、若越にもレースの結果が届いたようだ。


若越はそっと視線を100mのゴール付近に向けた。

自分と同じ、スカイブルーのユニフォームを着た蘭奈らしき人物も、同じように棒高跳びのピット方面を見ていた。




(…まずは一勝。まだまだこっから、ぶちかますぜ?跳哉。)



(…流石だな。俺だって、まだまだこっから始まんだっ!)





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