第62話:Gears Start Moving
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入学式から2日後、午後になり全校生徒が体育館に集合した。
新入生歓迎会と題した集会では、校長先生や生徒会長が新入生に向けて入学を祝う祝辞を述べ、新入生代表が感謝と共に新たな道での決意を告げていた。
『続きまして、新入生お待ちかねの、部活動紹介です。まずは甲子園県予選でも準優勝の実力。野球部です!』
『僕たち野球部は、甲子園都予選にて、一昨年準優勝、昨年ベスト4という結果に終わりました。
今年こそは、甲子園出場を果たすべく、皆さんの力が必要です。未経験者でも大歓迎!
興味のある方は、放課後北野球グラウンドへ来てください!』
野球部主将であり、七槻のクラスメイトである磐本は、ユニフォームに身を包みながらビシッとそう決めた。
三伯たち野球部員たちも、軽いキャッチボールや素振りなどで練習風景を再現し、アピールしている。
「宜しくお願いしまーっす!」
一頻りのパフォーマンスを終えると、主将の合図で部員全員が新入生に向かって一礼した。
その迫力は、体育館の奥で密かに特設棒高跳びピットを準備する陸上部員たちにも、勢いよく伝わってきた。
『続きまして、サッカー部。よろしくお願いします。』
司会の生徒会役員からそう言われて、ステージを退場しようとした時、野球部の三伯の目に若越の姿が見えた。
教室での姿や、去年の体育祭での走り等しか知らない三伯にとって、棒高跳び選手の若越は初めてであった。
(…えっ、若あいつ跳ぶの!?聞いてないって…楽しみすぎるだろっ!)
三伯はステージを降りながら、仲間の同級生部員に声を掛けた。
彼らも興味深そうに、陸上部のパフォーマンスを楽しみにしている様子であった。
そして、部活紹介のバトンはサッカー部へと受け継がれた。
『えーっと、僕たちサッカー部はぁ、地区大会優勝目指して頑張ってます。…ぇぇ、本当に言うの…?…あー、サッカー部にはイケメンの先輩がたくさんいまーす!一緒に楽しい青春を過ごしましょう!…ハハッ!』
サッカー部の主将、大園は半ばふざけた様子でそう説明した。
大勢の前で緊張していたのか、同じ体育館で見ていた仲の良い同級生やサッカー部の後輩たちも笑って見ていた。
「先輩ー、勘弁してくださいよぉ。」
そう言って、共に笑っていたサッカー部の大橋だったが、突然白羽の矢が立った。
『あっ、そうだ。この後の陸上部が、何やら凄いパフォーマンスするらしいから、俺たちも負けないようにかっこいいパフォーマンスしようぜ。
なぁ?大橋。ちょっとシュート見せてくれよ。』
大園が急にそう言い始めて、サッカー部の部員たちも少し戸惑ったが、チームのゴールキーパーを務める2年生の藤原がすぐ様練習用の小さなゴールを運び込み、その場が設置された。
『こいつは、2年の大橋 健都!
サッカー部の次期エース候補でーす!』
その様子を見ながら、次に出番を控えた七槻は、体育館のステージの袖で呆れていた。
(…ったく、大園の奴…余計なことしやがって…。)
七槻のいる場所から、ステージ後方の特設棒高跳びピットにいる若越の様子は見えない。
彼に変な緊張を与えてない事を祈りながら、七槻は深いため息を吐いた。
ボンッ!!!!!!
大橋が勢いよく蹴ったボールは、惜しくもキーパーの藤原に取られてしまったものの、新入生からは大きな拍手が送られた。
『以上っ!サッカー部でしたー!サッカー部入りたい人は、是非放課後グラウンドに遊びに来てくださーい!…んじゃ、七槻!頑張れよっ!』
大園がそう言い終えると、サッカー部はそそくさとステージから徹底して行った。
サッカー部の顧問を務める教師は、呆れた顔で頭を抱えていた。
(…ったく、マジで大園の奴…。)
七槻も頭を抱えていた。
『…つ、続きまして、陸上部。よろしくお願いします。』
生徒会役員にそう紹介され、七槻は仕方なく頭を抱えながらステージに立った。
ステージに立つと、七槻は話し出す前に、後方の若越に小さく手を挙げて合図を送る。
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野球部の真面目なパフォーマンス、サッカー部の半ばふざけていたものの、大橋の勢い溢れるパフォーマンスを、若越も後ろから見ては…いなかった。
若越は、歓迎会が始まる前の昼休みからウォーミングアップを始め、桃木や伍代のサポートの中数本の跳躍練習を終えると、そのままの状態で体育館に向かった。
幸い、新入生たちは恐らくほとんど、突然設置された棒高跳びピットの存在に気がついていない。
在校生たちは、後ろからの物音に何人か気が付いてはいたが、何が行われるかまでは予想していなかった。
若越は1本だけポールを持ち、静かに助走路にてスタンバイをした。
両手にタンマグをつけながら、サッカー部までのパフォーマンスを待っていた。
踏み切り位置の横には、桃木がスタンバイしている。
体育館の床にポールが落ちると、その硬さにポールが破損してしまう恐れがある為、若越が手放したポールは桃木が取ってくれる算段になっていた。
バーの高さ調整には、伍代と音木、紀良と蘭奈がスタンバイしていた。
バーの高さに関してはまだ決めておらず、若越が跳躍前に指定した高さにする流れになっていた。
誰が言い始めたわけでもなく、若越自身がそうしたいと申し出ていたのだ。
間も無く、サッカー部のパフォーマンスが終わるかと思われたその時、大園が追加パフォーマンスを始めた為、予定よりも陸上部の出番が少し遅れた。
若越はそれを全く気にせずに、助走路でストレッチをしていた。
「…跳哉…何m跳ぶ気なんだ…?」
蘭奈は、そんな若越を見ながらそう呟いた。
「…分かんないけど、4mとかはちょっとダサいからいい感じの高さにしなよとは言っておいた。」
そう答える伍代にすら、若越はその高さを打ち明けてはいない。
現在、若越が練習を積んでいるのは5m10cmのバーであった。
それも、目標である5mよりも先にその高さに挑み始めた。
「5m10跳べれば、5m跳べるじゃないですか。そういう事です。」
若越は以前、伍代にそんな事を言っていた。
しかし、未だ若越が5m10cmどころか、5mラインのところもちゃんと綺麗に跳んだ姿を、伍代は見ていない。
そうこうしているうちに、七槻がステージに上がった。
七槻が若越に合図したのを、他のメンバーもしっかり確認していた。
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「…高さは本番まで決めないって言ってたけど、実際のところ幾つでやるつもりなんだ?」
歓迎会が始まる前、ウォーミングアップを行う若越に、七槻はこっそりそう聞きに行っていた。
「…決めてないっす。当日の気分で。
まあでも、部長が高さ説明してくれないと、見てる人たち分からないと思うんで、直前に合図貰ったら、手でその数字見せますね。」
若越はそうとだけ言うと、自分のペースでウォーミングアップを始めてしまった。
結局、七槻も知らぬまま、本番を迎えてしまった…。
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七槻の合図を確認した若越は、左手を高く挙げてその手のひらを大きく開いた。
「…なっ…!」
七槻は、マイクがギリギリ拾わない声で驚き声をあげた。
若越が示した数字は、"5m"。
七槻は、気を取り直して説明を始めた。
この説明の最後に、若越が跳ぶ高さを七槻が宣言し、その高さに合わせて伍代たちが高さを調節する流れになっていた。
『…新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
羽瀬高陸上部、部長の七槻 勝馬です。』
まず七槻はそう挨拶をした。
その時点で、新入生の特に女子の間では囁き声が複数生まれていた。
『我々陸上部は、昨年度、前任の部長であった先輩、室井 透治さんが男子砲丸投げにおいて、インターハイ全国大会での優勝という輝かしい記録を残しました。
残念ながら、共に出場した現3年生の伍代 拝璃は、男子棒高跳びにおいてインターハイ全国大会予選敗退の結果に終わってしまいました。
しかし、昨年秋に行われた新人戦大会において、男子棒高跳びにてその伍代が関東大会にて優勝。現2年生の若越 跳哉も関東大会出場し、8位の成績を収めております。
他にも、自分と現2年生の蘭奈 陸が、男子100mにおいて東京都大会進出。
自分は準決勝、蘭奈は惜しくも決勝にて敗退してしまいました。』
七槻はそこまで言うと、意を決したように大きく深呼吸をした。
『我々は、輝かしい記録を残してくださった先輩たちに恥じぬよう、より大きな大会を目指して日々練習を行っております。
今年の陸上部の目標は、"全国出場"。
陸上は個人競技ではありますが、チームとしてこの共通目標を持ちながら、今年は駆け抜けるつもりです。』
七槻はそう言うと、桃木や伍代たち、そして若越に視線で合図を送った。
ここからが、パフォーマンスの本番である。
『…今日は新入生の皆さんに、折角なのでそんな我々の目標を、その目で感じてもらおうと思います。
皆さん、後方をご覧ください。』
七槻がそう言うと、新入生、在校生、そして教職員たちの視線が一気に若越に集まった。
若越はその様子を全く気にせずに、ポールの握る位置と体の動きを確認している。
『あれは、先程も申し上げました"棒高跳び"という種目になります。
皆さんには、あまり馴染みがないかもしれません。
東京都内でも、棒高跳び選手を始め棒高跳びの設備を所有する学校は数少なく、我が校はその1校なのです。
彼は、その棒高跳びの選手で、先程も申し上げました、現2年生の若越 跳哉です。』
七槻がそう説明すると、若越はハッと気を取り直して、視線を送る全員に大きく一礼をした。
事前に作った台本通りでは、この後七槻が若越の高さを宣言し、跳躍する流れとなっている。
『…彼が、この後実際に"棒高跳び"を皆さんの前で披露します。
…今回、彼が挑戦する高さは…。』
七槻はそこまで言うと、大きく唾を飲み込んだ。
『…これを越えると、彼の自己ベスト更新だけでなく、今後行われるインターハイにおいて、全国大会入賞も狙える…"5m"に挑戦しますっ!』
七槻がそう宣言すると、若越は笑みを浮かべ、伍代たちはええっ!と驚きの声を漏らした。
しかし、伍代たちもすぐにスタンバイする。
(…正気か?若越…。バーも練習用ゴムじゃねぇ。本番同様のしっかりしたバーだ…。これで落としたら結構ダメージでかいって…。)
伍代は心配の眼差しで若越を見るも、若越は既に助走の構えに入っていた。
『5mというと、大体建物2階相当の高さと言えば、皆さんもイメージしやすいでしょう。』
七槻は、補足にそう説明した。
その言葉を待っていたのか、七槻が言い終わると同時に若越はポールの先を高く持ち上げた。
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『桃さん、俺明日、5mでやろうと思います。』
『…若越くんなら跳べるよ。私は信じてる。』
昨晩送ったそのメッセージの返信を、若越は思い出しながらポールを持ち上げた。
「…行きますっ!」
若越が走り出した。
特設の助走路は、木板で仕上げた物という事もあり、若越の走る足音がいつもよりも確かな音として響き渡った。
(…桃さんが信じてくれてるなら、俺は、応えるしかないっ!)
16歩目の左足が、最も強く地面を蹴りつけると、若越の体が宙に浮き上がった。
助走はかなりスムーズであり、踏み切りもその流れをしっかりと乗せることができている。
(必ず証明してみせる。『誰よりも高い空を跳ぶ』のは、俺だってことをっ!)
弧を描くポールが元の形に戻る頃には、若越の体は普段よりも高い位置で上下反転していた。
空中で体を捻りながら、バーの上を狙っていく。
右手がポールを手放した時、若越の体が更に上に跳ね上がっていた。
右腕がバーの上を越えるまで、若越の体は全くバーに触れることなく見事にその上を越えて行った。
そこからは一瞬にして、勢いよくマットに着地した。
ほんの僅かな出来事に、普段見慣れていない数多くのギャラリーはもちろんだが、陸上部の面々ですら、唖然とした顔でその様子を見ていた。
「…すげぇぇぇぇぇ!!!!」
「やったなぁ!跳哉ぁぁ!!」
何事も無かったかのように、若越はマットの上に立ち上がり、見ていた人たちに一礼をした。
すると、そう叫びながら、マットの横から蘭奈と紀良がよじ登って若越に飛び込んできた。
若越は、2人を避けられずにそのままマットに押し倒された。
真っ先に仲間たちが喜びに行ったことで、体育館はかつて聞いたことない程の大歓声に包まれた。
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(…えっ、何あれっ…!)
そう胸の中で叫んだのは、入学式の日に"千聖"と呼ばれていた女子新入生であった。
(…棒高跳び…若越…跳哉…さん…。)
彼女は、胸の中でその名を何度も囁いていた…。




