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High-/-Quality  作者: hime
【第3章:決戦場】
62/85

第61話:Level Up

_




決戦場。

一夏に、青春の全てを捧げた者たちが集い、競い合う舞台。

夢みた目標を、現実のものとして掴み取る舞台。



そして、新たなステージへ。





_




再び、羽瀬高に桜舞う季節が訪れた。

若越にとっては1年間、伍代たち上級生にとっては2年間を共にした室井や泊麻たち3年生の卒業から早2週間。

別れの季節は、同時に新たな出会いの季節でもある…。




_


今日から新学期。

若越たちは2年生、伍代たちは3年生にそれぞれ進級した。

室井から陸上部を受け継いだ七槻 勝馬(ななつき しょうま)が引き続き部長を務める。


「…おいお前ら…!」


その七槻が、練習を終えた羽瀬高陸上部の部員に向けて言った。

男子陸上部の部室では、それぞれが疲労感を露わにしながら、帰る支度をしている。


「なんすか部長ぉ~。急に大きな声出してぇ。」


蘭奈は、少し迷惑そうな表情でそう言った。

それもそのはず。今期の陸上部の目標は、伍代だけでなく皆、目指す場所は全国の舞台と決めていた。

それに向けて、日々厳しい練習をこなしている最中である。


「…どうする?今年の部活紹介…。」


七槻の一言に、一同顔を伏せた。

この話題は、どうやら今触れない方がいいらしい…。

昨年は七槻たち2年生が任されたものの、それらしい魅力があまり伝えきれぬ結果に終わってしまった。

結果として、陸上未経験者での入部は紀良のみに止まってしまった。


「…今年は、俺に考えがある。」


伍代は短くそう言うと、ある人物に目線を向けた。

伍代の視線に導かれるように、皆が顔を同じところに向けた。


「…え?」


突然の注目に、俺ですか?という表情で自分の顔を指さしたのは、若越であった。

若越は話に耳を傾けながらも、栄養ドリンクを口にしながら、スマホを見ていたからだ。


「次世代羽瀬高陸上部、棒高跳びのエース、若越 跳哉くん。

彼の跳躍パフォーマンスを、新入生はもちろん在校生にも見せつけてやるんだよ。」


伍代は徐に若越の横に行き、若越の肩に腕をかけて言った。

彼の提案に、一同は首を大きく縦に振ったりおおーと拍手をしながら、賛同の意を示した。

若越以外は…。


「…ちょ、待ってくださいよ。

…俺が跳んだところで、陸上部に新入生が集まるって保証はないじゃないですか…。」


若越は慌てふためきながら必死に説得した。


「…何言ってんだ若。陸上競技史上最も最短でインパクトを与えられる種目だろ?棒高は。

それに、大半の奴らは馴染みがない。新規参入を狙うもいいし、あわよくばお前のパフォーマンスでマネージャー獲得すらその可能性がある。」


紀良の論理的な効果説明によって、より現実性が増した。

ただでさえ、個人競技な上にお世辞にも派手とは言えない陸上競技の中で、唯一派手に注目を集められるのは棒高跳びしかなかった。


「紀良の言う通りだな。地味な練習やパフォーマンスが多い中、棒高跳びなら派手だし注目要素もある。

ただでさえ、お前と伍代が去年やり合った時だって、在校生だけでもかなりのギャラリーがいただろ?

羽瀬高生にとって、棒高跳びはある意味注目材料なのは間違い無いんだよ。」


紀良を後押しするように、音木がそう言った。

勉学面でも皆から一目置かれるこの2人の理論によって、もはや若越に否定する余地は残されていなかった。


「…えぇ…。ちょっと考えてもいいですか?」


若越は未だ煮え切らない様子でそう言ったところで、その時のその話は終わった。




帰り道、若越は桃木にメッセージを送った。


『桃さん、お疲れ様です。


先輩たちや紀良たちに、新入生歓迎会で跳躍パフォーマンスしろって言われてるんですが、どうですかね…?』


若越がそうメッセージを送って間も無く、桃木からの返信が入った。


『お疲れ様!


えー!いいじゃんそれ!やってみるの私もありだと思う!

女子部員の方でも、考えてみるね!』


スマートフォンに映される、桃木からのメッセージ。

若越は唸り声を上げながら空を見上げた。


(…さて、どうしたものか…。)


最早、この勢いに背こうとする気持ちが少しでもあるのは、若越だけのようだ。

あまり乗り気にはなれなかった若越は、夢の中で跳躍している程には、その事で頭がいっぱいになっていた。


_



次の日の昼休み。

若越は昨日届いた桃木からのメッセージへの返信画面を見ながら、1人校舎内の階段の最上部の踊り場にいた。


3階建てのクラス棟と呼ばれる校舎は、階数が上がるに連れて上の学年に上がるようになっていた。

最上階という事は、即ち3年生のフロアである。


「…お待たせ~!待った?」


そう言って現れたのは、桃木であった。


「…んなわけ無いっすよ。それより、すいません。突然呼び出しちゃって…。」


若越は桃木の姿を見て安心したように笑顔を見せた。

そして、両手を合わせて軽く謝罪を示した。


「ううん、全然いいよ。それよりどうしたの?相談したい事って…。もしかして、部紹介の事?」


「桃さん天才っすね。その通り。」


若越がそう言うと、桃木は若越の隣に並ぶように近づいた。

桃木からする柔らかい春のような香り、恐らく柔軟剤かシャンプーの匂いに若越はドキッとしたが、その動揺を隠しながら事の詳細を桃木に話した。


「…まあ、僕としては別にやってもやらなくてもって感じなんですけど…、桃さん的にはどう思います?」


桃木は両手を組みながら、うーんと唸り声を上げながら天井を見た。

そして、少し何かを考えてから顔を下げて、下から見上げるように若越の顔を見た。


「…私が、新入生だったら…。」


「…えっ?」


桃木が突然そう言うものだから、若越は驚きつつも不思議そうにそう呟いた。


「私が新入生だったら、もしかしたら若越くんのパフォーマンスに魅かれて、陸上部入ろうってなるかもしれないって思ってね。

実際、それだけで入部してもらおうって思わなくても、そのパフォーマンスが注目を集められるでしょ?

そしたら、新入生たちは陸上部が気になって、その後の練習を見に来てくれるかもしれない。

そこで、勝馬くんとか他の部員たちの姿を見て、改めて入ろうってなるかもしれないじゃない?

…だから、きっかけとして、私は若越くんの跳躍パフォーマンスに賛成かなー。」


若越は、ボーッと桃木の話を聞いてしまっていた為、内容が最初と最後しか入って来なかった。

彼女が新入生で、先輩である自分の跳躍を見て陸上部に入ってくれる。


そんな事がもしあったら、どれだけ幸せな事か。


若越はそんな邪な感情を抱きながらも、桃木の意見に真剣に答えた。


「…まあ、桃さんがそこまで言うなら、僕もやる方向で考えておきます。

それに、インハイを前にいつもと違う環境で跳んでみるのも、悪くないのかもしれないですし。」


若越はそう言って、何とか自分を納得させた。

そして、桃木に礼を言って教室に帰ろうとすると、彼女は唐突に若越の裾を引っ張り、口に手を当てながら彼の耳元に囁いた。


「…頑張れ、跳哉くん。君の跳躍は、きっと誰かの心を動かせると思うよ。」


桃木はそう言うと、若越より先に自身の教室に帰ってしまった。

偶然にも、一部始終を見ていた者はいなかった。

…だから、桃木はあんな事を言ったのか?

若越は耳まで真っ赤になった顔を隠しながら、逃げるように教室に帰った。



_



教室に戻り、自分の席について気持ちを落ち着かせた。

これまでのどんな試合の時よりも、早く感じる鼓動を落ち着かせようと、若越は窓の外を見た。


「若、なんかいい事あった?」


ふと、そう声を掛けたのは、2年生でも同じクラスになった野球部の三伯であった。

部活動の仲間以外で、若越が仲が良い数少ない1人である。


「…べーつに。何もねーよ。」


若越は、平然を装いながら窓の外を見たままそう答えた。


「…そんなアウトカウントみたいな顔色して、何もないんだー。まあ、いいけど。」


三伯にそう言われて、若越はまだ自分の顔が赤くなってる事に気がついた。

慌てて若越は、話題を逸らそうと三伯に話しかける。


「…それより、野球部って部活動紹介何やるの?」


若越は、我ながら上手く話の軌道を変えられたと思った。


「あー、あれねぇ。去年と同じ、キャッチボールとか素振りしながら、キャプテンが説明する感じになると思う。」


三伯は話の軌道が変わった事を気にせずに、若越の質問にそう答えた。

彼の言う通り、野球部は昨年そのような紹介パフォーマンスをしていた。


「…確かその時、前年甲子園予選準優勝って言ってたよな?去年は分からないけど、今年は行けそうなのか?」


若越はまたも大きく話題の舵を切った。


「どうだろ、去年は一応ベスト4。準決勝で負けたんだよね。」


「お前確か、今年はスタメンで出るんだろ?」


「まあ、その予定。ライトでスタメン予定だけど、もしかしたら中継ぎでピッチャーかも。」


三伯が、ふと不安そうにそう言った。

彼の専門ポジションは、ピッチャーと言っていたはずと若越は思い出していた。

足の速さも野球部の同級生の中ではトップレベルだという事は、前年の体育祭で若越もその目で理解していた。


「…不安なのか?」


若越の顔色は、漸くいつも通りに戻っていた。

何やら先ほどから浮かない顔で会話している三伯を、心配そうに見ながらそう言った。


「…そりゃ、不安だよ。

先発が調子良ければ、中継ぎが起用される事はないってことは、何となくわかるか?

中継ぎピッチャーが出てくるって事はそういう事。

ピンチで呼ばれんだよ。緊張半端ねぇって。」


三伯の言う事は、彼の不安の真髄なのであろう。

大きなため息を吐いて、憂鬱そうな表情をしている。


「俺、申し訳ないが野球よく分かんないけど…あんまりピンチとか思わなくてもいいんじゃないか?」


若越の言葉に、三伯は驚いて彼の顔を見た。


「寧ろ、逆境はチャンスなんじゃね?そのピンチを跳ね返せたらお前はヒーローって事だろ?

俺で言う、土壇場でバー越えて次の高さでバシッと1発クリアするようなもんだろ?かっこいいじゃん。」


若越があまりにも真面目にそう言うので、三伯は突っ込めずに真面目に返答した。


「…なるほど、だからお前は全国行けるんだな。

ありがとう若。何とか頑張ってみるよ。」


三伯に礼を言われた理由が、若越にはよく分かっていなかった。

若越にとっては何気ない会話のつもりであったが、成長した彼の言葉が、1つ仲間を救うキッカケになったと言う事は、また別の話。



_



その日の放課後、部活動が終わると陸上部員全員が集まった。

七槻が皆の前に立ち、皆は彼に注目した。


「…今年の部活動紹介なんだけど…。」


七槻がそう言うと、若越はゆっくり立ち上がり、七槻の隣に立った。


「…俺がみんなの前で跳びます。勝馬先輩は部の紹介、しっかりとお願いしますね。

皆さん、それでいいですか?」


若越が突然そう言うので、部員の皆はキョトンとした顔で若越を見ていた。

数秒経って、状況が理解されたのか、皆大きな拍手で賛同した。


「頼むぜ、若越っ!期待のエースだからなっ!」


伍代はそう言って、若越を鼓舞した。


「先輩、そんなこと言ってると、今年のインハイは俺が勝っちゃいますよ?」


「何言ってんだ?今年は肉離れなんてヘマはしないぜ。優勝するのは俺だからなっ!」


若越と伍代がふざけながらそう言い合うと、皆笑いながらその様子を見ていた。


(…1年前とは大違いね。)


その様子を見ていた桃木は、心の中でそう呟いた。

漸くチーム全体の雰囲気が良くなり、来るインターハイに向けてチームでの良いスタートが切れる。

そんな予感を桃木は感じていた…。




_



次の日、春の風が心地よく吹くよく晴れた日に、

羽瀬高では入学式が行われた。


新品の制服に身を包みながら、まだ少し中学生らしい雰囲気が残る新入生たちは、保護者らと共に校内の桜の木の下で記念写真を撮っていた。



「あっ、茉子(まこ)ちゃーん!」


「やっほー!千聖(ちひろ)っ!」


2人の新入生は、知り合いなのかそう名を呼び合って共に写真を撮っていた。


「…茉子ちゃんは、やっぱり陸上部に入るの?」


桜並木の横に広がる、大きなグラウンドを見ながら、新入生の女子生徒は友達にそう問いかけた。


「うん。そのつもり。高校でも、走り幅跳び頑張るよっ!」


その女子生徒は、後ろで1つに縛った髪を揺らしながら、元気よくそう言った。


「…あっ、そうだ。学校始まったら、一緒に部活見に行こうよ!」


「…えー、私は…。」



そう言いかけた時、彼女の視線の先に、大きなあくびをしながらグラウンドに向かう、1人の陸上部員の姿が映った。



桜の花びらが、空高く舞い上がっていった。




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