第61話:Level Up
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決戦場。
一夏に、青春の全てを捧げた者たちが集い、競い合う舞台。
夢みた目標を、現実のものとして掴み取る舞台。
そして、新たなステージへ。
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再び、羽瀬高に桜舞う季節が訪れた。
若越にとっては1年間、伍代たち上級生にとっては2年間を共にした室井や泊麻たち3年生の卒業から早2週間。
別れの季節は、同時に新たな出会いの季節でもある…。
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今日から新学期。
若越たちは2年生、伍代たちは3年生にそれぞれ進級した。
室井から陸上部を受け継いだ七槻 勝馬が引き続き部長を務める。
「…おいお前ら…!」
その七槻が、練習を終えた羽瀬高陸上部の部員に向けて言った。
男子陸上部の部室では、それぞれが疲労感を露わにしながら、帰る支度をしている。
「なんすか部長ぉ~。急に大きな声出してぇ。」
蘭奈は、少し迷惑そうな表情でそう言った。
それもそのはず。今期の陸上部の目標は、伍代だけでなく皆、目指す場所は全国の舞台と決めていた。
それに向けて、日々厳しい練習をこなしている最中である。
「…どうする?今年の部活紹介…。」
七槻の一言に、一同顔を伏せた。
この話題は、どうやら今触れない方がいいらしい…。
昨年は七槻たち2年生が任されたものの、それらしい魅力があまり伝えきれぬ結果に終わってしまった。
結果として、陸上未経験者での入部は紀良のみに止まってしまった。
「…今年は、俺に考えがある。」
伍代は短くそう言うと、ある人物に目線を向けた。
伍代の視線に導かれるように、皆が顔を同じところに向けた。
「…え?」
突然の注目に、俺ですか?という表情で自分の顔を指さしたのは、若越であった。
若越は話に耳を傾けながらも、栄養ドリンクを口にしながら、スマホを見ていたからだ。
「次世代羽瀬高陸上部、棒高跳びのエース、若越 跳哉くん。
彼の跳躍パフォーマンスを、新入生はもちろん在校生にも見せつけてやるんだよ。」
伍代は徐に若越の横に行き、若越の肩に腕をかけて言った。
彼の提案に、一同は首を大きく縦に振ったりおおーと拍手をしながら、賛同の意を示した。
若越以外は…。
「…ちょ、待ってくださいよ。
…俺が跳んだところで、陸上部に新入生が集まるって保証はないじゃないですか…。」
若越は慌てふためきながら必死に説得した。
「…何言ってんだ若。陸上競技史上最も最短でインパクトを与えられる種目だろ?棒高は。
それに、大半の奴らは馴染みがない。新規参入を狙うもいいし、あわよくばお前のパフォーマンスでマネージャー獲得すらその可能性がある。」
紀良の論理的な効果説明によって、より現実性が増した。
ただでさえ、個人競技な上にお世辞にも派手とは言えない陸上競技の中で、唯一派手に注目を集められるのは棒高跳びしかなかった。
「紀良の言う通りだな。地味な練習やパフォーマンスが多い中、棒高跳びなら派手だし注目要素もある。
ただでさえ、お前と伍代が去年やり合った時だって、在校生だけでもかなりのギャラリーがいただろ?
羽瀬高生にとって、棒高跳びはある意味注目材料なのは間違い無いんだよ。」
紀良を後押しするように、音木がそう言った。
勉学面でも皆から一目置かれるこの2人の理論によって、もはや若越に否定する余地は残されていなかった。
「…えぇ…。ちょっと考えてもいいですか?」
若越は未だ煮え切らない様子でそう言ったところで、その時のその話は終わった。
帰り道、若越は桃木にメッセージを送った。
『桃さん、お疲れ様です。
先輩たちや紀良たちに、新入生歓迎会で跳躍パフォーマンスしろって言われてるんですが、どうですかね…?』
若越がそうメッセージを送って間も無く、桃木からの返信が入った。
『お疲れ様!
えー!いいじゃんそれ!やってみるの私もありだと思う!
女子部員の方でも、考えてみるね!』
スマートフォンに映される、桃木からのメッセージ。
若越は唸り声を上げながら空を見上げた。
(…さて、どうしたものか…。)
最早、この勢いに背こうとする気持ちが少しでもあるのは、若越だけのようだ。
あまり乗り気にはなれなかった若越は、夢の中で跳躍している程には、その事で頭がいっぱいになっていた。
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次の日の昼休み。
若越は昨日届いた桃木からのメッセージへの返信画面を見ながら、1人校舎内の階段の最上部の踊り場にいた。
3階建てのクラス棟と呼ばれる校舎は、階数が上がるに連れて上の学年に上がるようになっていた。
最上階という事は、即ち3年生のフロアである。
「…お待たせ~!待った?」
そう言って現れたのは、桃木であった。
「…んなわけ無いっすよ。それより、すいません。突然呼び出しちゃって…。」
若越は桃木の姿を見て安心したように笑顔を見せた。
そして、両手を合わせて軽く謝罪を示した。
「ううん、全然いいよ。それよりどうしたの?相談したい事って…。もしかして、部紹介の事?」
「桃さん天才っすね。その通り。」
若越がそう言うと、桃木は若越の隣に並ぶように近づいた。
桃木からする柔らかい春のような香り、恐らく柔軟剤かシャンプーの匂いに若越はドキッとしたが、その動揺を隠しながら事の詳細を桃木に話した。
「…まあ、僕としては別にやってもやらなくてもって感じなんですけど…、桃さん的にはどう思います?」
桃木は両手を組みながら、うーんと唸り声を上げながら天井を見た。
そして、少し何かを考えてから顔を下げて、下から見上げるように若越の顔を見た。
「…私が、新入生だったら…。」
「…えっ?」
桃木が突然そう言うものだから、若越は驚きつつも不思議そうにそう呟いた。
「私が新入生だったら、もしかしたら若越くんのパフォーマンスに魅かれて、陸上部入ろうってなるかもしれないって思ってね。
実際、それだけで入部してもらおうって思わなくても、そのパフォーマンスが注目を集められるでしょ?
そしたら、新入生たちは陸上部が気になって、その後の練習を見に来てくれるかもしれない。
そこで、勝馬くんとか他の部員たちの姿を見て、改めて入ろうってなるかもしれないじゃない?
…だから、きっかけとして、私は若越くんの跳躍パフォーマンスに賛成かなー。」
若越は、ボーッと桃木の話を聞いてしまっていた為、内容が最初と最後しか入って来なかった。
彼女が新入生で、先輩である自分の跳躍を見て陸上部に入ってくれる。
そんな事がもしあったら、どれだけ幸せな事か。
若越はそんな邪な感情を抱きながらも、桃木の意見に真剣に答えた。
「…まあ、桃さんがそこまで言うなら、僕もやる方向で考えておきます。
それに、インハイを前にいつもと違う環境で跳んでみるのも、悪くないのかもしれないですし。」
若越はそう言って、何とか自分を納得させた。
そして、桃木に礼を言って教室に帰ろうとすると、彼女は唐突に若越の裾を引っ張り、口に手を当てながら彼の耳元に囁いた。
「…頑張れ、跳哉くん。君の跳躍は、きっと誰かの心を動かせると思うよ。」
桃木はそう言うと、若越より先に自身の教室に帰ってしまった。
偶然にも、一部始終を見ていた者はいなかった。
…だから、桃木はあんな事を言ったのか?
若越は耳まで真っ赤になった顔を隠しながら、逃げるように教室に帰った。
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教室に戻り、自分の席について気持ちを落ち着かせた。
これまでのどんな試合の時よりも、早く感じる鼓動を落ち着かせようと、若越は窓の外を見た。
「若、なんかいい事あった?」
ふと、そう声を掛けたのは、2年生でも同じクラスになった野球部の三伯であった。
部活動の仲間以外で、若越が仲が良い数少ない1人である。
「…べーつに。何もねーよ。」
若越は、平然を装いながら窓の外を見たままそう答えた。
「…そんなアウトカウントみたいな顔色して、何もないんだー。まあ、いいけど。」
三伯にそう言われて、若越はまだ自分の顔が赤くなってる事に気がついた。
慌てて若越は、話題を逸らそうと三伯に話しかける。
「…それより、野球部って部活動紹介何やるの?」
若越は、我ながら上手く話の軌道を変えられたと思った。
「あー、あれねぇ。去年と同じ、キャッチボールとか素振りしながら、キャプテンが説明する感じになると思う。」
三伯は話の軌道が変わった事を気にせずに、若越の質問にそう答えた。
彼の言う通り、野球部は昨年そのような紹介パフォーマンスをしていた。
「…確かその時、前年甲子園予選準優勝って言ってたよな?去年は分からないけど、今年は行けそうなのか?」
若越はまたも大きく話題の舵を切った。
「どうだろ、去年は一応ベスト4。準決勝で負けたんだよね。」
「お前確か、今年はスタメンで出るんだろ?」
「まあ、その予定。ライトでスタメン予定だけど、もしかしたら中継ぎでピッチャーかも。」
三伯が、ふと不安そうにそう言った。
彼の専門ポジションは、ピッチャーと言っていたはずと若越は思い出していた。
足の速さも野球部の同級生の中ではトップレベルだという事は、前年の体育祭で若越もその目で理解していた。
「…不安なのか?」
若越の顔色は、漸くいつも通りに戻っていた。
何やら先ほどから浮かない顔で会話している三伯を、心配そうに見ながらそう言った。
「…そりゃ、不安だよ。
先発が調子良ければ、中継ぎが起用される事はないってことは、何となくわかるか?
中継ぎピッチャーが出てくるって事はそういう事。
ピンチで呼ばれんだよ。緊張半端ねぇって。」
三伯の言う事は、彼の不安の真髄なのであろう。
大きなため息を吐いて、憂鬱そうな表情をしている。
「俺、申し訳ないが野球よく分かんないけど…あんまりピンチとか思わなくてもいいんじゃないか?」
若越の言葉に、三伯は驚いて彼の顔を見た。
「寧ろ、逆境はチャンスなんじゃね?そのピンチを跳ね返せたらお前はヒーローって事だろ?
俺で言う、土壇場でバー越えて次の高さでバシッと1発クリアするようなもんだろ?かっこいいじゃん。」
若越があまりにも真面目にそう言うので、三伯は突っ込めずに真面目に返答した。
「…なるほど、だからお前は全国行けるんだな。
ありがとう若。何とか頑張ってみるよ。」
三伯に礼を言われた理由が、若越にはよく分かっていなかった。
若越にとっては何気ない会話のつもりであったが、成長した彼の言葉が、1つ仲間を救うキッカケになったと言う事は、また別の話。
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その日の放課後、部活動が終わると陸上部員全員が集まった。
七槻が皆の前に立ち、皆は彼に注目した。
「…今年の部活動紹介なんだけど…。」
七槻がそう言うと、若越はゆっくり立ち上がり、七槻の隣に立った。
「…俺がみんなの前で跳びます。勝馬先輩は部の紹介、しっかりとお願いしますね。
皆さん、それでいいですか?」
若越が突然そう言うので、部員の皆はキョトンとした顔で若越を見ていた。
数秒経って、状況が理解されたのか、皆大きな拍手で賛同した。
「頼むぜ、若越っ!期待のエースだからなっ!」
伍代はそう言って、若越を鼓舞した。
「先輩、そんなこと言ってると、今年のインハイは俺が勝っちゃいますよ?」
「何言ってんだ?今年は肉離れなんてヘマはしないぜ。優勝するのは俺だからなっ!」
若越と伍代がふざけながらそう言い合うと、皆笑いながらその様子を見ていた。
(…1年前とは大違いね。)
その様子を見ていた桃木は、心の中でそう呟いた。
漸くチーム全体の雰囲気が良くなり、来るインターハイに向けてチームでの良いスタートが切れる。
そんな予感を桃木は感じていた…。
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次の日、春の風が心地よく吹くよく晴れた日に、
羽瀬高では入学式が行われた。
新品の制服に身を包みながら、まだ少し中学生らしい雰囲気が残る新入生たちは、保護者らと共に校内の桜の木の下で記念写真を撮っていた。
「あっ、茉子ちゃーん!」
「やっほー!千聖っ!」
2人の新入生は、知り合いなのかそう名を呼び合って共に写真を撮っていた。
「…茉子ちゃんは、やっぱり陸上部に入るの?」
桜並木の横に広がる、大きなグラウンドを見ながら、新入生の女子生徒は友達にそう問いかけた。
「うん。そのつもり。高校でも、走り幅跳び頑張るよっ!」
その女子生徒は、後ろで1つに縛った髪を揺らしながら、元気よくそう言った。
「…あっ、そうだ。学校始まったら、一緒に部活見に行こうよ!」
「…えー、私は…。」
そう言いかけた時、彼女の視線の先に、大きなあくびをしながらグラウンドに向かう、1人の陸上部員の姿が映った。
桜の花びらが、空高く舞い上がっていった。




