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High-/-Quality  作者: hime
【第2章:推進】
61/83

第60話:Graduation

_

3月1日


体に刺さるような寒さが和らぎ、少しずつ春の兆しを感じられる季節。

校内の桜の木も、少しずつその蕾が顔を出していた。



『…卒業証書、授与。』



羽瀬高では、卒業式が行われた。


司会の教員がそう告げると、卒業生は1人ずつ体育館の舞台の上の教壇で、校長先生から卒業証書を受け取った。


泊麻、室井、諸橋、紡井、橋本、聖野、坂下…。


陸上部の先輩の姿を、在校生の若越たちは見守っていた。

皆、晴々しい顔をしている。


_


卒業式を終えると、卒業生は3年間を共にした友人やお世話になった教員、後輩たちと写真を撮ったり、高校生として最後の時間を過ごしていた。



「ご卒業おめでとうございます!…これまで、本当にありがとうございましたっ!」


陸上部の面々も、グラウンドに集まっていた。

七槻たち在校生から、室井たち卒業生へとそれぞれ大きな花束が渡された。


「…こちらこそ、これまで共にしてくれてありがとう。

俺たちはそれぞれの道へ進むが、これからもお前たちの活躍を期待している。」


室井がそう言うと、諸橋、紡井、橋本は後輩である桃木や丑枝たちと涙を流しながら抱き合い、泊麻は寂しそうな顔をする七槻や音木を宥めていた。


「…ま、俺が偉そうな事言える立場じゃねぇけど…後悔しないように、残された時間を精一杯過ごせば、必ず明るい道が進めると思うぜ。」


泊麻はそう言うと、七槻と音木の頭に手を置いた。


「"羽瀬高のエース"七槻 勝馬。"羽瀬高の秀才スプリンター"音木 満康。

…そして、"羽瀬高の希望"伍代 拝璃。

お前たちの姿を見て、後輩の奴らが後に続く。

…後輩たちも甘くはねぇぞ。負けんなよ。」


泊麻はそう言い残すと、名残惜しそうにグラウンドを去っていった。

卒業後、彼は都内の大学へと進学する。

語学の勉強に励み、将来世界を股にかけた仕事に着く事が目標であった。



「…七槻。お前が率いる"羽瀬高陸上部"、その行く末には本当に期待している。

だが、プレッシャーに感じる事はない。

お前たちらしく、精一杯やり切った結果を、俺は楽しみにしている。」


室井は、七槻にそう言った。


「…先輩の期待を、いい意味で裏切る事ができるよう、全身全霊挑みます。」


七槻は、室井をまっすぐ見つめながらそう宣言して室井と握手を交わした。

そして、室井も泊麻に続いてグラウンドを後にしようとした時、若越が慌てて室井を呼び止めた。


「…室井先輩。ありがとうございました。

先輩からのお言葉、これからも決して忘れません 。」


若越の顔に迷いは感じられなかった。

室井は満足そうに若越の姿を見ると、大きく空を仰いだ。


「…それは良かった。

俺は、お前らに大したことは教えてあげられなかった。

しかし、お前らには伍代たちがいる。

あいつらは、俺や泊麻よりも活躍する。必ずな。

それに、お前たちの代にも大いに期待している。

近い将来、必ず全国で"羽瀬高"の名を背負って戦ってくれるってな。」


室井はそう言うと、若越に右手を差し出した。


「それに、これで終わりじゃない。

俺は大学でも競技を続けるつもりだ。

これから、大きな大会でまた会える事を期待してるぞ。」


若越は、室井の言葉を心の底から受け取っているように見受けられた。

そして、若越と熱い握手を交わした。


_


卒業生との別れを惜しみながら、若越は気づくとトレーニングウェアに着替えて、グラウンドにいた。


すると、そこに同じくトレーニングウェア姿の蘭奈、紀良、高津と、そして巴月の姿もあった。



「…こんな時でも、練習?」


若越の姿に気がついた紀良が、そう声をかけた。


「…こんな時でもって…どの口が言うんだ?それ。」


若越は、皆の姿を見ながら呆れ口調でそう言った。


「…早かったね、1年間。」


春の風に、自慢のポニーテールの毛先を靡かせながら、巴月がそう呟いた。


「ったぁ、なんでこう、時間ってあっという間なんだろうな?

…だから、一瞬たりとも気は抜けねぇ。俺は日々強くなるっ!

次こそ、俺は全国の舞台で戦うんだっ!」


蘭奈は、流れる時の早さに嘆きながらも、力強くそう宣言した。


「…私も、強くなってみせるよ。折角こんなにも、いい環境で出来んだから。」


蘭奈の宣言を受けて、高津もそう宣言した。

2人は、そのまま紀良の顔を見た。


「…え、何?俺も?…まあでも、毎日楽しいよ。お陰様で。

…だから、この楽しい毎日が続けられるように、お前らに置いていかれないように、俺ももっと強くなってみせるよ。」


紀良は、初めは嫌そうにしたものの、しっかりとそう言った。


「…私は、みんなが強くなれるように、全力でサポートする。

…だから見せてよ。皆んなが強くなった姿を。」


蘭奈、高津、紀良の宣言を受けた巴月は、マネージャーの立場からそう目標宣言をした。

巴月がそう言い終わると、4人は若越の方を見た。


若越は既に、何処か遠くの空に視線を送っていた。



「…俺は、『誰よりも、高い空を跳ぶ。』変わんないし、変える気もない。

ただ、その為にまず達成しなきゃいけない目標…それは…『5m越えでインターハイ優勝』。

…勝つんだ、ライバルに…伍代先輩に、必ず。」





_



その日の帰り道、若越は1年間を振り返っていた。


入学早々、伍代に激しい勧誘を受けた事。

そして、その伍代との勝負に負けた事。


自分の力を過信して、ライバルたちに屈辱的に負けた事。

そして、更なる高みにはより多くのライバルが存在する事。


桃木の事。蘭奈や紀良、巴月の事。

伍代や七槻、音木の事。

室井や泊麻、諸橋や紡井の事。


そして、自分がまだまだ発揮しきれてない、まだ見ぬ高みを目指す為の力の事。



1年間に若越に起きた色々な事を考えているうちに、気がつけば若越はお寺の墓地を訪れていた。


"若越家之墓"と書かれた墓石の前にやって来ると、若越はお寺の近所で買ってきた花と線香を供えた。



(…父さん、ごめん。

ずっと言えなかったけど、俺、棒高辞めかけた。

母さんに、不安になって欲しくなかった。

棒高で、父さんの事を思い出して悲しくなるのが嫌だった。

父さんに教えて貰った事、これまで頑張った事を無駄にしたくない気持ちは、もちろんあった。

だけど、俺がどんなに棒高頑張った所で、父さんが帰ってきてくれるなんて事、無いから…。)


両手を合わせて静かに目を閉じた若越は、墓石の前で父親に語りかけるようにそう心の中で呟いた。


(…けど、父さんも知ってると思うけど…。

伍代 拝璃ってすげぇ人が先輩にいてね。…勝てなかったんだよ、俺。

終わりにするって決めたのに、その覚悟を決めた跳躍ができなかった。

だから最初は、その後悔を払拭する為にまた棒高やり始めたつもりだった。


…だけど、また負けたんだ。最初のインターハイ。記録無しの予選落ち。ダッセェよな。

先輩たちやライバルたちは、俺の知らない世界にどんどん進んで行った。

悔しかったんだ、あの時間。

父さんがいたのに。父さんにずっと、日本で1番凄い選手に沢山教えて貰ってきたのに、俺はその舞台に立つことすらできなかった。


…だから、決めたんだよ。

『誰よりも、高い空を跳ぶ。』って、父さんの目標だったんだろ?

確かに父さんは、日本で1番高い空を跳んだよね。

だけど、父さんが目指してたのは…多分その先の事だよね。今なら分かる気がする。


だから任せてよ。俺がその夢、必ず叶える。

その為にまず、父さんと同じように高校生で1番高い空を跳ぶ。

インターハイで優勝する。

見ててよ、父さん。父さんが今いる、高すぎる空から。


来年すぐ勝てるかは分かんないけど、俺に残されたチャンスはあと2回ある。

…若越 浮地郎の名前は、棒高やってる人なら誰でも知ってるはずだよね。

今度は、"若越 跳哉"の名前を全国に知らしめるから。


必ず見ててよね。

俺はまだ、父さんの辿り着いた高すぎる空には行けないから。

何十年かしたら、その時また会えたら、沢山話せるくらいの経験をしてくるよ。


ありがとう、父さん。

そして、絶対に父さんよりも凄い選手になってみせるから。)


若越は静かに目を開けた。

すると、少し柔らかな風が若越の背後から吹いてくるのを彼は感じた。


"運命の追い風"。若しくは"父親からの後押し"。


果たして、その風の行末は…。




若越は、父親の墓前のあるお寺から、家に帰る為に駅に向かった。


ヴーッ!ヴーッ!


その時、ポケットに入れたスマートフォンの振動を感じた。

スマートフォンを取り出すと、そこには見覚えのある電話番号が表示されていた。


「…もしもし、若越ですが…。」


若越は、恐る恐る電話に出た。

見覚えのある番号だが、名前が表示されていなかったので身近な人間ではない。

しかし、電話口からの声に、若越は漸くその人物が誰なのか理解した。


『…久しぶり、跳哉。元気してたか?

ごめんな?こんな時間に、急に電話して。

前に会ったのは、浮地郎の葬式の時だったっけな…。

…それはそうと、話しておきたい事があるんだ…。』


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第2章:推進 完結

次回、第3章:決戦場 始動


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