表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
High-/-Quality  作者: hime
【第2章:推進】
58/81

第57話:Never Return Sky

_


「…なんのつもりだ?伍代。」


大ヶ樹は緊張が昂る中、伍代を睨みつけながらそう問いただした。


「…え?何って…3本目はパス。俺は次、5mに行くよ。」


「…はぁ?ナメてんじゃねぇぞてめぇ…。」


大ヶ樹は更に伍代を睨みつけながら、喧嘩腰にそう言った。

伍代の予想外の発言に、周囲の選手たちもザワザワと騒がしくなる。

もちろん、若越もその様子を見ていたが、敢えて伍代に触れることはしなかった。


江國も、伍代と大ヶ樹の会話を耳にはしていたが、2人に混ざる事はせず、大きなため息を吐きながらベンチから立ち上がった。


「…ナメてる?いや、お前と同じだよ。

俺も、()()()()()から。勝つ為の選択、だよ。」


鋭い形相で睨みつけてくる大ヶ樹に、負けじと伍代も鋭い目つきを向けながらそう言った。


「…勝つのは、俺だ。」


伍代は小さくそう呟くと、助走路の江國へと視線を送った。


_


江國が、4m95cmの3本目へと挑む。

2本の失敗は、彼にとって大きなアドバンテージとなっているかのようにも思えた。


変わらぬ状況の中、危機を乗り越えようとする江國の鋭い視線が、ただ1点、4m95cm上空のバーに向けられた。



(…雨で満足に蹴ることが出来ない地面…滑るグリップ…そして、冷まされていく体温…。

…動きに注意しながら、確実に地面の踏み込みとポールの突き出しを意識。

決して気を抜くな。上空で反転したその時まで、ポールから手を離す事勿れ。)



江國は心の中でそう唱えながら、挑む3本目の跳躍のイメージを固めていた。


しとしとと降る小雨は、もう随分と長いこと競技場の空を支配していた。

黒みかかった灰色の空を、江國はクッと見上げた。



(…天の気が変わる事は無さそう…か。)



"やれやれ"と言わんばかりの呆れ顔を見せたと思えば、江國はすぐさま鋭い目つきで正面を見た。



(…ここで負けるわけにはいかない…。

俺は…"俺"に勝ち続けるっ!)



水飛沫を上げながら、江國の助走が一歩一歩進んでいく。

その動きが鈍る事はなかった。

力みすぎず、かといってリラックスしている訳ではないが、スムーズな動きで江國はスピードを上げた。



跳ね上がったその身体は、足裏を天に向けながら、天から降り頻る雨に逆らうようにバーの上に向かって行った。


ポールを離した右腕を素早く胴に引き付け、江國はバーの上を見事に越えて見せた。



マットに落ちた江國は、その反動のまま立ち上がって呆然とした。


(…初めてだ…跳躍中に自分の意識が真っ白になるなんて…。

…じゃあ今、俺は感覚で越えた…って事なのか?)


江國は、自分に起きた出来事に現実味を覚えられず、戸惑った表情のままマットを後にした。



_



5mにバーが上がった頃、ここまでずっと耐えていた小雨が、遂に本降りに近づいてきた。


バーのセッティングに時間が掛かっていた為、第1跳躍者の大ヶ樹は、機嫌悪そうに控えテントでスタンバイしていた。



(…あぁ…まじ、どいつもこいつもうぜぇ。イライラさせやがって…。)


大ヶ樹は、折角の集中をあっさりと切らされてしまった。

不満そうな表情のまま、風によって肌に触れる雨粒が、彼の苛立ちを更に増幅させた。


バーのセッティングが終わると、大ヶ樹は荒々しく助走路に向かった。

瞬く間に彼の前髪から、雫が滴り落ちた。


大ヶ樹は眉間に皺を寄せながら、首を左右に激しく振って、その雫を払い落とした。


「…行きまぁぁぁぁぁぁぁぁっす!」


投げやりな叫び声を上げると、大ヶ樹はすぐさまポールの先を持ち上げて、助走を始めた。


雨足が強まっている事で、助走路は更に滑りやすくなっている。

大ヶ樹は、ただ我武者羅に地面に喰らい付き、その歩を夢中で進めた。


踏み切って浮き上がった身体は、何とも無理矢理な形でその空を目掛けていった。



しかし、その強引な跳躍が結果を成す事はなかった。

バーの上目掛けた大ヶ樹の足裏は、そのままそのバーを勢いよく蹴り飛ばした。



「…っクソッ…!」


大ヶ樹は、空中で悔しさをそう吐き出した。


_


続く江國の5m1本目。

彼は踏み切る事なく、マットの上へと駆け抜けて行った。

当然、審判員は赤旗を上げる。



雨は、更にその勢いを増しているように見えていた。


試技は、1本目の最終跳躍者を迎える。

跳躍者である伍代は、ポールを手にして助走路に入った。


大きく深呼吸をするも、心臓の鼓動は激しさを増すばかりであった。

その鼓動は、伍代の身体を伝って今にも地面を揺らしてしまう程に。


何とかその逸る気持ちを抑えようとするも、体を巡る血流の勢いはその気持ちに逆らった。



ふと、伍代が観客席に目を向けると、大勢の観客の中でただ1人、自分の事を真っ直ぐに見ている人物を見つけた。



(…なんだよ、桃。心配そうな顔して…。)


その人物は、桃木であった。

彼女の不安な表情に、伍代はハッと何かを思い出した。



それは、伍代が初めて5mを成功した、インターハイ南関東大会。

そして、その後のインターハイ全国大会予選。



(…もう、桃に悲しい顔はさせないって…あの時決めたじゃねぇか。)



伍代はポールを右肩に掛けると、両手にタンマグを馴染ませた。

その手を勢いよく叩くと、会場の雰囲気が一変した。



依然、振り続ける雨。



その雨音を掻き消すかのように、伍代は何度も手を叩いた。

伍代の拍音に合わせて、自然と観客席からも手拍子が聞こえてくる。


次第に、雨音が聞こえなくなるくらい、会場全体が手拍子に包まれた。




ポールを握る両手に、力が入る。

伍代は勢いよくそのポールを持ち上げると、1度大きく深呼吸をした。



「……行きまぁぁぁぁぁぁぁぁっす!!!!」



「「「「「…はぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」」」」」



伍代の合図に合わせて、観客席からの返答がされた。



進み出した伍代の足は、観客席からの手拍子に合わせて、少しずつ速いビートを刻んでいく。



(…俺の選択が間違ってなかったって事…必ず証明してみせるっ!…なぁ、桃っ!)



手拍子が1番速くなった時、伍代の左足が勢いよく地面を蹴り込んだ。

浮かび上がったその体は、ポールの湾曲に合わせながら上下反転し、そのまま回転しながらバーの上に向かった。



もはや、雨という状況を、伍代を含めた全員が忘れてしまっているように、その時は流れた。



ポールを手放した伍代の体は、今日1番の浮き上がりを見せると、バーに触れる事なくスルリとその上を越えていった。




観客席から、その様子を見ていた若越の脳裏に、その光景は当分の間刻み込まれていた…。



_




結局、その日は天候が回復する事はなかった。

大会2日目は、雨が降る事なく曇天の中行われたが、気候変化によって発生する強い風に、選手たちは苦しめられる事となった…。



選手たちの大半にとっては、何とも後味が残る大会となった新人戦関東大会。



大会の全ての種目が終了し、競技場は審判員らによって撤収作業が行われていた。

その競技場の様子を、若越は1人観客席に座って呆然と見ていた。



「…こんな所にいた。」


若越は、背後から聞こえた聞き馴染みのある声に、漸く意識を取り戻したようだ。

声のする方を振り返ると、そこには巴月がいた。


「…探したよ。」


巴月は、一言だけそう若越に言った。

その表情は日頃の笑顔とは裏腹に、無表情に近い少し悲しそうな顔をしていた。


「…ごめん。」


若越も一言でそう返した。

すると、巴月は若越の隣の椅子に座って、グラウンドを見下ろした。


「…跳哉くんは凄いと思う。凄い、頑張ってる。」


そう言う巴月は、少し涙目になっていた。


「…何だよ、急に…。」


若越は、突然巴月にそう言われた事で、少し恥ずかしそうにそう呟いた。


「…何で、跳哉くんはこんなに頑張ってるのに、神様は跳哉くんにいい結果をくれないんだろうね…。」


「…神様なんて、いない。」


巴月は、えっ。と驚きながら若越の顔を見た。

若越は無表情のまま、グラウンドの1点を見つめていた。


「…神様なんて、いないんだよ。

信じられるのは、思い通りの結果を掴む為に、頑張った自分の努力のみ。

…俺は、途中でビビってポールを下げた。

それが結果、調整しきれなくて失敗に繋がった…。

…俺は全然頑張れてない。…自分に負けたんだ…。」


若越はそう言いながら、無意識に両拳を強く握りしめていた。

その悔しさを、巴月は痛い程に感じていた。


「…俺は、まだまだ弱いんだ。

先輩に突っかかって、過去の実力に胡座をかいて、強い自分を繕っているだけだったんだ。

…やっと気づいたよ。もっと、もっと強くならないと、俺は伍代先輩には勝てない。

…いや、先輩どころか、他のライバル達にも。」


若越はそう言うと、急に立ち上がった。


「…帰ろう。ごめん巴月。俺の独り言だから。」


そう言う若越の姿を、巴月はただ見上げる事しか出来なかった。

動かない巴月に痺れを切らしたのか、若越は巴月の腕を掴むと、強く彼女の体を引き上げた。


若越に急に強く引き上げられた巴月は、バランスを崩すと若越にもたれ掛かってしまった。

若越は冷静に、その巴月の体を受け止めた。


「…ごめん、強かったよね。…でも、もっと強くならなきゃ。」


「…ううん、大丈夫。私の方こそ、ぼーっとしててごめん…。」


若越は、巴月の無事を確認すると、彼女から手を離して帰路へ向かった。


耳まで顔を赤らめた巴月も、その後ろを追うように歩いていった…。




_



変わらぬ空。

変わらず、追い求める空。


その空の遠さを、改めて実感した若越の初めての高校生の秋は、曇天のように過ぎ去っていった…。



_


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ