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High-/-Quality  作者: hime
【第2章:推進】
54/80

第53話:Conditions for Survival

_


マットに落下した若越の体と同時に、4m70cm上空にいたバーも落下した。


審判員が赤旗を上げる。



「…跳哉くん…何かいつもより心配な感じがする…。」


若越の失敗跳躍を経て、観客席で見ていた巴月がそう呟いた。


「…心配な感じ?」


すかさず、高津がそう問いかけた。

高津には見えていない感覚が、巴月には見えているようであった。


「…うん。都大会とかは、何か行けそうな気がするって謎の自信?みたいなのを感じたけど…

今日は寧ろ、その逆…。」


「…んー…まあ言われてみればそんな感じがするかもね…。」


高津はそう言われて、漸くその違和感に気がついたようであった。


「…全体的な動きに、力みが出てるような…そんな感じ…?

前はもう少し、リラックス出来ていた気がするんだよね…。」


巴月はそう見解を示すと、何かを思い出したかのようにハッとした。


(…まさか…跳哉くん…。)


巴月の脳裏に、体育祭での彼との会話が蘇る…。



『でも俺、やっぱり好きなんだ。…桃さんのこと。

だから、ちゃんと結果出したい。欲を言えば、伍代先輩にちゃんと勝って、想いを伝えたい。

…そう思ってる。』


(…考えすぎ…なのかな?…でも、もし彼がそう思いながら、今あの場所にいるんだとしたら…。)


巴月の不安は、更に増すばかりであった…。



_




「…若越、力み過ぎじゃないか?」


控えテントに若越が戻るなり、伍代がそう声を掛けた。

例の如く、伍代のアドバイスに若越は嫌悪感を示していた。


(…そんな事は俺だって分かってる…。)


「…それは…。」


若越は伍代に対して反抗しようとしたが、そう言いかけて黙ってしまった。


(…悔しいけど、事実だ…。ここで先輩に歯向かったところで…都大会と変わらない。)


「…先輩なら、気持ちが先走りそうになる時、どうやって調整しますか?」


若越は冷静さを装いながら、そう伍代に問いかけた。

突然の若越からの質問に、伍代は驚きはしたものの、後輩からの質問に真剣に答えた。


「踏み切り位置も前のめりな感じはしてたかな。お前の感覚通り。

20cmくらい、スタート後ろに下げても良いかもな。」


若越の跳躍失敗の原因が、逸る気持ちに前のめりになっていた全体の動きによって、踏み切り位置がズレたことによって十分な力を受けながらの空中動作に持っていけなかったことだということを、伍代は見抜いていた。


「…それに、行けるんだったら前回の最後に使ったポールに変えても良いんじゃないか?

確かに、今のポールはこれまでの跳躍で使い慣れているものだとは思う。

ただ、今後を見据えれば、このタイミングで変えとくのもありだとは思うよ。」


突然の伍代からの提案に、若越は驚いた表情を見せた。

前回の試合で、江國に感化されてポールを変えようとした時は止めた伍代が、今度はポールを上げるように促してきたからだ。


「…まぁ、無理にとは言わない。今だって、多少調整がズレただけだし、タイミングが合えば十分越えられる…。」


伍代はふとそう言いかけ、言葉を濁した。

都大会で自分のアドバイスを聞かなかった若越を、なるべく刺激しないようにと気を遣っていた。

しかし、若越の反応は伍代が気遣う程深刻ではなかった。


「…負けたままで終われない。…先輩に…江國に勝ちたい。

2本目、ポール上げてやってみます。」


そう言う若越の表情に、微かな光が見えたように伍代は感じた。

そして、伍代は最後に一言、若越に言い残した。


「新人戦、俺はもちろん勝ってみせる。…だけど、それだけじゃない。

若越(お前)をどこまで連れて行けるか。それも俺の目標の1つだ。

…偉そうな風に聞こえるかもしれないが、お前と高校生としてまともに戦える大きな試合は、今回を除けば後1回。来年のインハイしか無い。

…その時の万全な状態のお前と戦う為の、底上げの為の時間でもあると、今回俺は思ってる。」


若越は、その言葉に納得したのかしてないのか、微妙な表情を浮かべた。


「…確かに、偉そうな言い方しますよね。

安心してください。今回も、次も、全力で先輩を倒しに行くつもりですから。」


そう言う若越の気持ちは、彼の全てであった。



_


4m70cmの1本目の跳躍に挑んだのは、この高さまで残った若越を含む7名中5名。

霧島と伍代は、共に4m80cmの跳躍までパスを選択していた。


5名のうち、1本目を失敗した若越と群馬県代表の2年生の選手を除く、神奈川県代表明伯高校の石橋、大ヶ樹、東京都代表継聖学院高校の江國は1本目での成功を収めた。


4m70cm、2本目の試技の時間が訪れる。


若越の前に、群馬県の代表選手が2本目を成功した。

審判員の掲げる白旗が、若越の視界にも入ってくる。


(…集中、集中…。)


若越は何度も自分に言い聞かせる。

しかし、心のなかでは未だどこか落ち着かない。


(…俺はこの高さ、練習で何度も跳んでる…。

それに、ポールを上げたところで、前回の95の跳躍を考えればこの高さはまだ、気負う高さじゃねぇ…。


"自分はできる。"と思う気持ちに反するように、若越の体は何処か緊張感を帯びていた。

その緊張感が、若越の思考と体を僅かに切り離しているようでもあった。


「…行きますっ!」


腹の底からその違和感をかき消すように、若越はそう叫んで走り出した。

20cm程、1本目より後ろから始めた助走。

そこまで変わるはずは無かったが、前回よりも遠く感じる踏み切り位置との距離に、再び若越の助走はその気持を体現するように焦っているように見えた。


踏み切ると同時に若越の体にかかるポールの反発力は、1本目よりも遥かに強かった。

そのパワーに負けじと、若越は踏み切った力を利用しながら体を上に上に運んでいく。


1本目よりも、体は確かにバーの高さまで達していた。

しかし、足がバーを越える前にバランスが崩れ、重力に引っ張られるようにその体が落ち始める。


ポールを手放し、伸ばした右腕がわずかにバーを掠め、"カタン"と乾いた音を立ててバーが落ちた。


「……っ!」


マットに倒れ込みながら、手を握り締める。

足元には、4m70cm上空に掛けられていたはずのバーと、審判員の赤旗が見えた。


(なぜ……なぜだ。俺は、跳べるはずなのに)


若越の焦りに、拍車がかかる。


_


「…あちゃぁ…ダメだったか。」


観客席から若越の跳躍を見ていた高薙兄弟の背後から、そう呟く声がした。


宙一と皇次が同時に背後を振り返ると、そこには伍代の姉、希美がいた。


「…あなたは…。」


皇次がそう呟くと、宙一が冷静に挨拶をした。


「…びっくりしましたよ。これはこれは希美さん、お久しぶりです。」


宙一はそう言って、軽く会釈をした。


「よっ!久しぶり。弟くんは初めましてになるのかな?

羽瀬高の伍代 拝璃の姉、伍代 希美です。よろしくね!」


希美はそう言って、満面の笑みを皇次に向けた。


「…伍代…希美…って、ええ?東京体育大学の次期エース候補で、日本代表間近って言われてる…あの人!?」


皇次は柄にもなく大袈裟にそう驚いた。

それもそのはず。皇次の言う通り、競技者の大半がその名を知っている人物であった。

その人物が、自分たちと同じく新人戦の関東大会を見物しているとなれば、驚かない方が自然であった。


「…やだなぁ、そこまで言ってくれるなんて、宙ちゃんと違って素直ないい子じゃない?弟くんは。」


希美も満更でもない様子で、そう言った。


「…拝璃はまだ跳ばないっすよ。…それとも、また東体へのお誘いですか?」


宙一は、希美に対して苦手意識を持っているのか、少し喧嘩腰というか怒り口調でそう言った。


「なーんだ、宙ちゃん分かってんじゃん。

…もちろんそれもあるけど、今日は単純に視察って感じかな。」


希美は宙一の反応に食いつくことはせずに、余裕そうにそう言った。


「…視察…って事は、誰か東体にスカウトしようとしてるんですか?」


宙一とは相反するように、皇次は少し興味を示しながら希美にそう問いかけた。


それもそのはず。

希美の所属する東京体育大学は、棒高跳びだけではなく歴代でも多くの強豪陸上選手を輩出している事で有名な大学であった。


その中には、若越の父親である若越 浮地郎もいる。


浮地郎を始めとする、日本代表経験のある選手たちは、この東京体育大学に所属している時から既に輝かしい成績を皆持ち合わせていた。


それもあり、希美への注目度はもちろん、皇次たち現役の高校生選手が注目する大学の1つであった。



「…まあ…そんなところかしら。」


希美は再び、優しい笑顔を見せながらそう言って皇次の問いに答えた。

知らずのうちに、皇次も希美の姿に釘付けになっている様子にも見えた。


「…なるほど。まあ、黙って見ててくださいね。

あいつらも俺も、真剣なんで。」


その様子を断ち切るように、宙一はピシャリとそう言って再びグラウンドに視線を向けた。

どうやら、宙一と希美には何かあったのか、宙一の一方的な嫌悪感が否めなかった。

皇次もその様子に、少し驚きつつもそれ以上、希美に声を掛けることはしなかった。



_


4m70cm、3回目の試技。

残るは若越、ただ1人であった。




(…失敗はもう許されない。

今度こそ、跳ばなければ…また終わってしまう…。)


深呼吸を繰り返しながら、若越はあからさまに自分自身を落ち着かせようとしていた。


周囲からのプレッシャー、ライバルたちからの視線、観客の声、そして握りしめる慣れないポール。


その時、若越の脳内にとある記憶が蘇った。



『諦めろ。失敗のイメージを。

成功するイメージだけを持っていけ。その身がマットに着地するその瞬間まで、失敗する事を考えるな。

それで行ける。成功できる。』



亡き父、浮地郎の言葉であった。

インターハイの支部予選では、思い出す時が遅かったその言葉を、今度は辛うじて跳躍前に思い出す事ができた。



(…危なかった…ありがと、父さん。

今回はちゃんと思い出せたよ。)


若越の脳内から緊張感が少しずつ和らぎ、自然と呼吸も落ち着いていた。


今脳内に思い浮かべるべきは、成功のイメージ。



~4m70cmはギリギリだったけど、そこから調子を取り戻して、最後は伍代先輩と一騎打ち…。

練習ではまだ越えられてない5mも、俺は試合のアドレナリンと見ている観客の声に後押しされて、越える…。

そして、伍代先輩に勝つ。

…桃さんの視線を、先輩から俺だけに向けさせてみせる…!~



半ば自己中心的妄想にも思えるが、若越はそのイメージで完全に調子を取り戻した様子であった。


吹き流しも、追い風を示している。



(…今がチャンス。見ててくださいね、桃さん。)



ポールを持ち上げると、チラッと横目で観客席の桃木に視線を送り、そう合図する。



「…行きますっ!!!」



そう叫んで走り出す若越の助走からは、前回までの焦りや気負いの様子は見えない。

軽い足取りとテンポの良いリズムで駆け抜けると、ポールの先をボックスに突き付け、力強く地面を蹴る。


ポールの反発力を、若越は強く感じていた。



(…もう負けない…っ!ここから、生き残る為にっ!)


ポールの形が元に戻って、若越がポールを手放した時、その体は十分な浮き上がりを保ちながらバーの上を越えていた。


流れるように体は重力に従って、マットまで落下する。

マットに体を預けるように上空を見上げた若越は、ホッと一息吐いた。


(…危ねぇ…今回はちゃんと思い出せたよ。

ありがと、父さん。)


心の中でそう呟き、目を開けて見上げた空は、

若越の思いに反するように恐ろしい程に灰色一色に包まれ、流れる雲の速さは目に見えるほどに速かった。


(…えっ……雨…?)



若越の頬に雫が当たった感触がした…。







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