第50話:Entrust for You
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クラス対抗リレー、1年生の部。
若越たち3組は、クラスカラーである黒のビブスと黒の鉢巻きを纏った。
蘭奈、紀良の2組は桃色のビブスと鉢巻きを纏っている。
他のクラスも、それぞれの指定クラスカラーの鉢巻きとビブスの装いで、それぞれの走者のスタート位置へと散らばった。
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体育の授業での、練習の時間。
3組の走順は、若越の提案通りに行くこととなった。
「…本当に俺が1走目でいいのか?」
威勢よく若越に突っ掛かっていた大橋であったが、大役を任された事に緊張したのか、急に若越に丁寧に接し始めた。
若越が提案した走順は、以下の通り。
1走:大橋 健都
2走:高津 杏珠
3走:三伯 祐誠
4走:秋田 舞嘉
5走:八須賀 泰我
6走:佐藤 凛
7走:若越 跳哉
アンカー:七槻 巴月
大橋の問いに、若越はまたも自信げに答えた。
「心配しなくても大丈夫かな。大橋くんが如何なる結果になろうと、この順番なら結果はあまり変わらない。」
「…はぁ?それってどう言う事だよ…!」
大橋は、若越の少し馬鹿にしたような言い方に腹が立ったのか、再び若越に喰いかかった。
「大橋、高津、三伯。ここまでの3人は、日頃から短い距離での加速力を得意としてるメンバーだ。スタートからの加速力に必要な力を持っているはずだ。秋田、八須賀、佐藤。この3人は主に持久力。それぞれバレー部、バスケ部、バドミントン部なら、さっきも言った中盤のキープ力と持久力は確実に補える。
そして、俺と巴月。最後に何とか加速して、1着でゴールできるって計算だけど?」
若越が淡々と説明する様子に、一同は驚きと感心でただ話を聞くしかなかった。
「…それに、確かにスタートである1走は大事だけど、リレーは1人じゃないから。安心して。
俺が考えられるこのメンバーでの最適順だから。1番は固いと思うよ。」
若越にそう言われて、大橋は「お、おう…。」とただ圧倒されるがままであった。
「凄いね、若越くん。やっぱり陸上部だから皆んなの走りとか動きの特徴分かるんだ?」
感心して聞いていた秋田がそう言った。
秋田はバレー部という事もあり、背も若越と同じくらいで、巴月や高津に比べて高い。
長い手足とショートボブの髪型は、正にバレー部と言えるビジュアルをしている。
「…いや?偉そうに言ってるけど、ぶっちゃけ絶対とは思ってない。ただ…俺たちが本当に1位になるには、1つだけ厄介な事があって…。」
若越が渋りながらそう言うと、それが気になった八須賀がすかさず問いかけた。
「厄介な事って?」
「…2組。うちの部の蘭奈 陸って奴がいて…。
全中経験者でこの間の支部予選、100m10秒台出してる強者で…。あいつが何処を走るかによるかなぁってのが正直なところ。」
若越がそう答えると、八須賀始め陸上部以外のメンバーはいまいち理解出来ていなかったが、巴月と高津の2人は納得の表情をしていた。
「…確かに。あいつが厄介すぎるね…。 大橋、1走に彼が来たらあんた終わりだよ。」
高津は残念そうに大橋にそう言った。
大橋は「はぁ?」と不思議そうな顔をしていた…。
「…まあでも、若越くん的にこれがベストオーダーなんでしょ?だったらやってみようよ。
私たちよりもリレーの事は詳しいだろうし、陸上部が3人もいてくれるなら安心ね。」
一連の話を、佐藤がそう言ってまとめた。
「まあ、専門外だけど任せてもらって大丈夫だよ。
…とりあえず、走順がこれでいいなら、次はバトンパスだな。
バトンパスはな…。」
こうして、若越が主体となった3組のリレーメンバーは、1位を目標に体育祭に挑む事になった….。
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それぞれの位置に散る前に、若越は巴月に声を掛けた。
「…巴月、無理しなくていいからな。
俺、走りに自信あるわけじゃないけど…さっきの徒競走で、陸に最も近いのは俺だって証明できた筈だから。何とかリードして持ってくから、気楽に走れよ。」
若越はそう言うと、第7走者のスタート位置である第2コーナーに向かって言った。
(…このタイミングで、あんな話しちゃったから…跳哉くん、気にしてるのかな…?)
巴月は、若越にフォローされたものの、まだ不安な表情でスタート位置である第4コーナーへ向かった。
(…でも、心配しないで。これは大会じゃないから…大丈夫。)
巴月は心の中で何度もそう呟いて、自分自身を安心させた。
第1コーナーのスタートラインには、第1走者である各クラスの男子生徒が集まった。
(…2組は誰が1走目なんだ…?)
大橋は緊張がバレないように取り繕いながらも、不安そうに辺りを見回して桃色のビブスを探した。
2組のクラスカラー、桃色のビブスを着てそこに現れたのは、紀良であった。
大橋は、ビブスの下の体育着の腹部にある、名前を記したゼッケンを見て急に安心感を露わにした。
(…"蘭奈"じゃねぇ…"紀良"?…こいつも陸上部だった気がするけど…若越が名前上げてなかったし、確かいつも部活の時若越たちの後ろ走ってる遅い奴だよな?…んだよ若越、ビビらせやがって…。)
大橋は180°態度を変え、急に自信満々にレーンのスタートラインに立った。
…この後、自分が大きな誤算をしていたと後悔するとも知らずに…。
第2コーナーの第7走者の待機場所に着いた若越は、同じ場所にいる青や緑、赤のビブスを着た他のクラスの顔ぶれを確認した。
(…まあ、野球部とかサッカー部とかいるけど…これなら何とか…。)
「跳哉ぁぁ!お前も7走目なのか!また勝負できんじゃねぇか!最高だなぁ!」
…聞き覚えのある大声が、若越の耳に飛び込んできた。
声の主は、もちろん蘭奈であった。
「…まじかよ…陸が7走目?」
若越は呆れながら、少し怪訝そうに蘭奈を見た。
「当たり前だろ?俺も光季も、お前に勝つ為に考えたんだよ。作戦を!
跳哉ぁぁぁ!クラスリレー、絶対負けないからな!!!!」
蘭奈が大声でそう宣言した事で、第2コーナーで待機していた全員が蘭奈に注目した。
そして、彼の熱量に皆少し引いていた…。
「…はぁ。…望むところだ!…とだけ言わせてもらうよ。」
若越は呆れながらも、自信を露わにしながらそう宣言した。
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『位置についてー!』
徒競走に引き続き、クラスリレーも桃木がスターターを務めた。
(…若越、お前の作戦が殆ど意味なかったって言わせる為に、悪いが俺は最初っから1番でお前らにバトン渡してやるからな…。)
大橋がそんな事を思いながら、スタート位置についた。
パァァァァァァン!!!!
ピストルの音が鳴り、第1走者が走り出した。
クラス対抗リレーでは、1走目のみ指定レーンを走行し、第2走者からオープンレーン(※1)となる。
今回のレーンは、それぞれ第1レーンを空けた第2~7レーン、内側からクラス順に決められていた。
若越たち3組の第1走者、大橋は第4レーンにてスタートした。
大橋の右側に見える、彼の前方を行く4~6組の姿がどんどん近くなっていった。
(…んだよ。やっぱり楽勝じゃ…。)
スタートから30mを過ぎた頃、その姿を捉えた大橋が余裕を見せ始めた。
しかしその瞬間、大橋は左側に微かな風の通り抜ける感覚を察知した。
気がつくと、桃色のビブスの影が大橋を抜き去り、全体のトップに躍り出た。
2組の第1走者、紀良であった。
(…悪いな…若。日頃からお前らと走ってるおかげで、俺も少しずつだが速くなってんだよ…。
並の他部活の奴らに、陸上部が負けてたまるかっ!!)
紀良はそのような事を考えながら、先頭を維持しながら走り抜けた。
(…んだよあいつっ!!)
紀良の背中を追いながら、大橋も懸命に走る。
しかし、200mという走り慣れていない距離に、大橋のスピードはどんどん失速していった。
対する紀良は、その距離を知っている。
彼の前に、見えないいつもの2人がいるかのように、紀良は懸命に走った。
すると、大橋の横を更に緑と青のビブスが駆け抜けていった。
第3コーナーの第1バトンゾーン(※2)に差し掛かり、各クラス第2走者にバトンが渡る頃には、若越たち3組は4位に位置付けていた。
とはいえ、先頭を走る桃色のビブスを着た2組が若干先を行くだけで、緑のビブスの5組、青のビブスの6組と3組の差は然程大きくはなかった。
バトンを受け、第2走者の高津が颯爽と第3コーナーを駆け抜ける。
5組と6組の女子生徒との塊を一気に抜け出すと、前を行く2組の桃色のビブスを追いかけた。
(…やばい…ちょっと届かないかもっ!)
バトンゾーンに突入した時に、既に前を行く2組は第3走者の川島にバトンが渡っていた。
サッカー部で大橋と並ぶ次期エース格、川島 有蓮。
大橋の大衆的なイケメン風とは異なる、インテリイケメン風のキリッとした顔立ちに、流行りのセンターパートの黒髪、178cmという背丈からもアイドルのような出で立ちである。
その川島の後ろでバトンを受け取ったのは、3組の第3走者、三伯であった。
170cmと川島に比べたら少し小柄な三伯が、必死に前を行く川島を追うも、その差は縮まるどころか少しずつ開いていった。
しかし、三伯のスタミナは流石野球部と言ったところか。
川島との差を何とか維持しながら、続く第4走者秋田へとバトンを繋いだ。
秋田は、前を行く2組の仲嶋の背中を追いかけた。
仲嶋 紅葉と秋田は、同じバスケ部のチームメイト。
2人とも、168cmと女子生徒の中でも長身を誇るだけに、そのストライドは他の生徒よりも広く、推進力は他のクラスを引き剥がしていく。
秋田の好走は、仲嶋との差を明らかに縮めていた。
その差は約5m。
しかし、その差が埋まり切る事はなく、バトンは第5走者へと受け渡された。
2組の第5走者は、髙瀬 勇人。
3組の第5走者である八須賀と同じ、バスケ部員。
八須賀がバスケ部ならではの長身に対し、髙瀬は168cmと小柄であった。
しかし、その小柄ながらのスピード感はピカイチである。
八須賀は大きく手足を動かしながら、前を行く髙瀬に手を伸ばすかのように走った。
しかし、髙瀬はその手から逃げるかのように、懸命に手足を素早く動かして、次の走者へとそのバトンを運んだ。
第6走者へのバトンゾーンに差し掛かった時、八須賀と髙瀬の差は、僅か1m程まで縮んでいた。
八須賀は佐藤へ、髙瀬は安田へとそれぞれバトンをパスする。
2組の第6走者、安田 新菜はバレー部に所属する。
その運動神経は部内外問わずお墨付きで、当然走るのも速かった。
対する佐藤も、高津や巴月に次いでクラスでは速い生徒である。
幼少期から続けているバドミントンの為、羽瀬高でもバドミントン部に所属する。
彼女の活発さは、安田の運動神経を僅かに上回った。
第1コーナーを勢いよく旋回しながら、佐藤は安田の前に躍り出た。
しかし、100mという区間の短さが、その差を広げるには少々物足りなかった。
3組の黒いビブスが、第2コーナーの入り口に差し掛かると、次にバトンを受け取る若越は既にそのスタートを切っていた。
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「…若越くん、手加減してね?多分本気でスタートされたら、私追いつける自信ないよ…。」
体育祭前の最後の体育の授業が終わった後、教室に戻る道中で佐藤は若越にそう告げた。
「…大丈夫。佐藤さんが絶対に追いつけるタイミングで、俺はスタートするから。」
若越はそう答えると、不敵な笑みを浮かべた。
佐藤は恐る恐る了承し、緊張を極めながら本番当日を迎えていた…。
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(…待ってっ!…若越くん早いって!…私、追いつけない…。)
佐藤の5m前で、既に若越は前を向いて走り始めていた。
彼女は必死にラストスパートを藻掻いていたが、若越との距離が縮まらない。
(…もう…無理ぃ!)
佐藤は倒れそうになりながら、バトンを持つ右手を思いっきり前に振った。
すると、そのバトンに強い衝撃を感じた。
(…えっ…!)
※1: 陸上競技のトラック種目において、ある地点を越えた後に各競技者の走路が規定されず、どのコースを走ってもよい事。
※2:バトンを受け渡すことが出来る、各走者のスタート地点から100mを基準として、手前20m、後ろ10m、計30mの範囲。この範囲外でのバトンパスは、失格対象となる。




