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95 商談

「レミが普通の狐じゃなくて獣人だとわかったのなら、側においておく事は出来ないわ。…あっ、レミって呼んじゃいけないわね。あなた、お名前は?」


 グレース嬢が首をかしげると、アーリン兄さんはしどろもどろで返事をする。


「あ、あの…。…僕の名前はアーリンです」


 真っ赤になって俯くアーリン兄さんを公爵はムッとした顔で睨んている。


 そんな顔をするくらいならば、アーリン兄さんをグレース嬢の側に置くとか言わなきゃいいのに。


 当のグレース嬢は父親の態度には気付かずにニコニコとアーリン兄さんを見つめている。


「そう、アーリンというお名前なのね。…アーリン、今まで側にいてくれてありがとう。あなたが獣人だとわかったのなら今までのように檻に閉じ込めておく事は出来ないわ。寂しいけれどこれでお別れね」


 グレース嬢がアーリン兄さんを解放してくれるつもりだと知って僕達はホッとした。


 今まで通り狐として側に置きたいと言われたら、公爵はどんな手を使ってもそれを実行しようとしただろう。


 そうなると僕達の後ろ盾にランベール様がいる以上、外交問題にまで発展したかもしれない。


 そんな大袈裟な展開にならなくて良かったと心から思う。


 公爵もどことなく安堵したような表情になっている。


 僕達がホッと胸を撫で下ろしているとグレース嬢はアーリン兄さんに向かって切り出した。


「もうこれでアーリンはここを出ていってしまうのね。最後にもう一度だけ狐の姿になって貰えるかしら?」


 グレース嬢にお願いされた兄さんはすぐにその場で狐の姿に変わった。


 アーリン兄さんが本当に狐の姿になった事でグレース嬢は目を丸くしていたけれど、すぐに嬉しそうな顔になる。


「レミ、いらっしゃい」


 グレース嬢が両手を広げてアーリン兄さんを呼ぶと、アーリン兄さんはタッとテーブルを飛び越えてグレース嬢の腕の中に収まった。


 それを阻もうとしていた公爵だが、娘の機嫌を損ねると判断したのかグッと唇を噛み締めている。


 そんな悔しそうな公爵の顔が見れて僕はちょっと溜飲が下がる。


 グレース嬢は狐のレミをギュッと抱きしめると優しくその体を撫でていた。


「レミ、短い間だったけど、私の側にいてくれてありがとう。…元気でね」


 その声に少し涙が混じっていたようだが、誰もそれに気付かない振りをした。


 グレース嬢は体を離すと狐の頬にチュッとキスをした。


 その途端、公爵は目を剥き手を振り上げかけて思い留まり、アーリン兄さんはグレース嬢の膝から飛び降りると僕の隣に座った。


 人型に戻ったアーリン兄さんは耳まで真っ赤に染まっていた。


 公爵はわざとらしく咳払いをすると隣のグレース嬢を見やる。


「もう、いいだろう? グレース、部屋に戻りなさい」 


 グレース嬢は立ち上がると軽く僕達にお辞儀をして出て行った。


「グレースがああ言った以上、狐の獣人はお返ししよう。確か買い戻すと言われたのだったかな?」


 公爵に問われてテオはランベール樣から預かった書類を広げた。


 そこには公爵が奴隷商に支払った金額外交書かれている。


 金額に間違いがない事を確認してもらい、テオがその金額を公爵に差し出した。


 間違いなくお金を受け取った事を書状にしてサインを貰うと取引終了だ。


 これで晴れて兄さんは公爵家とは縁が切れた事になる。


 檻の中に残されている首輪と魔法陣を回収すると僕達は公爵邸を後にした。


 玄関から外に出た途端、アーリン兄さんは大きく伸びをした。


「外だ! やっと外に出られた!」


 その足がガクリと崩れてその場にしゃがみ込む。


 泣き出した兄さんを僕は後ろからギュッと抱きしめた。


 泣いている兄さんを抱き上げて僕達は馬車に乗り込むと宿屋に戻って行った。


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