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85 公爵との対話

 門を入ってしばらく走った後にようやく屋敷の玄関先に馬車が止まった。


 外から扉が開かれると先にテオが馬車から降りて、エリク、僕の順に続いた。


 そこで待ち受けていた執事らしき人に案内されて僕達は屋敷の中へと足を踏み入れた。


 毛足の長い絨毯の上を歩き、そのままどこかの部屋へと案内された。


「こちらでお待ちください。只今主人が参ります」 


 執事に促されるままにソファーに腰を下ろして待っていると、扉が開いて誰かが入ってきた。


 そこに現れたのはいかにも高級そうな貴族服に身を包んだ四十代くらいの男性だった。


 薄い金髪で少し紫がかった青い瞳をしている美丈夫だ。


 彼は真っ直ぐに僕達の前の一人掛けのソファーに腰を下ろすと、サッと僕達を一瞥した。


「お待たせしました。当主のミシェル・デュランです。ガヴェニャック王国の方ですかな?」


「はじめまして。ガヴェニャック王国国王陛下の命で参りました。テオドール・ポワソンと申します。こちらは私の同僚のエリク・ベルモンとシリル・クプランです」


 自己紹介が終わるとそれぞれの前にお茶が提供され、デュラン公爵が口を付けると僕達にも勧めてきた。


 緊張でカップを持つ手が震えそうになるのを必死で抑えて何気ない振りでお茶を飲む。


「書簡によると我が家にいる狐を買い戻したいとあったが、間違いないかな?」 


「はい。あの狐は獣人で奴隷商に攫われて売られてしまいました。お支払いになった金額をお返しいたしますのでぜひ狐をこちらに渡していただきたいと思います」 

 

 テオが申し出るとデュラン公爵は顎に手を当てて少し考え込んでいた。


 やがてテオを見つめるとおもむろに口を開く。


「あの狐が獣人だと言われるが、私にはとてもそうは思われませんな。それにあの狐は私の娘がたいそう気に入っているので、とても手放すとは思えないんだが、諦めてお帰り願えませんかな?」


 まさかのデュラン公爵の言葉に僕は驚いて腰を浮かせそうになった。


 獣人だと告げればすぐに解放してもらえると思っていたので、そんな返事が返ってくるとは夢にも思っていなかった。


「デュラン公爵。その狐はここにいるシリルの兄のはずなんです。一度会わせていただくわけにはいきませんか?」


 テオが食い下がるとデュラン公爵は渋々承知してくれた。


「狐を連れてきてくれ」


 側に立っていた執事に告げると執事はまた別の侍従に指図をしていた。


 やがてガラガラと音が近付いて来ると大きな檻が台車に乗せられて部屋に入ってきた。


 その大きな檻の中にいた狐は始めは寝そべっていたが、部屋に入った途端に顔を上げると僕を見て起き上がり檻をガリガリと引っ掻き出した。


 アーリン兄さんだ!


 立ち上がり兄さんに駆け寄ろうとした僕を横にいた侍従に押し留められた。


「お座りください。勝手に近付かれては困ります」


 僕の兄さんなのにどうして近付いちゃいけないんだ?


 無理矢理座らされてテオ達に助けを求めるように振り返ると「駄目だ」と言うように首を横に振られた。


 ここは他国で僕達は国王の使いとして来ている以上、問題を起こすわけにはいかないのだろう。


 兄さんの行動を目にしたデュラン公爵は驚いたように目を見張っていた。


「この狐がこんな風に活発に動くとは…。だが、これだけではこの狐が獣人とは言い切れませんな」


 デュラン公爵はどうあっても兄さんを解放する気はないようだ。


 せめて兄さんを人間の姿にすれば返してくれる気になるだろうか?


「着けている首輪を外せば人間の姿に戻れるはずです。首輪を外してもらえませんか?」


 僕の申し出にデュラン公爵は首を振った。


「この首輪は外せないように出来ている。だから私達はこの狐が獣人だとは思ってもいなかったんだ。この首輪の外し方を知っているのか?」


 そこでテオがデュラン公爵に首輪を解除する魔法陣を差し出した。


「この魔法陣は首輪を解除するためのものです。ぜひこの魔法陣の上に狐を乗せてみてください」


 デュラン公爵がその魔法陣を執事に渡すと、執事は檻の隙間から魔法陣を差し入れて広げた。


 檻の床に広げられた魔法陣の上に兄さんはそろそろと足を乗せた。


 兄さんが四つ足を乗せ終わると同時に魔法陣の文字がピカッと光る。


 すると兄さんの首から首輪がポトリと下に落ちた。


 …だが…


 兄さんの体が人型になることはなかった。

 


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