84 王都の町
王都に着くと先ずは当面の宿泊先を決める事となった。
相手は公爵家だから、直接行ってすぐに会える訳では無い。
ランベール様から託された書簡を届けて公爵家に面会を申し込む。
そして向こうの都合に合わせて面会日が決められて初めてお目通りが叶うわけだ。
面倒な手続きを踏まなければいけないが、貴族相手には仕方のない事らしい。
まあ、会社訪問をするのにアポを取るのと一緒だな。
公爵家に書簡を届けてからは宿で返事が来るのを待機するのだが、これと言ってすることがない。
「…暇だな。シリル、ちょっと町を散策しないか?」
ベッドに寝転がって旅の疲れを癒していると、退屈に飽きたらしいエリクが誘ってきた。
チラリとテオに目を向けると、「好きにしろ」と言うように肩を竦めたので誘いに乗る事にした。
「あまり遅くなるなよ」
テオの言葉に送られて僕達は部屋を後にした。
町の中は人通りで溢れかえっていたが、買い物客の中に首にチョーカーを着けている人がいた。
「エリク、あれって…」
「あの人達は奴隷だ。首に着けているのは識別番号が書かれたチョーカーだよ。あれで借金の額とか何処の奴隷だとか分かるようになっている」
彼等に対して僕はもっと悲愴な状況をイメージしていたのだが、町中を歩く彼等にはそんな雰囲気は感じられなかった。
普通に歩いて普通に買い物をしているだけだった。
奴隷の彼等よりむしろ路地裏に座り込んでいる貧民の方が暮らし振りが悪そうだ。
貧しいから食事も出来ず、着るものも満足に買えず、風呂にも入る事が出来ない。
そんな状況だから雇ってくれる所も見つからない。
奴隷制度には反対だけど、そんな状況を考えたら借金をしてでも生活を整えて衣食住を保証される奴隷になったほうがよほど楽だと思う。
貧民だからって奴隷にされる訳では無いが、プライドだけでは生きていけない。
生きていくためには時には妥協も必要だと思う。
一通り町を見て回った後で宿に戻ると、テオが手紙に目を通していた。
どうやら僕達が町に出ていふ間に公爵家から返事が届いたようだ。
「お帰り。先程公爵家から返事が来たよ。明日来てくれと書いてある」
テオに差し出された手紙に目を通すと、確かに明日の日時が記されていた。
いよいよ明日、公爵家に行ける。
公爵家にいるのが本当に兄さんで交渉がうまく行けば明日には兄さんを連れて帰る事が出来る。
そう考えるとワクワクが止まらない。
少しだけ浮かれた気分になった僕にテオがピシャリと言い放つ。
「シリル。明日は正装をして出かけるからな。早起きしろよ」
正装?
翌朝、目が覚めるとすぐにクリーン魔法で体を清められた僕にエリクが服を出してきた。
「ほら、シリル。これに着替えて」
渡された服を広げてみると絢爛豪華な貴族服だった。
「えっ? これを着るの?」
戸惑う僕にテオ達はさっさと自分に与えられた貴族服に着替えている。
「当たり前だ。私達は国王陛下の使いだからな。着替えられないのなら手伝ってやろうか」
ニヤニヤ笑うテオの申し出を断り、自分で貴族服に袖を通す。
前世でもこんな服なんて着たことがないのに、この世界では色んな事が起こりすぎる。
ようやく着替えて恐る恐る鏡の前に立つと、綺麗な服に身を包んだ僕が立っていた。
服に着せられてないか心配だったが、それなりに似合っているようだ。
馬子にも衣装とはこの事だな。
着替え終わって宿の外に出るとそこにはこれまた豪華な造りの馬車が待っていた。
もしかしてこれに乗るの?
ワタワタしているうちにテオとエリクはさっさと馬車に乗る。
一人取り残された僕も慌てて馬車に乗ると、それを待っていた従僕によって馬車の扉が閉められた。
やがて音もなく馬車が走り出す。
随分と揺れが少ない事からもこの馬車が高額な物だとわかる。
馬車の窓から外を眺めていると、町並みの景色が変わってきた。
こちらは多分貴族街なんだろう。
大きな庭の付いた屋敷があちこちに見えてくる。
貴族街の奥まで来た頃にようやく馬車がどこかの屋敷の門をくぐった。




