77 帰国
「兄さん、その格好じゃ駄目よ! すぐに姿を変えて!」
デボラさんが叫ぶと同時にデボラさんのお兄さんは大きな犬へと姿を変えていた。
これで町を出ればすぐには見つからないだろう。
他国にまで手配が及ぶかどうかはわからないが、お兄さんが獣人だとは知られていないと思うので、このまま里に戻れば大丈夫だろう。
そもそも動物を連れ出したくらいで他国にまで指名手配をするとは思えない。
下手をすると王女の動物虐待が公になりかねないので、国王がそんな醜態を晒したりはしないだろう。
「皆さんには本当にお世話になりました。私と兄さんはこのまま里に帰ります。シリルのお兄さんの情報が手に入ればお知らせしますね」
「デボラだけしか救出出来ないと思っていたので皆を助けられて良かった。本当にありがとう。シリル、頑張れよ」
デボラさんは犬になったお兄さんを連れて町を出て行った。
後に残ったのは僕達四人だけになった。
「ビリーは子供の姿でないと絶対に出られないだろうな。シリルはどうする? そのまま青年の姿で行くか?」
今更何でテオがそんな事を言い出すのかと思ったら、ビリー兄さんにガシッと腕を掴まれた。
「この姿じゃ知らない人みたいで嫌だな。もうちょっと小さくなってくれよ」
三つ子だからたまたま僕が一番最後に生まれただけだと思うんだけど、僕は体が小さかったから兄さん達にとってはかなり年下だという認識だったのだろう。
そんな小さかった僕が久しぶりに会ったらこんなに大きくなっているなんて受け入れ難いのかもしれない。
仕方がない。
兄さんより小さくなってやるか。
僕は体を兄さんより少し小さい子供の姿へと変化させた。
これでいいかな、とばかりに少し背の高い兄さんを見上げると、まだ不満そうな顔をしている。
「あの頃のシリルはこんな大きさじゃなかったよ。もう一回あの頃のシリルが見たいな…」
そんな風にビリー兄さんにお願いされると断れない。
だけど、そこまで小さくなるとテオとエリクが僕の取り合いになってうるさいんだけどな。
チラリと二人に目をやると期待に満ちた目で僕を見つめている。
その目がだんだん熱を帯びてきそうなので断ろうとしたら兄さんが涙目になっているのが見えた。
…仕方がない。
少しだけ我慢しよう。
僕はあの頃と同じくらいの大きさの赤ん坊に姿を変えた。
「シリル~、会いたかったよ~」
ビリー兄さんがギュッと僕を抱きしめるとさっと抱き上げた。
それと同時にあの頃の思い出が蘇ってくる。
父さんと母さんがいて、アーリン兄さんとビリー兄さんによく抱っこをしてもらっていた。
親子五人で楽しく暮らしていたのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう。
「…ビリー兄さん…」
僕は堪らずビリー兄さんに抱きついて大泣きをしていた。
そんな僕をビリー兄さんは更に強く抱きしめてくれて、テオとエリクは優しく僕を撫でてくれた。
ひとしきり泣いた後で、僕達は一旦ガヴェニャック王国に戻る事にした。
この国の王女の事をファビアン樣とランベール様に報告するらしい。
大通りに出るとあちらこちらに騎士達がいて物々しい雰囲気になっていた。
町の外に続く門では荷物を改める措置が取られていた。
特に動物を連れている人達は厳しく検問を受けていた。
捕まっていた人達は全て人型になって出て行ったし、デボラさんのお兄さんは捕まっていたのとは毛色が違うのですぐに放免されるはずだ。
僕達も何の問題もなく門を抜けて、他の人達との待ち合わせ場所に向かった。
「皆、無事に町を出られたな。それじゃ行こうか」
一緒に付いてくると言った人は三人でどれも犬の獣人だった。
僕達は獣の姿になると森の中を走り抜けて行った。
一気にガヴェニャック王国を目指したので二晩の野宿だけで王国に戻る事が出来た。




