74 再会
壁にもたれかかって寝ている二人の間に立つと目の前の扉をゆっくりと開いた。
豪華な作りの廊下がずっと先に続いている。
所々にしか明かりが灯っていなくてよくわからないが、それでも贅沢な造りをしているのは見て取れた。
厚いカーペットが敷かれているので足音は立たないだろうがそれでも慎重に中を進んでいき、デボラさんのお兄さんに教わったとおりに三番目の扉を目指した。
幸い誰にも見られずにその部屋に辿り着く事が出来た。
扉を開けて中に入ったが、そこはソファーやテーブルが置いてあるだけで、王女も狐の子の姿もなかった。
ぐるりと部屋の中を見回すと別の部屋に通じる扉が見えた。
もしかしたらあそこにいるのか?
素早く近付いて扉を開けるとそこはベッドルームで、ベッドの向こう側のテーブルの上に小型の檻が置いてあった。
…あの中に狐の子が?
目を凝らして見ると狐の子はどうやら檻の中で寝ているようだ。
だが、檻の側に行くには王女が寝ているベッドを迂回しなければならない。
なるべくベッドに近寄らないようにそっと忍び足で檻に近付いた。
あと数歩で檻に手が届くという頃になってパッと寝ていた狐の子が顔を上げた。
あれはビリー兄さんだ!
兄さんも僕がわかったのか体を起こして檻の柵を掴んで立ち上がる。
その首にはやはりあの首輪が付けられていた。
兄さんが立ち上がった事で檻がガタンと音を立てた。
「…う、ん…」
ベッドの中の王女が声を上げる。
僕は兄さんに向かって口に人差し指を当てるとベッドの側に屈んだ。
そのままじっと様子を窺っていたが、王女が起きる気配はなかった。
ゆっくりと体を起こして王女が寝ているのを確認すると、そのまま檻に近付いた。
兄さんは柵の隙間から前足を伸ばして僕に触れようとしている。
その前足を握るとようやく兄さんに会えた喜びで胸が熱くなる。
(ビリー兄さん…)
声には出さずに唇の動きだけで呼びかけると兄さんはポロリと涙を溢した。
兄さんとの再会を喜びたいけれど、今はここを出るのが先だ。
僕はベッドの中の王女に目をやった。
そこには規則正しい呼吸を繰り返して寝ている王女がいた。
目を閉じているから瞳の色はわからないが、綺麗な金色の髪をした美しい人だった。
長いまつ毛に薄い薔薇色をした頬、柔らかそうな唇…。
こんな状況だというのに僕は思わず王女に見惚れてしまった。
パシッと叩かれて振り返ると兄さんがジト目で僕を見ていた。
僕は慌てて兄さんを檻から出そうとしたが、鍵がかけられていて開かなかった。
鍵は何処だ?
すると兄さんが前足で王女を指し示した。
よく見ると王女が首にかかっている首飾りの先に鍵が付いていた。
その鍵にはいくつもの宝石が散りばめられている。
無駄に金がかかっているな、と思ったら兄さんが入っている檻も宝石が散りばめられていた。
これはどうあっても檻ごと兄さんを連れ出すわけにはいかないな。
僕はまた小瓶を取り出すと王女に向かって眠り薬を風魔法で送った。
こうしておけば少々の事では起きないだろう。
僕は寝ている王女の首の後ろに手をやると首飾りの金具を取り外しにかかった。
四苦八苦した挙げ句に王女の首飾りを外すと檻の鍵を開けた。
檻の扉を開けると同時に兄さんが僕に飛びついてきた。
「………」
声にならない声を上げて僕は兄さんを抱きしめた。
だが、ゆっくりはしていられない。
さっさとここを立ち去らないと面倒な事になってしまう。
僕は兄さんを抱いたまま、そっと王女のベッドから離れて隣の部屋に向かう。
隣の部屋から更に廊下に出て外に通じる扉を目指した。
外に出るとそこにはまだ壁にもたれて寝ている騎士がいた。
その二人を起こさないようにそっとそこから離れると、門に向かって一目散に走り出した。
門は鍵をかけたから開けられないが、入ってきた時のように城壁を超えればいいだけだ。
「兄さん。この王宮は堀で囲まれているんだ。それに今は跳ね橋が上げられているから泳いで渡るか堀を飛び越えるかのどちらかなんだ。とりあえずこの城壁を越えよう」
だが子狐の姿の兄さんでは一人で堀を飛び越えるのは無理だろう。
僕はまず兄さんに手を貸して城壁を飛び越えさせた。
続いて僕も狐の姿になって城壁を越えると兄さんと一緒に泳いで堀を渡った。




