73 侵入
「今、王女の所にいるのは狐なんですか!?」
勢い込んでデボラさんのお兄さんに問うと、お兄さんはちょっと戸惑ったように目をしばたいた。
「えっ? …ああ。直接見たわけじゃないが、侍女達の話によると狐の子を手に入れたらしい」
狐の子…。
もしかして本当に兄さんなのか?
「王女の部屋の位置はわかりますか? 知っていたら教えてください!」
直接行って本当に兄さんかどうか確かめたい。
それにたとえ兄さんでなくてもここまで来たからには助けてあげたい。
「一応王宮の中の構造は教えてもらったからわかっているが本当に行くのか? 王宮の中は不寝番の騎士があちこちにいるぞ?」
デボラのお兄さんは心配そうに僕が本気かどうかを確認してくる。
万が一捕まってしまったら、と心配してくれているのだろう。
僕とお兄さんのやり取りを聞いていたテオが、仕方がないとばかりに肩をすくめた。
「シリルにしてみれば自分の仲間である狐が捕まっているのが嫌なんだろう。僕達は先に宿に戻っているからシリルはその狐の子を助けに行ってこい」
テオが許可を出してくれたので、デボラさんのお兄さんも僕に王女の部屋の位置を教えてくれた。
「あの一番奥の建物に王族の住む部屋がある。入り口には不寝番が二人立っているから先ずはその二人をどうにかしないと入れないぞ。そこから入って左手の三番目の部屋が王女の部屋だ。王宮の中にも不寝番の騎士がいるから注意しろ」
デボラさんのお兄さんは地面に簡単な見取り図を書きながら王宮の中の配置を教えてくれた。
僕はそれを見て配置を覚えると立ち上がって足で見取り図を消した。
これを残しておくとすぐにデボラさんのお兄さんの関与が疑われる。
最も今夜限りでここを逃げ出すんだから手引きをしたと疑われるのは間違いないだろう。
デボラさんのお兄さんは自分のポケットをゴソゴソと漁ると一本の小瓶を取り出して僕に差し出した。
「これは何ですか?」
僕は渡された小瓶をしげしげと眺めた。
小瓶の中には水色の液体がほぼ一杯に入っている。
「それは眠り薬だ。万が一を考えて手に入れておいたんだ。この蓋を開けると中の液体が気化して空気中に漂うからな。自分で吸い込まないように注意してくれ」
これで不寝番の騎士達を眠らせれば忍び込むのは簡単だろう。
「ありがとうございます。お借りしますね」
そうこうしているうちに閉じ込められていた獣人達は全て向こう側に渡り終わったようだ。
残っているのはテオと僕とデボラさんのお兄さんだけになっていた。
「それじゃシリル、気を付けて行けよ」
「シリルくん、無理はしないでくれ。危なかったら君だけでも脱出するんだよ」
テオとお兄さんはそう言い残すと向こう側に渡って行った。
僕は門の扉を閉めると元通りに鍵をかけておいた。
こうしておけばデボラさんのお兄さん以外にも誰かが関与していたように思われるかもしれない。
僕は教えられたとおりに奥の王宮に向かって歩き出した。
先程の建物を通り過ぎて更に奥に向かうと、出入り口に騎士が二人立っているのが見えてきた。
僕は彼等に見つからないように身を隠してゆっくりと近付いて行った。
…これ以上は無理だな。
この先には身を隠せるような植え込み等は何もない。
僕は小瓶の蓋を開けるとすぐに彼等に向かって気化した薬を風魔法にのせて流した。
ゆっくりと確実に彼等に向けて風魔法を送る。
すると二人の騎士が同時にあくびをし始めた。
「…おかしいな。…どうしてこんなに眠いんだ?」
「…不寝番に備えて十分に休んだはずなのに…」
二人が言葉を発する事が出来たのはそこまでだった。
二人共後ろの壁にもたれるとズルズルと地面に座り込んだ後、がっくりと頭を垂れて寝てしまった。
更に深く眠るように尚も風魔法で眠り薬を二人に吹き付けた。
このくらいでいいだろう。
僕は小瓶の蓋を閉めると入り口に向かって走り出した。




