60 後始末
「シリル、大丈夫か?」
ランベール樣は僕に手を差し出すと立ち上がらせてくれた。
裏口から入ってきたテオ達も心配そうに僕を見ている。
「すみません。兄達の匂いが残っている檻があったのですが、既に連れ去られた後でした。他の獣人の話によると人間の姿になれない首輪を着けられていたそうです」
ランベール樣はぐっと拳を強く握りしめた。
「…済まない。私がもっと早くここの奴隷商の情報を集める事が出来ていたら、助けられていたかもしれない」
「ランベール樣、お気になさらないでください。それよりも檻の中に残されている獣人達を保護しないと…」
ヒールをかけたとはいえ、檻の中の獣人達はまだ本調子ではないはずだ。
早く檻から出してあげて治療をして、それからそれぞれの家族の元に帰してあげないといけないだろう。
「ああ、そうだな。皆で手分けして檻の中の獣人達を治療院に連れて行け。シリルは私と一緒にこの店を調べよう」
ランベール樣の指図で騎士達は檻の中に閉じ込められている獣人達を保護しに行った。
僕とランベール樣とテオとエリクは何か手がかりが残されていないか店の中をくまなく探した。
店の中を歩き回りながら兄さん達の匂いを探したけれど、何処にも残っていなかった。
まさか、同じ王都に兄さん達もいたなんて…。
気落ちする僕にランベール樣達はどう声をかけていいか迷っているようだ。
「ランベール樣。獣人達は全員保護いたしました」
騎士の報告で、一旦王宮に戻る事になった。
「この店は閉鎖して出入り口は交代で見張るように。何かあれば報告を頼む」
表口と裏口に一人ずつ配置して、他の騎士達は王宮へと戻って行った。
獣人達も既に手配された馬車で治療院へと運ばれて行った。
僕もランベール樣達と一緒に馬車に揺られて王宮へと戻る。
馬車の窓から見える町並みを眺めながら、兄さん達の事を考えていた。
兄さん達は今、何処にいるんだろうか?
まだ、この王都の何処かにいるんだろうか?
それとも、もう何処かの町で誰かに売られてしまったんだろうか?
ふと、あの奴隷商の下卑た顔を思い出した。
あいつの顔は絶対に忘れない。
今度会った時は絶対に捕まえて八つ裂きにしてやる。
そんな事を考えているうちに、王宮へと騎士団の詰め所に着いた。
借りていた簡易鎧を返却すると、貴族服に着替えたランベール樣が戻って来た。
「これから治療院に行って保護した獣人達の聞き取り調査を行うんだが、シリルも来るか? もしかしたら何かお兄さん達に関する話が聞けるかもしれないぞ」
ランベール樣の申し出に僕は一も二も無く頷いた。
「ぜひ、お願いします」
「僕達も一緒に行くよ。ランベール樣相手だと緊張して獣人達が上手く話せないかもしれないからな」
テオとエリクも一緒に付いて来るようだ。
確かに僕だけよりも他にも獣人がいたほうが、話をしやすいかも。
だけどテオ達が狼の獣人だと知ったら怖がって話せなくなっちゃうかな?
ランベール樣に付いて騎士団の詰め所を出ると、王宮の正面口へと向かった。
そこには王家の紋章の入った馬車が待機している。
まさかこれに一緒に乗るわけじゃないよね。
さっきは下町に行くためだったからランベール樣と同乗しても気にはならなかったけれど、今度は王家の馬車だ。
僕達みたいな獣人が一緒に乗っていいものだとは思えないが、ランベール樣は気にする様子もなく馬車に乗り込んだ。
テオ達も僕と同じように考えたらしく、馬車に乗るのを躊躇っている。
「何をしているんだ? 早く乗り給え」
ランベール様に呼びかけられてテオとエリクが恐る恐る馬車に乗り込む。
テオとエリクはランベール樣の向かいに腰を下ろしている。
僕も無理矢理テオ達と同じ所に腰を下ろした。
いくら大きめの馬車とはいえ、流石に三人で腰を下ろすにはちょっと窮屈かな。
「何だ? 遠慮せずに誰かここに座ればいいだろう」
ランベール樣が自分の隣の空いた席を指差すが、流石にそこには座れない。
さっきの馬車だってランベール樣の隣に座ったのは護衛騎士の人だったはずだ。
そこで僕はこの馬車の中に護衛騎士がいない事に気付いた。
「あの、ランベール樣。護衛の方はどちらに居られるんですか?」
まだ誰かが馬車に乗って来るのかと思ったが、僕が乗ったところで扉が閉められた。
「ああ。彼なら御者と一緒にいるよ。この中にはテオ達もいるからね」
そう言ってランベール樣は笑っているけれど、まったく危険がないとは言い切れないはずだ。
公爵家を断罪したばかりで、その事について恨みを持っている人物がいないとも限らない。
実際に先程取り逃がした奴隷商もランベール樣に対して恨みを持っていた。
何事も起こらない事を祈りつつ、僕達は獣人達が収容された治療院へと向かった。




