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58 奴隷商の店

 王宮から大通りに出てしばらく進んだ後で馬車が停まった。


 馬車を降りて裏口に回る班と、正面から突入する班に別れる。


 ランベール樣と僕が客を装い店内に入ると、隙を突いて他の騎士達が店主を確保する予定だ。


 不自然にならないように裏口に回る班が少し足を早めながら先に進む。


 僕達はゆっくりとした足取りで奴隷商の店へと向かう。


 裏口への配置を終えた事を知らせる騎士が僕達に合流すると、僕とランベール樣は店の扉を開けた。


 こじんまりとした店の中は殺風景で、入って左に商談用のテーブルセットが鎮座している。


 店の奥の正面にカウンターがあり、一人の男が僕達を見てニヤリと笑った。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですかな?」


 初老の男だが、抜け目のなさそうな顔で僕とランベール樣を見比べている。


「ここで奴隷を扱っていると聞いたのだが、本当か?」


 ランベール樣が男に問うと、男は片目を吊り上げるようにして笑う。


「勿論です。失礼ですが、お金をお持ちですかな? 最低でも金貨10枚はいただきますよ」


 ランベール樣は懐から金貨を取り出すとカウンターの上に並べた。


 実際に奴隷を見ていないのにお金のやり取りをしていいのだろうか?


 最低でも、と言っておいていざとなればそれ以上をふっかけてくるんじゃないのか?


 胡散臭さ満載の奴隷商の男を見て僕はそんな事を考えていた。


 奴隷商の男はカウンターに置かれた金貨の一枚を手に取ると、指で擦ったり両手に持って曲げたりしようとして本物かどうか確かめていた。


 10枚の金貨がすべて本物だと確信すると奴隷商の男は金貨を懐に仕舞うと「こちらへどうぞ」とカウンターの横にあるタペストリーを捲った。


 そこには通路があり、どうやら店の奥へと続いているようだ。


 だが、僕達の後に続いて店内に入ってくるはずの騎士達が、未だに店に入って来ない。


 一体どういう事だろう。


 ランベール樣を見やると、彼もまた戸惑ったような表情をしている。


 騎士達が店に入って来ないからといって、今更僕達がこの店を出るわけにもいかない。


 いざとなれば、ランベール樣と僕だけでこの奴隷商だけでも捕まえなければならないだろう。


 僕とランベール樣は奴隷商の後に続いて店の奥に続く通路を歩いて行く。


 すると左手にまた別の入口が見えてきた。


 奴隷商はその入口の前で足を止めると、僕とランベール樣にその入口を指し示した。


「どうぞ、お入りください。この中からお好きな奴隷を選んでいただけますよ」


 入口の向こうから微かに獣人達の匂いがする。


 更に嗅覚を研ぎ澄ませて匂いを嗅げば、ほんの一瞬、兄さん達の匂いがしたように感じた。


 …まさか、ここに兄さん達が? 


 矢も盾もたまらず僕はその中に飛び込んだ。


「シリル!」


 ランベール樣が慌てて僕を追いかけて来る。


 中に入った僕の目に飛び込んで来たのは檻に入れられた獣人達の姿だった。


 それぞれが狭い檻の中に一人ずつ入れられているが、どの獣人もぐったりとして座り込んだり横になったりしている。


 息も絶え絶えで今にも死にそうな獣人もいた。


 檻の中には空っぽのままの檻もあった。


「これは酷い。おい、店主! これは一体どういう事だ!」


 ランベール樣が入口の前に立ったままの奴隷商に詰め寄ろうとしたが、ランベール樣が入口に行き着く前にガシャンと上から柵が降りてきた。


 まさか!


 閉じ込められた!?


 ランベール樣が柵を持ち上げようとするがびくとも動かない。


「おい、店主! 一体どういうつもりだ!」


 ランベール樣が怒鳴ると奴隷商はニヤリと唇を歪めた。


「リリアーナ様と公爵が処刑されてから、いつかはこの店に来られると思ってましたよ。ランベール樣」


 この男はランベール樣を知っている?


 その事実はランベール樣自身にも衝撃だったようだ。


「お前は私を知っているのか?」 


「リリアーナ様と同じ髪の色を持つ者を他には知りませんからな。それにリリアーナ様の仇は私が討つと決めていましたよ」


 そう言って奴隷商はランベール樣に向けてナイフを突き出した。


 ランベール樣は咄嗟に柵から飛び退いたが、腕を切りつけられたようでそこから血が滴っている。


「仕損じたか、まあいい。価値のある獣人は他の場所に移した後で、ここにいる獣人は処分しようと思っていた奴らだからな。一緒に灰になって貰おうか」 


 奴隷商が手をかざすとボウっと炎が上がった。


 その火が瞬く間に他に燃え移って行く。


「それでは御前を失礼しますよ」


 奴隷商はそう言うなりそそくさと逃げ出した。


 逃げてもどうせ入り口も裏口も騎士達が見張っているから、すぐに捕まるはずだ。


 それよりもまずはこの火を消さないと。


「ウオーターボール!」


 僕は魔法で火を消していった。


 幸いあまり燃え広がってはおらず、あちこち焼け焦げを作った程度で火は鎮火した。



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