55 シリルの涙
僕の前を歩く二人のイチャつきに目をそらしつつも歩いていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
驚いて振り返るとそこにはテオが立っている。
どうやらジャンヌさんが出ていったのを追いかけて来たようだ。
相変わらず妹思いである。
「また王都に帰って来たって言う事は、家族には会えなかったのか?」
前の二人を気にせずに歩けるのは嬉しいが、里の話をもちだされるのはちょっと辛い。
「エリクの家で詳しく聞くから今は何も言わなくていいぞ」
テオの気遣いが優しくて言葉に詰まった僕はコクリと頷くだけに留めておいた。
直にエリクの家に辿り着き、扉を開けたエリクが後ろを振り返ってようやくテオがいる事に気が付いた。
「あれっ? テオか。いつの間に来たんだ?」
あの距離で気付かないって、どれだけジャンヌさんしか見えてないんだろう。
「いいからさっさと入れ。獣人の里で何があったのか話を聞かせろ」
テオにため息をつかれ、エリクは肩をすくめて僕達を家の中に招き入れた。
ジャンヌさんと二人きりになりたかったのを邪魔された気分らしいが、僕もいるので二人きりじゃないんだけどね。
どうやら僕の事は頭数に入っていないようだ。
「シリルも長旅お疲れ様。兄さんも座って。今お茶を入れるわね」
ジャンヌさんがキッチンに向かうとエリクも喜々としてついて行った。
ここで僕達と一緒にソファーにふんぞり返るものならば、テオに速攻怒鳴られただろうけどね。
僕とテオがソファーに座って待っているとお茶セットを載せたトレイを持ったエリクとジャンヌさんが現れた。
エリクがトレイをテーブルに置くとジャンヌさんがティーカップを僕達の前に給仕してくれる。
あ、凄く優しい味がする。
温かいお茶を一口飲んで、心も体も癒やされた途端、僕の目から涙がポロリと零れた。
「ご、ごめん…」
泣くつもりなんてなかったのに、止めようとしても止まらない。
僕の涙腺はとうとう壊れちゃったみたいだ。
テオが戸惑うのに対して向かいに座ったジャンヌさんは僕に向かって両手を広げてきた。
「悲しい時は思いっきり泣いていいのよ。シリル、いらっしゃい」
僕は子狐の姿になるとジャンヌさんの胸に飛び込んだ。
隣にいるエリクが文句を言いたそうにしているのが見えたけど、構うもんか!
ジャンヌさんの胸の中で泣きじゃくった僕は、やがて母さんの胸に抱かれているような気分になりいつの間にか眠っていた。
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ジャンヌの胸の中で眠るシリルを痛ましそうな目でテオ達は見ていた。
エリクはちょっと納得がいかない表情を浮かべているが、それを言うとジャンヌに怒られるので抑えている。
「獣人の里は見つかったけど、家族の姿は無かったのか?」
テオが聞くとエリクはコクリと頷いた。
「別の狐の獣人によるとシリルの兄達も攫われて、両親は攫った人間を追いかけていったそうだ。まさか、シリルだけ別だとは思ってもいなかったんだろう」
シリルが兄達に託した伝言は伝わらず、兄達と別行動だとは気付かなかったに違いない。
「ならば、獣人ハンターか売人の情報を仕入れれば、シリルが家族と出会えるかもしれないと言う事だな」
「そう思ったからこうして王都に戻って来たんだ。…何か情報は入ってないか?」
エリクが問うとテオはかぶりを振った。
「いや、特には何も掴んでいないな。ファビアン様もあれから下町には来られていないし…。もっとも王位継承式の準備でそれどころではないはずだからな。代わりにランベール様が動いてくださればいいんだが…。商会長なら何か知ってるかな?」
「シリルが目を覚ましたら行ってみようか。何でもいいから手がかりが欲しいと思うんだ」
エリクは横に座るジャンヌの膝の上で眠る子狐に目をやった。
綺麗な銀色の毛並みの体に五本の尻尾が巻き付いている。
庇護されるべき子供が必死で家族を探しているなんて間違っている。
テオとエリクは静かに眠るシリルに必ず家族と会わせてやろうと決意を固めた。




