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52 不在

 エリクに抱っこされたまま、僕は玄関の前に立ち扉の側にあるチャイムへと手を伸ばした。


 震える手でチャイムを押すと、家の中に「ピンポーン」とチャイムの鳴り響く音が聞こえる。


 だが、いくら待っても扉が開く事はなかった。


 もう一度、チャイムを押してみても返事も無ければ、誰一人出てくる気配もない。


 エリクが扉のノブに手を伸ばして回してみると、音もなくノブが回り、扉が少し開いた。


「…シリル、どうやら留守みたいだが、どうして鍵がかかっていないんだ?」


 ノブに手をかけたままのエリクは、そこから更に扉を開けるべきか迷っているようだ。


 ここが僕が住んでいた家なのは間違いないので、扉を開けて中に入ろうとエリクに告げようとしたその時、


「…シリル?」


 僕の名を呼ぶ女の人の声に思わず「母さん?」と声をあげて振り返った。


 笑顔で振り返った僕だったが、声の主が誰かわかった途端に笑顔がしぼむ。


 そこに立っていたのは近所に住んでいる狐の獣人の夫婦だった。


 僕がペコリと頭を下げると、奥さんが近寄ってきてエリクから僕を奪うように抱き上げた。


「シリル、良かったわ、無事だったのね」


 僕を抱きしめ安堵したようにポロポロと涙をこぼす奥さんに「苦しい」と文句も言えずにされるままになっていた。


 見かねた旦那さんに注意されて、奥さんはようやく僕を開放してくれた。


 とは言ってもまたエリクに抱っこされる形になるのはちょっと解せない。


「おばさん。父さん達は何処ですか? どうして家に誰もいないんですか?」


 矢継ぎ早に質問する僕におばさんも困惑を隠せない様子だ。


「私もシリルに聞きたいわ。どうしてアーリン達と一緒じゃないの? みんな一緒に連れて行かれたんじゃないの?」


 おばさんの言葉に僕は驚愕した。


 僕が囮になった事で兄さん達は無事に父さん達に助けを求めに行けたと思っていたのに、そうじゃなかったと言うことだ。


「あの日、家にいると結界を破って人間達が入り込んで来たんだ。僕が囮になってこの家から人間を遠ざけたんだけど、ヘルドッグに追われて崖から川に落ちて流されたんだ」


 そして隣の国に辿り着いて救出された事や、この国に戻って王子達に協力し、エリクを伴ってこの里に帰って来た事を告げた。


 二人は僕の話を聞いた後で、あの日の出来事を話してくれた。


「私達は何とか里の入り口から人間を追い出すと、自分達の家に戻ったの。そうしたら… 辺りは酷い有り様だったわ」


 あちこちの家の扉が壊され、赤ちゃんや小さい子がいた家はもぬけの殻になっていたそうだ。


 僕の家もご多分に漏れずに扉が開けっ放しになっていて、僕達の姿がなかったそうだ。


 なんてこった!


 僕がおびき出した人間以外にも、結界を破って入り込んだ連中がいたと言うことだ。


 それに気付かずに僕一人だけが兄さん達とはぐれてしまうなんて!


 僕が勝手に飛び出さなければ、兄さん達と一緒に攫われてしまったのかもしれない。


 だけど、果たしてそうなったほうが良かったのだろうか?


「それで、父さん達はどうしたんですか?」


 僕達が攫われてしまったとわかった時の父さん達の気持ちを、考えると胸が張り裂けそうだ。


 どちらかだけでも家に残っていればと後悔したに違いない。


「ダニエルさん達のショックは相当なものだったわ。そして子供たちを探しに行く、と言ってそのままこの里を飛び出して行ってしまったの…」


 家の中に誰もいないと知った父さん達はそのまま里を飛び出してしまったらしい。


「まさか、扉に鍵がかかっていないなんて思わなかっわ。勝手に家の中に入るわけにもいかないから、知っていてもそのままだったと思うけれどね」


 おばさんは寂しそうに笑うと僕の頭をそっと撫でた。


 おばさん達が帰った後で僕達は家の中に入る事にした。


 エリクに抱っこされたまま、家の中に入って扉を閉めると、僕はエリクの腕の中から降りると青年の姿になった。


 家の中は僕の記憶のまま、何も変わったところはなかった。


 ただ、そこにいるはずの家族の姿は誰一人いない。


 僕は床に座り込むと、声をあげて泣き出した。

 

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