51 到着
獣人の里を出ると僕は狐の姿に、エリクは狼の姿になり、また川沿いに沿って走り出した。
走るにつれて道が徐々に傾斜を帯びると、川よりも高さが増してくる。
僕が落ちた場所はもう少し上の方のはず…
確実に僕が住んでいた獣人の里に近付いている事を実感していると、後ろからエリクの声が聞こえた。
「…シリル…。はやる気持ちはわかるが…飛ばし…過ぎ…。…ちょっと…待って…」
息も絶え絶えなエリクの声に僕は足を止めた。
またやっちゃったかな?
僕が足を止めて立ち止まると、そこにエリクが追いついて来て、ゴロリと横になると人型に戻り荒い呼吸を繰り返した。
僕も人型に戻り、魔法でコッブに入った水をエリクに差し出すと、ガバっと起き上がりコップをひったくって一気に飲み干した。
エリクは空になったコップを僕に押し付け、バタッとまた寝転ぶとハァッと大きなため息を吐いた。
「あー、生き返った! エリク、気持ちがはやるのはわかるが、俺も一緒にいるんだからもう少し手加減してくれよ」
僕が頼んだわけじゃないって突っぱねるのは簡単だけれど、エリクだって付き添いを断ろうと思えば断れたはずだ。
それなのに何も言わずに付いてきてくれているエリクに無理をさせてしまって申し訳なく思う。
「ごめん、エリク。無理をさせるつもりはなかったんだけど、つい、気が急いてしまったんだ」
頭を下げる僕の肩をエリクがバシバシと叩いてくる。
「だから気にすんなって! 少しスピードを抑えてくれたらいいよ。お前こそ喉が乾いてないか? 少し休んだらまた出発しよう」
エリクに言われて僕自身も喉がカラカラなのにようやく気付いた。
エリクに返されたコップに水を満たすと息継ぎもせずに飲み干してしまった。
時折吹き抜ける風が妙に心地良い。
しばらく体を休めると、休憩は終わりだと告げるようにエリクが立ち上がる。
「行こうか、シリル」
それから休憩を挟みつつ走ったが、その日のうちに獣人の里に辿り着く事はなかった。
キャンブを張り、一晩休んだ後でまた走り出すと、不意に懐かしい匂いを嗅いだような気がした。
もしかして、もう近い?
更に走って行くと前方に獣人の里が見えてきた。
何だか見覚えがあるような気がする。
足を止めて人型に戻ると、里の入り口を目指して歩いて行くと、やはり懐かしい匂いがしてきた。
入り口に辿り着くと、門番達が僕達に気付いて槍を構えた。
「誰だ、お前達は? …おや? お前はもしかしてダニエルさんの…?」
父さんの名前を出されて僕の心臓がドクンと跳ねる。
「いや…まさかな…。こんなに大きくはないはずだが?」
二人が少し警戒を解いたので、僕は実際の大きさに変化して説明する事にした。
「僕の父さんはダニエルです。崖から川に落ちて流されたんだけど、ようやく戻ることが出来たんです」
青年の姿から赤ん坊の姿に変化した僕に門番達は驚いていたが、僕が狐の獣人だとわかったので納得したようだ。
「ダニエルさんの息子なら魔法が使えるのも当然だな。シリルだっけ? よく戻って来られたな」
門番達は僕が戻って来た事を喜んでくれたが、どうも歯切れが悪いように感じた。
「ところで一緒にいるのは誰だ? 知り合いか? それとも無理矢理付いて来たのか?」
エリクをそんなふうに警戒されるとは思わなかったが、事情を説明すると里に入るのを許可してくれた。
ここまで付いてきてくれたエリクを門前払いするわけにはいかない。
父さん達に会わせて一緒にお礼を言うべきだろう。
「…家の場所はわかるか? 案内してもいいんだが…」
仕事中の門番達の手を煩わせるわけにはいかないので、それは辞退した。
一刻も早く父さん達に会いたい。
里の中に入って父さん達の匂いがする方向に向かって走ろうとしたが、ヒョイとエリクに抱き上げられた。
「そんな小さな体じゃ走りにくいだろう。かといって青年の姿じゃ、家族を驚かせてしまうだろうからね。どっちに向かえばいいんだ?」
僕を抱き上げる口実が出来たエリクがニコッと笑いかけてくる。
抵抗したかったが、押し問答をする時間も惜しい僕はエリクに抱かれたまま、家を目指す。
そんな僕達を里の人達が遠巻きに見ているのを疑問にも思わずに…
そして、ようやく僕は自分の家の前に辿り着いた。




