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44 エリクの家

 エリクの家は大通りから少し中に入った所にあるこじんまりした家だった。


 エリクがドアベルを鳴らすと「はーい」と返事があって扉が開いた。


 顔を出したのはテオと同じような茶色の髪をした女性だった。


 この人が多分ジャンヌさんなんだろう。


「あら、エリク。随分と早かったのね。…それに兄さんも一緒なの?」


 ジャンヌさんはエリクの後ろに立っているテオに気付いて目を丸くする。


 ジャンヌさんの言葉から察するに二人は兄妹なのだろう。


 説明してほしいとエリクがテオに頼るわけだ。


 エリクとテオに続いて僕が家の中に入るとジャンヌさんは首を傾げた。


「こちらの方はどなた? 獣人だけど私達とは別の種族みたいね」 


「その事について話に来たんだ。ジャンヌも座ってくれるか?」


 テオに言われてジャンヌさんは扉を閉めると僕達をソファーへと案内してくれる。


 エリクとテオに挟まれた状態でソファーに座った僕は非常に居心地が悪い。

 

 商会長との話の時は獣人の里についての情報を得るためだったが、今はエリクと一緒に旅をする許可をもらうためだ。


 僕が言い出した事ではないにしても、旅の間はジャンヌさんが一人になってしまう事だ。


 その間はテオが面倒をみるつもりだから、そういう提案をしたんだと思うけれど、不満の矛先が僕に向かわないとも限らない。


「それで? 兄さんまでわざわざ来たって事は私に何か頼みがあるんでしょ? 一体何があったの?」


 ジャンヌさんはエリクの正面に座るとエリクとテオを交互に見て話を促す。


「その前に彼を紹介するよ。彼はシリルと言って狐の獣人なんだ。彼を家族の元に連れて行くのにエリクを同行させる事にした。今日はそれを伝えに来たんだ」


 テオの説明にジャンヌさんは目をパチクリさせた後、テオの言葉を反芻するように繰り返す。


「その子がシリルで狐の獣人なのはわかったわ。だけど、どうしてシリルが家族の元に帰るのにエリクが一緒に行かなければならないの?」


 ジャンヌさんの言い分も最もだ。


 今の僕の姿はどこにでもいるような青年の姿だ。


 旅なんて勝手にどこにでも行けそうな状態なのにどうしてエリクが同行しなければいけないのかわからないのだろう。


「彼は今は青年の姿をしているが、実はまだ生まれて一年も経っていないんだ」


 テオの説明にジャンヌは険しい目を向けた


「生まれて一年経っていない? 馬鹿を言わないでちょうだい。一年も経っていない獣人がそんな大人の姿になれるわけないでしょ! 担ごうったってそうはいかないわよ!」


 …まあ、そうくるよね。


 普通の獣人は生まれて一年以上経たなければ大人の姿にはなれない。


 ジャンヌの反応は普通の獣人ならば当然だ。


「嘘なんか言わないよ。…仕方がない。シリル。ジャンヌに今の本当の姿を見せてやってくれないか」


 テオはソファーの端に肘をつき、手に頭を乗せてやれやれ、とばかりに首を振る。


 エリクはテオがジャンヌに説明している間ずっと、自分に火の粉が飛ばないように黙って成り行きを見守っている。


 今の姿を見せるのはやぶさかではないが、女性であるジャンヌの反応を考えると躊躇ってしまうのも仕方がないと思う。


 …ええい、ままよ!


 僕は覚悟を決めて青年の姿から、今の僕の本当の姿へと変わる。


 ジャンヌは眼の前で青年の姿から赤ん坊へと姿を変えた僕に口をあんぐりと開けたまま、言葉を発せずにいる。


「え?、え?」


 見開いたままの目が僕を見て怪しく光った。


 ヤバい!


 大人の姿に戻らなきゃ!


 そう思って大人の姿になろうとするより早く、ジャンヌさんは僕の目の前に駆け寄り僕を抱き上げた。


 ああ、間に合わなかった!


 ジャンヌは僕を抱き上げるとギュッと抱きしめて頬ずりをしてきた。今の状態で大人の姿に戻るなんてとても出来ない。


 僕はテオが止めに入るまで、たっぷりと構い倒されたのだった。


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