40 後始末
幻影魔法を使ったからか、それともナイフの刺し傷を治癒したためか、自分でも判断がつかないが、確かに尻尾が増えている。
流石に人間の姿に狐の尻尾があるのは目立つので、尻尾を隠す事にした。
念じるとぱっと尻尾が消えて普通の人間の姿に戻る。
戻せなかったらどうしようかと内心ドキドキだったが、無事に元に戻ったのでホッとした。
「シリル。狐の獣人の尻尾って何本まで増えるんだ?」
ランベール樣に問われたけれど、そんな話は両親からも聞いた事がないので答えようがない。
「えっ、僕にはわからないです。僕の両親は尻尾は三本しか無かったし、何本まで増えるとも聞いた事がありません」
「兄上。シリルは家族とはぐれてしまったからあまり詳しい事はわかっていないのでしょう。…それよりもいつまでもリリアーナ様をこのままにしておくわけにはいかないでしょう」
ファビアン樣の言葉に僕はチラリとソファーに横たわるリリアーナ様に目をやった。
目を閉じて眠っているように見えなくもないが、その顔は真っ白で血の気がなく、胸から下はおびただしい血で真っ赤に染まっている。
「ああ、そうだな。公爵家に引き取らせよう。父親である公爵も既に処刑されているだろうからな」
ランベール樣の淡々とした口調を聞いていると、とても自分の身内の事を話しているようには聞こえない。
ご自分の母親と祖父のはずなのに、まるで赤の他人の話をしているように聞こえてしまう。
逆にそれがランベール樣の悲しみを表しているようで胸が締め付けられる。
ファビアン樣が扉の外に控えている騎士に声をかけると程なくして騎士達が棺を持って入ってきた。
リリアーナ樣の体が棺に収められ、部屋から運び出されて行くと、血の跡だけが残った。
ランベール様はそれに手をかざすとクリーン魔法で何もなかったかのように綺麗にした。
「いつまでもここにいるわけにはいかないな。とりあえず先程の部屋に戻ろう」
ランベール樣に促されて僕は先程までいた部屋に連れて行かれた。
「今日は疲れただろう。ゆっくりお休み。用がある時はテーブルの上のベルを鳴らすと侍女が来てくれるよ」
さっきのように誰かが部屋の中に控えているのは少し居心地が悪いな、と思っていたのでランベール樣の言葉にホッとした。
「ありがとうございます。それじゃ、おやすみなさい」
ランベール樣とファビアン樣にお休みの挨拶をして扉を閉める。
一人きりになってどっと疲れが押し寄せて来たように感じて、僕はベッドに倒れ込んだ。
ベッドに仰向けになり、天井を見上げると、先程の牢獄での出来事が走馬灯のように頭を駆け巡る。
ほんの少し顔を見ただけの人とはいえ、リリアーナ樣の命があの場で失われたのだ。
今更ながら僕の治癒魔法がランベール樣の命を救う事が出来て本当に良かったと思う。
今日一日、色んな事がありすぎて頭がパンクしそうだった僕はいつの間にか深い眠りに落ちていた。
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ランベールとファビアンはシリルを客室に送り届けると、その足で父親である国王の元に向かった。
国王は正妃と共に私室で二人を出迎えた。
「ファビアン、ランベール。二人共ご苦労だった。お陰であの二人を断罪する事が出来た。本当に助かったよ」
ファビアンは兄であるランベールよりも自分の名前を先に呼ぶ父親にげんなりした。
今回の騒動の元を辿ればこの父親が自分の側妃であるリリアーナに対して真摯に向き合っていれば起こらなかったはずだ。
いくら周囲に側妃をゴリ押しされたからとはいえ、娶った以上は手を尽くしてやるべきだったのだ。
そんな側妃に対して不誠実な態度を取る国王を諌めない母親もどうかとは思うが…。
それでも放置されていた兄上に手を差し伸べてくれただけでも良しとするべきだろう。
お陰でファビアンはランベールと一緒に過ごす事が出来た。
ただ不満があるとすれば人前では不仲な態度を取らなければならなかった事だろう。
だが、もう自分達の行動をとやかく言われる事はない。
これからは仲のいい兄弟としてこの国を治めて行くのだ。
そのためには…
「父上、いや国王陛下! 陛下には今回の騒動の責任を取って退位していただきます。異論はありませんね」
ファビアンの有無を言わせぬ物言いに一瞬虚を突かれた国王だったが、ファビアンの鋭い眼光に深いため息をついた。
「…わかった。王位をお前に譲ろう。…それで良いな?」
国王はファビアンとランベールを見回してそう宣言をした。
明日にはこのニュースで国内は大騒ぎになるだろう。
こうして一連の騒動は公爵の断罪と国王の退位をもって幕を閉じるのだった。




