39 治癒魔法
「あ!」
「っ兄上!」
予想外の出来事に僕は驚きのあまり言葉もなくその場に立ち尽くした。
そんな僕を突き飛ばさんばかりの勢いでファビアン樣はランベール様の元に駆け寄る。
僕も慌ててファビアン樣の後に続いてランベール様の元に駆け寄った。
その場にうずくまったランベール様の体をファビアン様が仰向けにすると、その胸には深々とナイフが突き刺さっていた。
じわじわと溢れる血がランベール樣の衣装を赤く染めていく。
「兄上! どういう事ですか! リリアーナ様の後追いはしないとおっしゃったではありませんか!」
どうやらファビアン樣は、ランベール様がこういう事態を引き起こすかもしれないと懸念していたようだ。
だからこそランベール様に後追いをしない事を念押しをした上で今回の事を承認したらしい。
でも、ランベール様は始めから自らの命を断つことを決意していたようだ。
「騙してすまない、ファビアン。…だが、私が側に居ては、…ファビアンが、…他の貴族達から、…槍玉にあげられてしまう…。…だから…」
つーっとランベール樣の口元から一筋、真っ赤な血が流れ落ちる。
ぐったりと目を閉じたランベール樣の今にも消え入りそうな命の火に僕は何が出来るだろうと必死に考えた。
「ファビアン樣! ランベール樣の体からナイフをゆっくりと引き抜いてください。僕が治癒魔法をかけてみます!」
以前、リーズがかすり傷を負った時にヒールをかけて治してやった事があったけれど、今回はナイフの傷だ。
しかもかなりの深さで刺さっている状態だけれど、僕のヒールで治す事が出来るのだろうか?
それでもやるしかなかった。
僕はランベール様に死んでほしくないし、ファビアン樣の悲しむ顔も見たくない。
ナイフが刺さっている事で少しは止血されているような状態だが、このままでは治療が出来ない。
ファビアン樣もナイフを引き抜くと一気に出血することがわかっているので、少しずつランベール樣の体からナイフを抜いていく。
ナイフがランベール樣の体から引き抜かれると、じわじわと血が溢れてくる。
僕は手のひらに魔力を集中させてランベール樣の傷に向かってヒールをかけた。
ランベール樣の傷が魔力によって光を帯びてくる。
やがてナイフが引き抜かれると同時に傷口がひときわ強くピカッと光って消えた。
光が消えた後にはナイフの傷跡はどこにもなくなっていた。
「…私は、…死ねなかったのか?」
ゆっくりと目を開けたランベール様が、ファビアン樣に支えられて立ち上がった。
先程まで死の淵を彷徨っていた人だとはとても思えないほどの回復ぶりだった。
「兄上! 当たり前です! 兄上にはこの先私を支えて行ってくださらなければなりません!」
ファビアン樣は嬉しそうにランベール樣の手を取るが、ランベール様はそれを必死で払いのけようとする。
「駄目だ! 国王を殺害しようとした人間を母親に持つ私だと、他の貴族からそしりを受けるぞ。さっさと私を切り捨てろ!」
必死でファビアン樣から逃れようとするランベール樣だったが、ファビアン樣の決意は硬かった。
「いいえ、そんな事はしません。今回の件はすべて父上に責任を取っていただきます。父上がリリアーナ様にあんな態度を取らなければ起きなかったことですからね」
ファビアン樣が吐き捨てるように言い放った。
どうやらファビアン樣にも色々と自分の父親である国王に物申す所があるようだ。
それに思い至ったらしいランベール様は軽く息を吐くと僕に視線を向けたが、すぐにその目を見開いた。
「シリル! 尻尾が!」
えっ? 尻尾?
人型になっているから尻尾は出ていないはずなのに、何故?
そう思い、首を回して自分の後ろを振り返ると、そこにはフサフサの尻尾が五本揺れていた。




