34 幻覚魔法
確かに狐や狸は人を化かすという言い伝えがあったけれど、それはこの世界でも通用する事なのだろうか?
「あの、すみません。狐の獣人って言うのは幻影魔法が使えるものなのですか?」
どういう根拠があって狐の獣人が幻影魔法を使えると言われるのか知りたかった。
だが、僕の質問にランベール様は「おや?」と不思議そうな顔をした。
ランベール様が何か言いかけるのをファビアン様が僕の事情について説明してくれた。
「兄上。シリルは家族とはぐれたのでまだ狐の獣人については何も知らないみたいなのです。だから私からシリルに説明します」
ランベール様が頷いた事でファビアン様は僕へと視線を移した。
「先程、狐の獣人についてはわからない事が多いと言いましたが、わかっている事もあるのですよ。そのうちの一つが幻影魔法を使える、という事なのです」
狐の獣人の魔力量によっては程度の差はあるものの、ほとんどの狐の獣人は幻影魔法が使えるそうだ。
その話が本当ならば。僕にも幻影魔法が使えるという事になる。
「シリル。試しに何か幻影魔法を使ってご覧。私もシリルがどの程度の幻影魔法が使えるのか知っておきたい」
ランベール様に促されて僕は幻影魔法を使ってみる事にしたが、今まで使ったことがないので勝手がわからない。
お手本を示された事もないのでどうすればいいのか迷った。
…でも
たとえ幻でもいいから会いたい人達はいる。
僕は愛しい家族の姿を思い浮かべた。
父さん
母さん
そして、兄さん達
すると部屋の中が様変わりして懐かしい我が家の風景が現れた。
そしてその中に懐かしい家族の姿があった。
食卓を囲んだ家族が僕に向かって声をかける。
『シリル、ご飯よ』
『シリル、たくさん食べて大きくなれよ』
『シリル、早く来いよ』
『シリル、俺のおかず分けてやるよ』
現実ではないはずなのに、リアルに声まで聞こえてくる。
そしてそれを呆然と見ている二人の王子の衣装が部屋とは不釣り合いで妙におかしくなる。
懐かしい家族の姿と声に涙がとめどなく流れてくる。
家族の姿に手を差し伸べたところでフッと幻影がかき消えて、先程までの豪華な部屋に戻る。
しばらくは誰も声を発する事もなく、静寂が辺りを包んでいた。
今ので良かったのか聞こうとしたが、上手く言葉にならない。
「兄上。…本当にいいんですか?」
ファビアン様から発せられた言葉は予想外のものだった。
ファビアン様に問われてもランベール様は知らん顔でお茶を飲んでいる。
「兄上!」
再度ファビアン様がランベール様に問いかけると、ランベール様は片手を上げてそれを制した。
「構わない。この際余計な情は断ち切ったほうがいい。そうすれば私も憂いなくあの女を断罪出来るからな」
淡々と話すランベール様をファビアン様が酷く傷付いたような目で見ているのが気になった。
どうやら幻影魔法を欲しているのはランベール様のようだが、ファビアン様は今ひとつ納得していないようだ。
ランベール様の為に幻影魔法を探していたけれど、いざとなったら使うのをためらっているようにも見える。
一体僕の幻影魔法を誰に使うつもりなのだろうか?
それに先程の幻影魔法で良かったのだろうか?
どちらに確認を取ればいいのかわからずに二人を交互に見ていると、ランベール様が優しく微笑まれた。
「ほら、ファビアンが余計な事を言うからシリルが不安そうにしているじゃないか。…シリル。先程の幻影魔法は見事だったぞ。しばらくはこの部屋でゆっくりしているがいい」
ランベール様はそう告げると立ち上がり、護衛騎士を連れて部屋を出て行った。
ファビアン様はランベール様を追いかける事もなく、ただぐったりとソファーに座るだけだった。
僕はうなだれるファビアン様にどう声をかけていいのか迷っていると、やがて気を取り直したようにファビアン様が立ち上がった。
「シリルはこのままここに居てください。侍女を一人残していくので何か用があれば彼女に言いつけて構いません。退屈ならばこの部屋にある本はどれでも読んで構いませんよ」
そう言い残してファビアン様も護衛騎士を連れて部屋を出て行ってしまった。
僕のいないところでランベール様と話をするつもりなのだろう。
いきなり一人で取り残された僕にはどうする事も出来なかった。
転移陣で転移してきたので、僕がこの王宮にいることを知っているのは二人の王子とその護衛騎士とこの部屋にいる侍女くらいだ。
部屋を出て王宮の中をうろつくわけにもいかないし、ここは大人しく本でも読んで待っているしか他に方法はない。
仕方なく本棚を漁っていると、「魔法の種類」と書かれた書物を見つけた。
これでも読んで待っていよう。
そう思って読み始めたのだが、いつの間にか僕は寝落ちしてしまったようだった。




