25 ルノーからの情報
ルノーはそう断言したけれど、そうしたらさっき僕が聞いた話は嘘なのだろうか。
「先程、冒険者ギルドで耳にした話でははっきりとはわからないと聞いたんですが…」
ルノーはちょっと不思議そうに僕を見つめた。
「シリルはどうしてガヴエニャック王国の事を気にしてるんだ? 誰か知り合いでもいるのか?」
「僕の家族がいるんです。僕は家族を探しにガヴエニャック王国に行きたいんです」
僕はルノーに獣人の里が襲われた事や囮になった時に崖から落ちて川に流されてこの国に辿り着いた事を話した。
ルノーは真剣な面持ちで僕の話を聞いてくれたが、やがて大きくかぶりを振った。
「シリルの事情はわかった。だが、そもそもどうして獣人の里が襲われたかわかっているか? あれは側妃が手引きをしているっていう話だ」
ルノーの話は僕にとっては衝撃だった。
まさかここでも側妃の話が出てくるとは思わなかったからだ。
「側妃が獣人の里を襲わせたって事ですか? 一体何のために…」
側妃が獣人の里を襲わせる意味がわからない。
そもそもどうして側妃は獣人達を国から排除しようとしているのだろうか。
「俺も噂話でしか聞いた事がないから正確な理由はわからない。ただ、第一王子は母親には逆らえないらしく母親の言いなりだそうだ」
そんな話を聞いていたらますます一刻も早く家族の元に帰らなければ、と思ってしまう。
僕はロジェから貰った地図をルノーの前に差し出した。
「ガヴエニャック王国から出てきたんですよね。どの辺りに住んでいたんですか?」
ルノーは地図を覗き込んで怪訝な顔をした。
「この川沿いに印が付いているのは何だ?」
「これは僕を助けてくれた人から貰った地図です。獣人の里があるらしい箇所をチェックしてくれたんですが、合ってますか?」
ルノーはしばらく地図を眺めていたが、ゆっくりとため息をつくと首を横に振った。
「はっきり言って他の獣人の集落が何処にあるかなんてまったく把握していない。だからこの地図が正確かどうかは答えようがない」
もしかしたら、とは思ったが現実はそんなに甘くはないようだ。
「では熊の獣人でティボーって人は知ってますか? 同じ集落に住んでいた人なんですが…」
ルノーはしばらく考えていたが軽く首を振って申し訳なさそうに告げた。
「いや、聞いた事はないな。少なくとも俺の身内ではないようだ。お役に立てず申し訳ない」
ルノーは僕に謝るけれど、最初からそんなに都合よく事が運ぶとは思っていないから気にしないでほしい。
「ガヴエニャック王国から出てきたんですよね。もう獣人達を追い出しが始まっているんですか?」
まさかもう国王が亡くなってしまったのかと思ってルノーに確かめようとしたが、どうやら違うようだ。
「いや、まだ国王は生きてるよ。ただ、あとどのくらい持つのかはわからないがね。俺はまだ独り身だから、今のうちに何処かに移住しようと出てきただけだ。このまま親や仲間が大勢いる熊の里に一旦戻って嫁を探すのもいいしね」
熊の里?
「熊の里、ですか?」
ルノーは おや、というふうに僕を見てくる。
「シリルは知らないのか? 獣人にはそれぞれ、その獣人のみが住む里があるんだ。…もしかして狐の里の場所も知らないのか?」
ということは狐にも狐だけが住む里があるということだ。
だけど僕達はそんな所には行った事がない。
もしかしたら里帰りする前に僕が家族から離れてしまったのかもしれない。
このままガヴエニャック王国に戻って家族を探しても既に狐の里に向かっていたら、僕にはそれが何処にあるのかもわからないって事になる。
前途多難な状況であることに思い至って僕はガックリと肩を落とす。
落ち込む僕をルノーはどう声をかけていいか、迷っているようだ。
「…シリル、…落ち着け。まだ、見つからないと決まったわけじゃないぞ」
ルノーはテーブルの上に置いた地図の一点を指差した。
「この辺りに俺が住んでいた獣人の里がある。まだ狐の獣人も何人か残っているはずだ。そいつらに聞けば狐の里の場所を知っている奴がいるかもしれない」
ルノーの言葉に少しだけ光明が見えてきたような気がした。
「ありがとうございます。すぐにでも訪ねてみます」
ルノーは少し声を潜めて僕に注意を促してきた。
「ガヴエニャック王国の王都では気を付けろよ。獣人とバレないようにな」
その言葉にただならないものを感じた僕はその理由をルノーに問い質す。
「王都で獣人だとバレると何かあるんですか?」
「あそこには側妃の息のかかった連中がいるんだ。獣人を奴隷にする事を厭わない連中だからな。絶対に捕まるなよ」
ルノーの忠告を重く受け止めて僕は気を引き締めて頷く。
「ありがとう、気を付けます」
僕達は食堂を出てその場で固く握手を交わして別れた。




