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20 旅立ち

 いよいよ今日はガヴェニャック王国に向けて旅立つ日だ。


 待ちに待った日のはずなのに、僕の心は沈んでいた。


 このままリーズ達と暮らしてもいいとさえ思うようになるなんて…。


 リーズ達も僕と離れたくないようで僕に向ける笑顔がぎこちない。


「シリル。簡単で悪いがこれはマルモンテル国とガヴェニャック王国との地図だ。ガヴェニャック王国のどの辺りに獣人の里があるのかはわからないが、冒険者仲間に聞いてそれらしい場所をピックアップしておいた」


 ロジェから手書きの地図を渡されて僕は覗き込んだ。


 川沿いに何箇所か印がつけてある。

 この内のどれかが僕がいた獣人の里のようだ。


「冒険者の中には雇われて獣人を捕獲に向かう者もいるから正確な場所は知らされないんだ。それに一箇所だけでなく何箇所にも点在しているらしい。獣人同士であれば情報も得やすいかもしれないからこの先何処かで獣人に会うのが一番だろう」


 ロジェは少し申し訳なさそうに告げるけど、冒険者だってやりたくない事をやらされている場合だってあるだろう。


「ありがとう、ロジェ。悪い連中には捕まらないように気を付けるよ」 


 パメラとリーズは今にも泣きそうな顔で僕とロジェのやり取りを聞いている。


「すまないな、シリル。一緒に付いて行く事が出来なくて…」


 ロジェはこの町の治安を守る契約をしているため、遠出が出来ないそうだ。


 その任務中にロジェに何かがあれば、パメラとリーズは町が責任を持って面倒を見てくれるらしい。


「大丈夫だよ、ロジェ。僕一人でも旅が出来るようになったんだから。色々教えてくれてありがとう」


 ロジェにお礼を言ってリーズに別れを告げようとした時、リーズに戸惑いの表情が見えた。


 僕は今、15歳の少年の姿をしているのでリーズよりも背が高い状態だ。


 そんな少年が自分よりも小さい女の子を抱きしめるなんて以ての外だ。


 僕はリーズ達と初めて出会った頃の狐の姿になってリーズを見上げた。


「…シリル、元気でね」


 リーズが泣きながら僕を抱き上げてくれた。


「リーズも、元気でね。ロジェと森に行くのはいいけど無理しちゃ駄目だよ」


 それを聞いてリーズは更に力を込めて僕を抱きしめた。


「シリルも無理しちゃ駄目だよ。危なくなったらすぐに逃げるんだよ。途中で引き返したっていいんだからね」


 リーズの頬を伝う涙をペロリと舐めてやった。


 しょっぱい味が口の中に広がっていく。

 

 この味は一生忘れないだろう。


 やがてリーズの手からパメラが僕を受け取って抱き上げた。


「シリル。ご家族に会えて落ち着いたら、また会いに来てね。待ってるわよ」


「パメラ、ありがとう。いつか必ずまた会いに来るよ。それまで元気でね」


 そんな約束が果たされる日が本当に来るのかどうかはわからないけど、このままさよならなんてしたくなかった。


「シリル。町の外まで送るよ」 


 ロジェに言われて僕はまた、少年の姿へと戻る。


「それじゃ、…行ってきます」


 さよならなんて言葉は口にしたくはなかった。


 いつか絶対に会える日が来る。


 その思いが伝わったのか、リーズもパメラも笑顔で送ってくれた。


「いってらっしゃい、シリル」


「シリル。大好きだよ、いってらっしゃい」


 僕は笑顔で二人に手を振るとロジェと一緒に玄関を出た。


 ロジェの家から門まではそんなに遠くない。


 門ではいつもの門番が僕達を出迎えてくれた。


「おや、今日は二人だけか?」 


「ああ。シリルが次の町へ向かうから見送りだよ」


 冒険者カードを確認すると門番は僕達を門の外へ通してくれた。


 門を抜けて街道を歩いて行くが、どこで別れを告げるべきか迷ってしまう。


 だが、いつまでもこうして歩いているわけにもいかないので、僕は心を鬼にしてロジェに告げた。


「ロジェ、もうここでいいよ。本当にありがとう」


 立ち止まってロジェに別れを告げるとロジェも僕の決意をわかってくれたようだ。


「シリル、元気でな。また、会おう」


 ロジェに差し出された手を握って固く握手を交わす。


「じゃあ、行ってきます」


 ロジェに手を振って僕は歩き出す。


 振り返りたいけど、振り返れなかった。


 泣いてる顔をロジェに見られたくなかったから…。


 こうして僕は新たな一歩を踏み出した。


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