110 潜入
ペルラン伯爵の屋敷に近付いた所で僕は目を閉じて眠ったフリをした。
「少し窮屈な思いをさせるかもしれないが、我慢してくれよ」
アランはそう囁くとペルラン伯爵の屋敷の門へと向かう。
「アランか。今回は随分と時間がかかったな」
そう話しかけて来たのは門番の一人だろう。
「少し遠くの町まで行ったからね」
ガチャリと掛け金の外れる音がしてキィと門の開く音が聞こえた。
薄目を開けると向こうに玄関の扉が見えるが、そこにも騎士が立っている。
随分と厳重な守りだが、こんな中をランベール様が侵入出来るのだろうか?
階段を上がるような揺れの後で扉が開く気配がした。
「アランか。その狐は私が預かろう。お前は自分の部屋に戻れ」
男の人の声がしたかと思うとヒョイと別の手が僕の体を片手で持ち上げた。
「待って! ブノワは元気なのか? ブノワに会わせてくれ!」
アランが叫ぶと僕を小脇に抱えた男は誰かに「アランに首輪を着けて連れて行け」と命じると、そのまま大股で歩き出した。
薄目を開けると重厚な絨毯が敷かれた廊下がずっと続いている。
やがて何処かの部屋の前に立ち止まると、そこの扉を開いて中に入った。
部屋に入ると同時に様々な獣人の匂いが僕の鼻を刺激する。
男は部屋の中を進んでいくと檻の扉を開けて僕を中に無造作に床に置いた。
カチャリと掛け金のかかる音がして、足音が遠ざかり部屋の扉が開いて閉じた。
人の気配が無くなった事で目を開けるとそこは檻がズラリと並んだ部屋だった。
それぞれ個別に檻に入れられているが、その中で狐のいる檻に目をやった。
兎のシリルの報告の通り、一匹はだらりと体を投げ出して横になっている。
あれは、母さん?
起き上がって檻に手を掛けて立ち上がり「母さん!」と呼びかけたが、返事どころか顔を上げる事すらしなかった。
もしかしたら僕の声すら届いていないのかもしれない。
僕が呼びかけた事でもう一匹の狐が檻に手を掛けて口を開いたが、その声が届く事はなかった。
彼等は皆、声すら発する事が出来ないようにされているのだ。
僕は幼児に姿を変えると檻の隙間から手を伸ばして駆け金を外した。
檻の外に出ると幼児から青年に姿を変える。
首輪は着いたままだが伸縮自在の仕様なので首が締まる事はない。
この首輪はペルラン伯爵の目を欺く為にランベール様が持ってきてくれた物だ。
僕は檻に手を掛けている狐に近付いた。
「父さん」
呼び掛けると父さんの目から涙がポロリと溢れた。
僕は檻を開けると父さんをそこから出した。
檻から出てきた父さんは僕に飛びついてきた。
その体は小さく子狐くらいの大きさだった。
父さんだけでなく、この部屋に閉じ込められている獣人はすべて首輪によって小さく変えられている。
僕は以前にカジミールから貰った魔法陣を床に広げるとその上に父さんを乗せた。
魔法陣の文字がピカッと光り、首輪が外れてポトリと下に落ちる。
途端に狐の体が一回り以上大きくなった。
「…大きさが、元に戻った…、…いや、喋れるぞ! …って事は、もしや!」
父さんはそういうなり、狐の姿から人型へと変化した。
久しぶりに見る父さんの姿に僕の胸は喜びで打ち震える。
「…父さん!」
呼び掛けると父さんは喜びと困惑の入り混じった表情で僕を見つめる。
「シリル? 本当にシリルなのか?」
「そうだよ! 僕はシリルだよ! 父さん、会いたかったよ!」
それでも父さんは困惑した表情を隠せないようだった。
「確かにシリルのようだが、どうしてそんなに大きくなったんだ」
僕は父さんに今までの事をかいつまんで話した。
「そうか。シリルはアーリン達とは別々だったんだな。それにしても僕達を助けに来れるなんて随分と成長したんだな」
父さんは僕の成長を褒めてくれるが、今はそんなにゆっくり話をしている時間はない。
ランベール樣達が突入し易いように騒ぎを起こすのだ。
「父さん。檻を開けるのを手伝って」
僕と父さんは手分けをして檻を開放していった。




