108 兎のシリル
兎のシリルがペルラン伯爵の屋敷に向かうとすぐに、僕は居ても立っても居られなくなった。
ウロウロと部屋の中を歩き回ってみたり、部屋の窓から外を覗いて兎のシリルが戻って来ないか探したりしていた。
「おいおい。心配なのはわかるが少しは落ち着けよ」
ダニエルが呆れたように僕を諌めるが、そんな言葉で落ち着けるはずがない。
「リリアーナ樣の時でも無事に帰ってきたんだ。大丈夫だよ」
テオに言われて少しは納得したけれど、しばらく経つとまた心配の芽が顔をもたげてくる。
アランは縛られたままでは流石に可哀想なので、テオが持っていた首輪を着けられて猫の姿になり、ベッド上で丸くなっている。
これがまた、小さな黒猫で無茶苦茶可愛いんだよ。
思わず抱き上げて頬ずりしたくなったほどなんだけど、それが許されるような雰囲気じゃないので止めにした。
それなのに…。
「あー、暇だな。俺もちょっと横にならせてもらうわ」
そう言うとダニエルは熊の姿になると、アランを抱え込むようにしてベッドに寝転んだ。
アランはダニエルの気配でパッと顔を上げたが、逃げる間もなくダニエルの両腕に抱え込まれるように囚われてしまった。
アランの目が助けを求めるようにこちらを向くが、流石に熊相手に立ち向かえる者はいない。
テオはそんなダニエルに対して肩を竦めるとドニと一緒にアランから教えられた屋敷の見取り図を検分している。
どちらのグループに加わるべきかと散々迷った挙げ句、僕は狐の姿になってベッドの上にダイビングした。
少しゴワゴワした毛並みのダニエルと柔らかい毛をしたアランと一緒にベッドに丸くなるとそのままうとうとし始めた。
やがて、のそりとダニエルが身動きをした事で目を覚ますと、既にお昼を過ぎている時間だった。
「目が覚めたか? ちょうど昼飯を買って来たんだが、食べるか?」
テオに聞かれた途端、お腹がくぅと音を立てて鳴った。
アランも起き上がり、ダニエルに監視されながら食事を始める。
兎のシリルの姿が見えないところを見ると、まだ戻っていないようだ。
ベッドから下りてテーブルの方に向かうと、食事を終えたドニが椅子を空けてくれた。
手早く食事を済ませてまったりとしていると、部屋の扉が開いて閉まった。
「えっ?」
扉が勝手に開いて閉まった?
ポカンとしていると、何も無いはずの空間に徐々に人型が浮かび上がってきた。
兎のシリルだ。
無事に戻ってきた兎のシリルに皆は安堵している。
「ご苦労だったな。…それでどうだった?」
テオは立ち上がると自分の席を兎のシリルに譲って立ち上がった。
兎のシリルは椅子に腰を下ろすと、目の前に広げられている見取り図をじっと眺めた。
「アランの言う通り、この見取り図に間違いはないね。アランの弟かどうかは確認出来ないが、確かに黒猫が閉じ込められている部屋があった。多少ぐったりしているようだったが、とりあえずは生きているよ。それから、この部屋に獣人が閉じ込められていた」
兎のシリルはテーブルに置かれた見取り図に新たな部屋を書き込んだ。
「それからペルラン伯爵の話によると近々隣国の貴族を招いてオークションを開く予定らしい。その前に獣人を開放しないと隣国に売られた後では手出しが出来なくなるぞ」
そう言うと兎のシリルはチラリと僕に視線を向けた。
それから非常に言いにくそうに口を開く。
「君の両親かはわからないが、狐の獣人が二人いた。しかし、どちらかはかなり衰弱しているようだった…」
それを聞いた途端、僕は矢も盾もたまらず立ち上がっていた。
駆け出そうとした僕をダニエルがガシッと羽交い締めにする。
「早く、早く行かなくちゃ…」
「落ち着け、シリル! 何の策も無しに飛び込んでどうする! お前まで捕まりたいのか!」
テオに肩を揺さぶられ、僕はようやく落ち着きを取り戻した。
一人で乗り込んだところで返り討ちにあうだけだ。
それにまだ、僕の両親だと決まったわけではない。
僕は体の力を抜くと椅子にドサリと腰を下ろした。




