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高尾山奇談

作者: ピッグまっく

 当時、高尾山周辺は公園として整備されてはいなかった。舗装された道が2本通ってはいたが、車はもちろん人と出会うことも稀であった。山越えの道の東側には道に沿って大小2つの池があり、辺りには幾つかの碑が立っている。中学生だった私は特にその謂れについて考えることもなかった。が、しかし何となく神秘的な雰囲気とか、緩やかな尾根とか、風にさわさわ揺れる草木とかお気に入りの場所だった。山越えの道の西側には森を挟んで林道がほぼ平行していた。この道に至っては私だけの秘密の場所だと思っていた。

私は柔道を学んでいた。私の通っていた中学校には柔道部がなく週に2回、町道場で稽古をつけてもらっていた。既に黒帯だった私は、愚かなことに自分に酔っていたのだろう、体を鍛えることに余念がなかったのだ。だが一人でトレーニングするのは難しい。根性なしを自負していただけに、特にランニングには頭を悩ませた。そして思いついたのが「林道ランニング」である。これはただ林道を走るのではない。スタートを日暮れ少し前にするのである。ビビリの私は妥協なく全力で走ることになる。

 麓には水分神社がある。とても小さな神社である。澄んだ空気に包まれた綺麗な神社である。ここの龍神の池はそのあまりの静謐さにしばし立ちすくんでしまったほどだ。

この神社裏山に10畳ほどの平地があり一本だけ大木が生えていた。私はランニングの起点をここに定めた。

大木の根元には小さな小さなお地蔵様があった。台座もなく、お供えもなく、増しては前掛けの類もない。誰からも忘れられている風情である。何故だか私は「林檎の木」と言う小編を思い出したりした。

 水分神社は、みずわけじんじゃとは読まない。みくまりじんじゃと読むのである。長いこと残念なことに私は事実を知らなかった。 

 さて、ここの林道は5㎞ほどあり途中に古い苔むしたお墓や、怪しげな沼、烏の寝床の木々など、なかなかオカルトチックな場所であった。だからこそ完全に日が暮れる前に、山入端がまだ微かに紅いうちに駆け上がらなければ、かなり怖い思いすることになる。

 私は来る日も来る日も走った。冬の日暮れは早いものである。一心不乱に走った。が、しかし徐々に体は弱って行った。当時私の実家には温水シャワーが無かったのでトレーニング後は水を浴びていた。そのせいもあるのか段々と咳が止まらなくなって行った。

 そうこうしているうちに私は気づいてしまった。ランニングコースの半ばの左手に沼があるのだが、そのさらにずっと奥におそらく農業用の大きなため池が見えているのだが、そこに何かしらの白い光の様なモノが見えているのが。

 

 大昔この一帯が旱魃に苦しんでいる時に、高尾山に怪光が現れ、その後、村人の枕頭に綿津見の神が立たれ、山中の池より白い石を見つけ、祀る様告げられたそうである。水分神社の起源であるそうだ。


 ある休日の早朝、私はお地蔵様の横で地べたに足を投げ出しボーっとしていた。真冬とは思えない穏やかな朝だ。弱い日の光、山からの静謐な風、命の休息を思わせる茶色の木々、何もしないことの悦びを感じていた。両腕を後ろについて、真っ青な空を見上げた。ふと何か気配を感じて横を向くと、そこには人がいた。

 音もなくここまで来ていたのか?私はかなり驚いた。「よくこの辺で見かけるが何しちょるんか?」老婆

はニコリともせず話しかけてきた。「えっ、」咄嗟のことで答えに窮していると、「ここにはあまり来んほうがええ。」野良着を着た、少し腰の曲がった老婆はゆっくりと神社のほうへ下りていった。

 何気なくお地蔵様を見ると小さな花が手向けてあった。強の目の風で大木が鳴った、野鳥の囀りが耳に残る。鈴の音のようだ。何故かそんな気がした。


 それからも夕刻には、欠かさず「ランニング」はおこなった。「白い何か」は少しづつ近づいて来ている。


 ある晩、夢を見た。沼の傍らに私がいる。周りには沼のほうを見つめる村人。そして白装束の若い女性。

私の位置からは女性の横顔が見えた。哀しそうな、それでいて晴れやかな、複雑な表情に見えた。ゆっくり彼女は私の方に顔を向ける。目が合った。そこで目が覚めた。朝、私は吐血した。

 夢の中で彼女は何か呟いた様だった。    私の「林道ランニング」は終わった。


 数十年経った今、時々あの体験を思うのだ。今でもあの道はあるのだろうか?あの景色は見られるのか?あの大木やお地蔵様は?いつの日かもう一度訪れたいと思うのだ。













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