魔王と寝具、黒騎士と抱き枕②
【魔王アンタレス】と【黒騎士シャウラ】。
両者は未知のダンジョン“常世の館”の最深部…………ではなく、その外れから離れた何故か人の手入れがされている広々とした空間があった。しかも何重にも結界が施されている。
即ち、誰かが隠していたということ。
「……この白い門はなんだ?」
《さあわからん》
彼らは警戒するしかない。しかし、その不思議な白い門の中央には空間が歪んでいる。だが、安定という訳ではない。
「どこかに繋がってるのは間違いない」
《それに、手入れもされてるな。誰かが、よく出入りしてるのか》
「入ればわかるだろう」
彼女らは知らないが、白い門というのは“鳥居”と呼ばれるもの。そしてその白さは邪悪を寄せ付けぬ神聖な力を宿していた。が、それは鳥居の原点でありつつ、その効力は異世界でも発揮している。
「邪気を寄せ付けぬ、高度な結界だ。今の技術では到底成し遂げられぬ太古の遺物。これは手をつけられない」
《真剣は兎も角、聖剣などの概念を干渉する業物でも傷をつけられぬな。しかしそれを門にするとは。たまげたものだ。で、入るのか【魔王】。問題なく入れるみたいだが》
「無論。何故、特等の探索者がこの門の存在をひた隠ししていたのか………わかるかもしれん」
【魔王】は白き鳥居の中へと踏み出す。
それに付き従うようにして【黒騎士】も歩みだした。
そして………。
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「い、いらっしゃいませ!」
「《…………は?》」
白き鳥居の中へ入った刹那、そこは神々の楽園であった。
二人は思わず、ダンジョンの中にダンジョン以上………一国以上の空間が広がっている事実に驚きを隠せない。恐らく最もみっともない顔になっているのではないだろうか。
声をかけてきたのは、黒髪黒目という珍しい色をしているものの容姿は幼い娘であった。しかし右耳に黒い妙なものを付けており、その黒いのは口元まで延びている。
「(その魔具で翻訳しているわけか。道理でその娘の口の動きに違和感があるわけだ)」
「お客様、当店は初めてでしょうか」
「………ここ、は?」
「ここは【ショッピングモール『ラビリンス』】です。多種多様な商品やサービスを提供しています」
「商品………店、か。しかもこんなに広々と」
「お客様はどのような商品をご希望でしょうか」
「む、それは」
よくわからないダンジョンの中によくわからない店。しかし、その店と規模は尋常ではない。よく見れば己と同じ魔族と者だけではなく獣人にエルフ、更にはドラゴン等の大型モンスターの姿もある。しかし、種族的に問題がある筈なのにも関わらず大人しく。けれども店の品を購入したり、レストランで食事を楽しむ様子から悪い場所ではないとは考える。が、警戒を解くのは得策ではないと判断したアンタレスは悩ませはするが、最近の悩みを打ち明ける。
「最近、寝起きがスッキリしなくてな」
「で、でしたら……ご希望に添えるかはわかりませんが、お勧めの商品のご案内をしても、よろしいでしょうか。」
「ある、のか?」
「お、恐らく……」
「なれば、案内をいいか?ここは初めてでな」
「しょ、承知致しました!後ろの方もどうぞ」
《ああ》
少女に案内されながら、アンタレスは周りを観察する。そして、気付いてしまったのだ。多種多様な種族の中に、明らかにイレギュラーが紛れていることを。けれど、具体的に誰がイレギュラーかは分からない。ただ、確実にいる。それは確信していた。
「(神の類いか………更には精霊、そして妖精も)」
《(【魔王】、ここは魑魅魍魎の魔窟だ。相手取るには不味い)》
「(仕方があるまい。様子を見る他あるまいよ)」
因みに目の前に案内をする少女は雑魚だ。本気を出さずとも指一本で殺せるだろう。が、そもそも殺しに来たのではない。だが、その少女はあまりにも豪胆な精神を持っているとアンタレスだけではなくシャウラも感心していた。何せ、何処にでもいる村娘の様な少女が、ドラゴンや神などがいるこの魑魅魍魎の魔窟を堂々と歩いているからだ。
「西館は家具をメインに販売しています。寝起きがスッキリしない、とのことですので……まずはベッドを変えてみるのはどうでしょうか」
「ベッドか」
「はい!良ければ試しに寝てみますか?」
「むっ、商品をか?」
「実際に横にならないと分からないかと思いますので」
「そう………そうか。では」
ご丁寧に商品のお試しとずらっとベッドが置かれている。中には彼女らと同じようにベッドに横になり、そのままうとうとするモンスターもいるのは微笑ましく感じる。
「………ぉ、ぉぉぉおおお」
《【魔王】、どうした》
「か、身体が、沈む………?まるで、包み込まれる様に………!?」
《た、確かにふかふかではあるが》
「この枕も、この敷き布団も、この掛け布団も………なんと、これは……………」
《お、おい?》
「…………ぐぅ」
《ま、【魔王】っ!?!?》
「(ぇ、【魔王】?あのファンタジーの?この私より年下の女の子が?…………不敬とか言われて殺されないよね?)」
完全にベッドにインしてスリープしてしまった魔王アンタレス。そして本当に眠り始めた彼女に黒騎士シャウラは頭を抱えるしかない。
《す、すまない。眠ってしまったのだが…………こんな面前で》
「あ、あははは。よくありますよ。他のお客様も思わず一時間も眠ってしまうことなんてありましたし」
《あ、あったのか》
「ですけど、皆さんとても気持ちよさそうにしていましたので起こすのは憚れてしまうんですよね。ですので」
シャーっ!と上に垂れ下がられていたカーテンが魔王アンタレスの寝姿が見られない様に仕切られてしまう。ふわふわと従業員の妖精達が周りを監視しているのは安心はあるだろう。しかも+αに同じく従業員の大きな白狼も傍に座り、何やら従業員の少女と話し合っていた。
「従業員が就寝中のお客様を御守りしますので…………御付きの方も良ければ何か見ていきますか?」
《いや、必要は…………!?》
黒騎士シャウラは、見つけてしまった。
様々なマットレスや掛け布団、敷き布団が陳列されている中で一際大々的に主張する様に君臨するそれを。
《こっ………これ、は?》
「あ、抱き枕ですね。様々なキャラクターのものがあるのですが…………特に、この特大抱き枕のワンちゃんネコちゃんが人気です!」
《わ、ワンちゃん、ねこちゃん………!?し、しかし、そんな犬と猫は見たことがないぞ!》
「あ、いえ。恐らく私の世界のみの種類らしいです。ワンちゃんが柴犬、ネコちゃんは三毛猫ですね」
《い、いるのか………こんな、可愛らしい動物が!?》
「だ、大分可愛らしくしてるので、実際は………えっと、こんな感じです」
よくわからない手のひらプレートの魔具(※スマホ)に写した画像をシャウラに見せると、彼女は突然《ヴっ!?》と胸を押さえて片膝を地につかせた。
「お、おきゃくさま!?」
《か、可愛すぎるではないか…………こ、こんな》
「(か、かわいいのに悶えてるんだ)」
《こ、この子達は………う、売り物なのか!?》
「は、はい!女性の方に人気ですし……男性の方も購入されてますよ。抱き枕にするのもよし。インテリアの様に飾りにしてる方もいらっしゃいますよ」
《そ、そうなのか………》
黒騎士シャウラは悩む………悩むのである。
可愛いのは正義だ。可愛いは守るべきだ。故に、買わない、という選択肢は無いに等しい。
《その子達を、所望する》
「は、はい!ありがとうございます!」
《因みに払いは》
「あ!申し訳ございません!お伝え忘れていました!お支払い方法は【通貨払い】だけではなく、〖魔力払い〗も可能です!」
《〖魔力払い〗?》
「えっと、こちらの水晶に魔力が満タンになるまで注いでいただければ購入可能です!魔力は“魔石”」
水晶はそれぞれの商品の傍に設置されており、それぞれ個々に必要な魔力量が決められている。魔力を一杯にすれば決算完了。無事お持ち帰りできるのだ。
《で、では、魔力払いで!》
「ありがとうございます!」
黒騎士シャウラ は 大型 抱き枕 を 購入した▼
魔力は10分の1減ってしまったが、それに見合う価値のあるものだ。どうやらそう簡単に破けたりしない様に特別な素材を試用している為、従業員の少女の世界よりも100倍高いらしい。日本円でウン十万である。黒騎士シャウラが支払った魔力量は安い中古車一台は購入出来る程だ。
《あ………あぁ、この子達が、私の家族に………》
「(鎧越しで分からないけど、感情豊かな人だなぁ)」
《ち、因みにだが…………他にもあるのか?こ、こういう可愛いの》
「は、はい!勿論です!ご案内しましょうか?」
《た、頼む!私の知らない可愛いを、可愛いを、是非!》
「は、はひぃっ!?よろこんでぇ!?」
黒騎士シャウラは食い付くように人形やフィギュアなどを見て周り更に追加購入をするのであった。
その後、二時間ほど爆睡した魔王アンタレスは起床したかと思うと即座にマッドレスや枕にアロマなどの睡眠グッズを購入してしまう。元々魔力量が尋常ではないほどに保有するアンタレスにとって些細な量である。
「では、また」
《善きひとときだった》
「ありがとうございました!またのご利用をお待ちしています!」
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「~♪」
魔王アンタレスは自室に戻った後、直ぐ様購入したマッドレスや枕、布団などを設置すると…………まるでその容姿相応の満面の笑みを浮かべ、ふわっふわっの新品ベッドへダイビングする。
「~~~♪善き、善きだ……これはもう、魔性のベッド。この魔王が………この魔王が…………」
「し、失礼します!魔王様!緊急事態です!最近発生したダンジョンのモンスターが溢れて」
「そうか。しばし待て」
「え、いや。あれ、魔王様が消えて………」
「終わった。また何かあれば言ってくれ」
「………ぇ、秒で」
ベッドや睡眠グッズを購入してからか、魔王アンタレスの仕事は尋常ではない程に速くなってしまった。そして事件が発生した刹那に探知して既に事を終わらせてしまうその神業に国民や近隣諸国から【神速の魔王】と呼ばれる様になるのは本人は知らぬことであった。
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「ふ、ふふふふふ♪」
ダンジョンの主、黒騎士シャウラは己の部屋を見渡していた。
何時もの鎧は脱いでおり、チョコレートの様な甘そうな肌に少年の様な短い髪。背は高いが、肌は幾つもの生傷が。顔は大きなキズも残っており、容姿は整っているもののキズのせいで怖いイメージがある。現にキズのせいで近くの子供に号泣されたことは彼女にとってトラウマだ。
「かわいいなぁ♪おまえたち~♪」
先日購入した大型抱き枕、ワンちゃんネコちゃんを纏めて抱き締めてベッドの上でゴロゴロする。しかもベッドは、魔王アンタレスに熱心に勧められて同じく購入済み。
「今日もごろ寝じゃぁ~♪」
彼女は癒されに癒されまくっていた。そして癒しのリラックス効果なのか、黒騎士シャウラの神経は研ぎ澄まされており、即座に眷属のモンスターに指示を出して問題を対処している。
だが、それほど対処に速いのは純粋に……。
「むふふーっ♪あぁ、幸せだぁー♪」
このヘルメンチックな大きい、小さい可愛い者達に囲まれるこの瞬間を邪魔されたくなかったというそれだけの理由なのは一部の者しか知り得ないのは言うまでもない。