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第6話 汝は何者なのか?

「社長…どうするおつもりですか。20億円の賠償金なんて…!」

「問題無いわ。そのくらいなら借りるアテがあるもの。それに…」


 切れ長の瞳、肩下で切り揃えられた真っ直ぐな黒髪が揺れる。重厚な黒い椅子に座る、ヤツは俺を見た。


「あの子も良い商売道具よ。この事業が続けられなくなった今、あらゆる方法で金を稼ぐ必要があるわ」


 彼女はこちらに向かってくる。ああ、終わりだ。幼い俺でも、それを理解するのは容易かった。

 俺の人生は今日終わる。クソみたいな母親の所為で。細い腕が力任せに掴まれる。


「いや…い、嫌だッ!」



 俺は飛び起きた。額から汗が流れ、滴る。

 嫌な夢を見ていた。

 それに気が付いたのは見慣れない天井と慣れないベッドで寝ていた事を認識したからだ。

 恋命高校の学生寮の一室。今日から俺はここで暮らすのだ。


 ゲームのルールブックを読んでいる間に寝落ちをしてしまったらしい。デスクの上に置いてあるデジタル時計を見る。現在の時刻は…20時8分か。…20時!?


「マズイ! 食堂が閉まる!」


 俺は身体を起こし、大慌てで部屋を飛び出した。


 廊下を進み、フロントの傍にある階段を駆け上っていく。

 2階に着き、階段の正面には『食堂』と立看板が置いてあった。入り口にドアなどは無く、学生が利用する大きなダイニングテーブルと簡素な椅子がズラリと並んでいる。非常にシンプルで開放的な空間だ。


 食堂が閉まるのは20時30分。

 つまり俺はギリギリセーフという事だ。俺は食堂のおばちゃんに日替わり定食を注文し、それをお盆で受け取る。


 厨房には50代くらいのおばちゃんの他に、何名か生徒もいるようだった。おそらく彼らは先輩だが、白いエプロンに三角巾を付けて皿を洗っている。どうやら食堂の手伝いをしているらしい。

 不気味なことに、厨房にいる学生全員の目が死んでいた。


 俺はお盆を持ちながら自分が座る席を探していた。奥のテーブルは上級生が占領しているし、手前のテーブルは親しくもない同級生が1つずつ席を空けて座っている。自分もそのように隣を空けて座りたいと思っていたのだが、そう出来るだけの余裕がなく、生徒同士の隙間に座るしかないという状況だった。


「あれ、君は確か…鹿羽君だよね?」


 手前のテーブル、端から2番目の席に座っている好青年に声を掛けられた。


「ああ、そうだけど…えーと、東…だっけ?」

「そうだよ、僕は東海斗あずまかいとって言うんだ! 良かったら隣に座るかい?」

「……そうさせて貰うよ。ありがとう」


 俺は渋々と東の隣であるテーブルの角の席に座る。自分のお盆を置いて気が付いた。東の飯の異常さに。


「なあ……それ、全部お前が食べたのか?」

「え、うん。そうだけど」


 東のお盆の上には所狭しと丼茶碗が重ねられている。ざっと数えて10杯はあるな…そして当の本人は左手にカツ丼を添えている。


「よく…食べるんだな…」


 俺は若干引きながら東に話し掛ける。


「そうかな? まあ、ちょっと泳いできたから腹が減ってさ~」

「泳いできた…?」

「あれ、知らないかい? この学生寮には大浴場の隣に室内プールがあるんだよ。この時期は温水らしくて凄く気持ち良いんだ!」


 東は満面の笑みで答える。確かに東の黒髪は少し湿っぽく、上着は黒いジャージだ。そして下は…海パンだ。


「教室にいる時から気になってたんだが…なんで常に海パンなんだ?」

「え? いつでも泳げるようにだけど」

「………なるほど、東は水泳選手か何かなのか?」

「いやいや! 僕はそんな立派な人じゃないよ! ただの趣味さ。水辺が好きでよく泳ぎに行ってたんだ」

「ふーん…」

「僕さ、プライベートビーチで泳ぐのが夢なんだよ!」


 東が何か勝手に語り出したぞ。こうなると話を聞くのが面倒になってくる。


「へぇ、そりゃまた贅沢な夢だな」


 俺は定食の焼き鮭に箸を通しながら適当に相槌を打つ。


「そうなんだよなぁ…綺麗な海が見える別荘を買って悠々自適に暮らしたいんだけどね」

「……となると、東にとってこのゲームは都合が良いんじゃないか?」


 俺がそう言うと、東は静かに微笑んだ。


「ああ、そうだね。別荘と土地を買うなら何千万も必要だ…リゾート地ならなおさら。なんなら億単位かもね」

「東は金を稼ぎたいと…そういう事だな?」

「ええ~なんだよその聞き方は~? 何か企んでる?」

「さあ、どうだろうな?」


 俺は半笑いで答えると再び食事に集中する。その間も東は熱心に俺に話し掛けていたが、俺は白米を噛み締めながら軽く相槌を打つ機械になっていた。


「じゃあ、僕は食べ終わったから行くね。話せて嬉しかったよ!」


 東は山程の茶碗が載ったお盆を持ち上げると、笑顔で会釈をしてその場を去っていった。


 東海斗。癖は強いが悪い奴ではなさそうだ。それどころか自分の情報をペラペラと喋ってしまう程に友好的で不用心。


 彼には、今後もお世話になるかもしれないな。

 そう思いながら味噌汁の最後の一口を飲み干した。


「おい、お前1年だよな?」


 頭上から高圧的な声が降ってくる。そちらを向けば、上級生らしい偉そうな態度を取っている赤髪のヤンキーとチンピラ坊主が俺を見下ろしていた。


「はい、そうですけど…何かご用ですか?」


 俺はわざとらしく下手に出る。


「ハッ! 良い子ぶるなよ。お前だって金に目が眩むクズなんだろ?」

「……決め付けないでもらえますか?」


 俺は下から彼らを睨んだ。


「おいおい、その態度はなんだぁ? 俺たち『特待生』に向かってよぉ」

「特待生…?」

「知らねぇのかぁ? この学校の優秀な生徒って事だよ」


 坊主はムカつくニヤケ顔を晒しながら俺の額を人差し指で突いてくる。


「……翔太、コイツは1年なんだから余計な情報は漏らすな。絡んだって俺達には何の得も無いだろ」


 隣にいる赤髪のヤンキーが坊主の肩に手を置いて宥めている。


「ああ、そうだな! お前らみたいな『不作』には分かんねぇか! ダッハッハ!」


 坊主は下品な笑い声を上げながら俺から離れて行った。赤髪の男は俺の方をチラリと見ると背を向けてその場を去っていった。


「何なんだよ…一体…」


 俺は戸惑いながら席を立ち、空いた食器を厨房の返却口に置く。俺は沸々と沸き上がる怒りを抑えて食堂を後にした。

 


 人通りの無い廊下を進み、自室に戻る。

 俺は今日の疲れを癒すためシャワーを浴びる事にした。その時、ふと額に付けたままの脳波測定器の存在を思い出した。


 自分の好きな人が筒抜けになってしまうという忌々しい機械。


 ルールブックには禁止行為として脳波測定器の装着拒否が挙げられていたが、一時的に外す分には問題無いだろう。風呂に入る時くらいは余計な物を外して顔を洗いたいものだ。俺は額から六角形の白い板を剥がし、服を脱いでシャワーを浴びる。


 なんとなく良い香りを纏いながらシャワー室を出た。アメニティやソープ類なども質の高い物が揃っている。高校生には勿体ないくらいだ。


 俺はガシガシとタオルで雑に髪を拭きながらデスクに置いたスマホを手に取る。画面に文字が表示された。


〈脳波測定器を装着してください。現在使用できるのは通話機能のみです〉


「あれ…? ああ…なるほど…」


 俺は洗面所に置きっぱなしだった脳波測定器を取りに行き、そのまま額に貼り付ける。また画面が変わる。


〈おかえりなさい、鹿羽巡さん〉


 その文字が表示された後、アプリのアイコンが表示される通常のホーム画面に戻った。


「…随分と不便な機能が付いてるんだな、全てはゲームの為…か」


 俺は溜め息を吐きながら仰向けでベッドに倒れ込む。俺はスマホにインストールされているアプリを眺めていた。


 他プレイヤーの役職を指摘する『ポイントアウト』。

 交際契約や契約書の作成を行う為に使用する『契約アプリ』。

 そして所持金を自由に送金、受取が出来る『所持金管理アプリ』。


 主にゲームで使うのはこの三つだろう。

 他には一般流通しているスマホにもあるようなカメラ機能や画像・動画編集アプリ、メモ機能などがある。


 初期設定で入っているアプリ以外はインストール出来ないらしい。なぜなら…ここではインターネットが使えないからだ。


「マジで地獄だよな…どうすんだこれから…」


 俺は枕に顔を埋めて文句を垂れる。

 動画投稿サイトでお気に入りの音楽を聴いて暇を潰す事も出来ないし、エロ漫画も読めない。

 それどころか検索エンジンにすらアクセス出来ない。

 年頃の高校生にネットを使わせる気のないこの学校は間違いなく地獄だ。


 俺達は完全に外の世界から隔離された。


 暇すぎて死んでしまう者も現れるのではないか、そんなくだらないことを考えながら眠りに落ちようとしていた時だった。


 スマホからコール音が響く。電話が掛かってきたらしい。

 慌てて画面を見ると、そこには『非通知設定』と表示されていた。

 俺は考えなしに応答ボタンをタップしてしまう。

数刻、無音だった。


「誰だ」


 俺は意を決し、電話の向こうの主に尋ねる。


「……鹿羽巡…だな?」


 その声は、よくあるデスゲームの主催者のような、犯罪者がインタビューを受ける映像で流れるような、何重にも加工された機械的な低音だった。


「………誰だ、と聞いている」


 電話の主に俺は強気な姿勢で攻める。得体の知れない奴に弱みを見せる訳にはいかない。俺は汗ばむ左手を握りしめて回答を待つ。


「なぜ私が非通知で電話を掛けているのか、分からないか?」

「……正体を知られたくないからだろ。そんなに後ろめたい事でもあるのか?」

「いいや、そうではない」

「なら、仮の名を名乗れ。こちらとしてもお前の事を「お前」と呼び続けるのは申し訳ない気もするのでね」

「…………ベガだ」


 ボソリと呟くような声が聞こえる。


「ベガ?」

「私の事は今後もそう呼べ」

「…分かった。今後があるかはお前の態度次第だがな」

「……お前、とは呼ばれたくないな」

「悪いな、ベガ」


 俺は軽く笑うフリをする。洋画のようなやり取りに胸を高鳴らせながらも、頭の中は不安の二文字で支配されていく。


「……無駄話をしている時間は無い。私は君みたいな奴に時間を割くほど暇ではないのだ」

「どういうことだ?」

「君達はどうやら『不作』らしいね」


 俺はその言葉を聞いて顔をしかめる。今日、何度も聞いた言葉だ。


「……そんな事を言われても俺には答えようもないが」

「まあ、当たり前だな。君達自身は自分が優秀だと思い込んでこの学校に来ているはずだ」

「………『不作』とはどういう意味だ」


 俺は気になっていた事を素直に尋ねる。


「そのままの意味さ。今年の1年は出来が悪い」

「…何?」

「この恋命高校の入学試験の合格ボーダーラインについては知っているな?」

「ああ…1000点満点の教科試験で得点900点以上…だったな」

「その通りだ。今年入学した1年生の平均点は922点。過去最低である上にパーフェクトプレイヤーがいない」

「パーフェクトプレイヤー…?」

「入試で満点を取った学生の事だよ。入学したら色々と優遇されるのさ。毎年1人は出るんだけどね、開校4年目でその記録は途絶えた」

「……そんな事、俺には関係無いだろ。学校の勝手な見栄の為に俺はココの生徒になったんじゃない」


「いいや、おかしいんだよ。君が入学しているのは」

「は?」


 俺は思考が停止する。ベガの言う事を理解しようとするが、出来ない。


「おいベガ、お前は何が言いたい?」

「……君は入学条件を満たしていない。それ故に、私は君に興味がある」

「俺が、入学条件を満たしていない…? どうしてお前にそんな事が分かる?」

「私は学校のあらゆる資料に目を通すことが可能な立場なのでね。入学試験の結果も丸分かりなんだよ…そして、君の得点は899点。合格には、あと1点足りなかった」

「…学校側がお情けで入れてくれたのか?」


 俺は乾いた笑いを零す。ベガから伝えられた事実とも分からない情報に俺は動揺していた。俺は…不合格だったのか?


「お情け…か。そんな可愛い理由だったら良かったな。君はただの数合わせさ」

「数合わせだと…?」

「この学校は新入生を最低20人は入学させないと採算が取れないらしくてね、今年の合格者は23名。その内、入学を決めたのは19名。一人足りなかったんだよ」

「おい…色々と言いたい事は山ほどあるが…この学校のシステムなら生徒を入学させればさせるだけ赤字になるはずだ。学費は無料だしゲームの報酬だって…採算が取れないとはどういう事だ?」

「…………それは自分で考えろ」


 ここまで憎たらしくも親切に答えていたベガは、突然俺を突き放すような口調になる。


「はぁ? 俺の質問に答えないなら切るぞ」

「……君は幻の20人目、この学校のイレギュラーだ」

「だからなんだよ。要は…俺が出来損ないって事だろうが」


 俺は吐き捨てるように言う。自分で自分を貶める言葉を使いたくはなかったが、ベガの言う事が事実であるなら俺はこの学校の落ちこぼれだ。


「そう拗ねるな。私は君に期待しているんだよ」

「……何を言うかと思えば…」

「また連絡する」

「あっ…おい!」


 通話は終了した。何も分からないまま一方的に切られた。通話履歴には何も表示されていない。俺はもう考えるだけの力が残っていなかった。


「…今度こそ、寝よう」


 俺はベッドに沈み込んだ。


〈プレイヤー「鹿羽巡」/4月7日(ゲーム終了まで146日)/所持金50000円〉

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