第5話 この学校で生きるということ
玄関を出て学生寮へと向かう道で、美瑠々が口を開いた。
「メグル…どう思う?」
「どうって……何が?」
「……このゲームについて」
美瑠々は足を止める。俺は彼女の方に振り返った。彼女の顔には不安の色が滲んでいた。
「俺は…チャンスだと思ってるよ」
「チャンス…?」
「短期間で楽に大金が手に入る。自分の身体を売ったり、危険な目に遭ったりせずとも稼げることを学校側が保証してくれてるんだ。こんなに美味い話は無いだろ」
俺は毅然とした態度で答える。美瑠々は目を伏せた。
「やっぱり……借金を返すつもりなの?」
彼女の言葉に俺は息を詰まらせた。
「……相続したんだから仕方ないだろ。それに…楓には辛い思いをさせたくない」
「メグル……」
夕暮れ時の太陽が二人を橙色に染める。俺は再び歩き出した。
「待って…!」
美瑠々が俺の右手を掴んだ。
「…なんだよ」
「私…協力する…から」
消え入りそうな声で彼女は言葉を紡ぐ。
「……もうお前に迷惑は掛けられない。いい加減、自分の人生を歩んでくれよ」
俺は彼女の手を振り払う。
「嫌だ。メグルが笑顔でいてくれなきゃ、私の人生なんて意味無いよ」
彼女は真剣な眼差しを俺に向けていた。誰も居ない通学路で、桜の花びらが舞い散る。
「重い奴だな…本当に…」
俺は不器用に笑う。それを見て美瑠々は困ったように笑った。
「それが私の取り柄だから」
「……そうかよ」
俺達は並んで歩いていく。新たな居場所へと向かって。
「じゃあ、またね…メグル。明日は、学校で」
「ああ、おやすみ」
俺は学生寮の玄関で美瑠々と別れた。彼女は女子棟の方へと歩いていく。俺は指定された自分の部屋へと向かった。
「104号室…ここだな」
ビジネスホテルのように豪華な内装の廊下を進んだ先に、その部屋はあった。
ドアにスマホをかざすとガチャリという音を発して開錠された。扉を開けると、そこには六畳ほどの広さのシングルルームがあった。
床には灰色のカーペットが敷かれており、白いベッドの傍には窓とデスクがある。室内にはユニットバスが付いていて暮らすには申し分ない。学生一人が住むには贅沢過ぎるような気もする。これで一日三食付き、家賃・生活費無料なのだからどうかしている。
この恋命高校は恋愛教育カリキュラムに人気があるのもそうだが、高等教育で初めての学費完全無償化を実現した高校なのだ。加えて完全寮制でその入寮料や生活費も無料。そのため、受験希望者は膨大な数になる。ただ、高校生活の三年間を学内で過ごすことが義務付けられているため、自由を欲する若者たちは受験を渋ってしまうらしいが。
俺はベッドに横になる。自然と深い溜め息が零れた。
今日は散々な入学式で、思いの他疲れてしまったらしい。我が強すぎるクラスメイトに、腹の底が知れない担任教師、そして…混沌を極めるであろう、欲望のゲーム。
俺は身体を起こして鞄からルールブックを取り出した。まだ読めていない箇所があったはずだ。俺は今後の作戦を立てるため、説明を読み込んでいく。
「俺は…勝たなきゃならない……絶対に」