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第4話 欲望の発現

「それでは皆さん、ルールブックを開いてください」


 瀬野先生の呼びかけに従って生徒達は配布された冊子のページをめくる。

 『汝は恋人なりや?(1年前期)』と書かれたページが顔を出す。その下には【概要説明】と記載されており、ズラリと膨大な量の文字が並んでいる。


「冊子に書かれている内容を掻い摘んで、簡単にゲームの説明をしますね」


 瀬野先生はそう言うと黒板にチョークで文字を書きはじめる。


「このゲームは4月から8月末までの5ヶ月間に渡って行われます。その期間中は賞金を得るチャンスが皆さんに与えられます」

「賞金…!?」


 その誘惑的な単語に数名の生徒が反応する。


「はい、今後は報酬と表現しますが…お金を獲得できる人狼ゲームと考えてくだされば結構です」

「……学校で金のやり取りかよ…法律的に大丈夫なのか?」


 俺が独り言を呟くと、瀬野先生がこちらを向いて微笑む。


「この学校は研究機関でもありますから、特別措置が適応されているので問題ありません。それに…お金の稼ぎ方、増やし方、扱い方を覚えるというのはとても大事なコトです。社会に出る前から学んでおくことで今後の人生に生かすことが出来ますから。これも勉強ですよ、鹿羽君」

「わ、かりました…」


 俺は俯いて返答した。先生は説明を続ける。


「このゲームは人狼を元にしているとは言いましたが、決定的に異なる点が一つ存在します」

「異なる点?」

「それは…役職を自分で選択できる、という事です。例外はありますが」

「はぁ? そんな事したらゲームバランス崩れまくるじゃないスか」


 金髪のチャラ男が意見を述べる。…意外と頭は回るようだ。


「ふふふ、それは問題ありません。このゲームでは《正直者》、《裏切者》、《支配者》の三陣営が戦います。皆さんの役職選択によっては二陣営対決になる事もありますけどね~」


 瀬野先生は黒板に陣営と役職についての説明を素早く書いていく。


「このゲームは人狼が誰かを殺せるとか、村人は無能力だとか、そんな能力の不公平さはありません。誰かを好きになる、もしくは役職選択で平等に報酬を得るための能力が与えられるのです」

「その…役職…というのは…?」


 美瑠々が声を震わせながら質問をする。


「このゲームでは恋愛に関する役職が選択できます。【遊び人】、【略奪者】、【下僕】などなど…種類が多いので各役職に関する説明は各々で確認してください!」


 瀬野先生がそう言うと、クラスの全員がルールブックに目を通し始める。


「せんせー! アタシの役職【薄情者】ってスマホに表示されてるんですけど~ヒドくない?」


 榊原がスマホを掲げて画面を皆に見せびらかしている。確かに彼女のスマホの画面には【薄情者】と表示されていた。


「ちょちょちょっと…榊原さん! スマホはあまり他の人に見せないでくださいね!」

「ええ~?」


 慌てた様子で榊原のスマホを伏せる瀬野先生と不満げな顔をして席に座る榊原。俺は瀬野先生の行動に違和感を覚えた。


「…コホン。中には他人に自分の役職を知られたら敗北するという条件の役職もありますので、迂闊にスマホを見せびらかさないように! 【薄情者】の場合は問題ありませんが…」


 瀬野先生はハンカチで額の汗をぬぐいながら皆に注意を呼び掛ける。


「それで…初期設定ではほぼ全員が【薄情者】なんですよね? でも…そのままだとマズイらしいじゃないですか」


 さっき俺に話し掛けてきた感じの悪い隣の男子がルールブック片手に質問をする。


「そうなんですよ~…役職が【薄情者】、つまり好きな人が居ない、恋愛をする気がない人は報酬を得るチャンスが無いのです」


 瀬野先生はショボンと項垂れて返答をする。


「…誰かを好きになれば役職選択の幅が広がる…ルールブックにはそう書いてありますね」


 クールな男子がそう呟くと、瀬野先生は顔を明るくした。


「その通り! 皆さんには積極的に恋愛をしてもらいたいのです! 報酬と絡めて恋愛意欲を高める…それがこのゲームの狙いです!」


 瀬野先生は教卓の上にあるノートパソコンを開くと素早く操作を行う。その直後、スマホに通知が届く。


〈5万円が配布されました。『所持金管理アプリ』にて所持金ページをご覧ください〉


「…マジかよ」


 俺はスマホを操作して『所持金管理アプリ』を開く。そこには所持金50000円と表示されていた。

 クラスが一斉にざわつき始める。


「臨時収入じゃん! やった~!」


 そんな呑気な事を言っている生徒もいるがルールブックを読んだ後では素直に喜べない。


「盛り上がってるところ悪いんですけど、このお金はゲームが終了するまで使えないんです」

「ハァ~!? 詐欺じゃん!」


 元気な生徒達がギャーギャーと騒ぎ始める。やはりお金が絡むと碌なことがない。


「このお金はちゃんと価値のあるお金です。ゲーム中は貯金をしているものだと考えてください。ゲームが終了すれば現金として引き出せますからご安心を」


 瀬野先生の言葉に多くの生徒が生唾を飲んだ。俺達は学校に通いながら金を得るチャンスが与えられている。それはジクジクと欲望を掻き立てていく毒のようなものだった。


「……ちなみに、去年の1年前期のゲーム結果についてお伝えすると…平均獲得報酬額は650万円です」

「ハァ!?」


 教室内は異様な空気に包まれる。高校生において、その金額は膨大なものだった。いや、社会人においても大金であることには変わりない。高校生が…たった5ヶ月でそんな大金を稼げるというのか…?


「さあ皆さん、やる気は出てきましたか?」


 瀬野先生は笑う。クラスの皆の目付きは明らかに先程とは違う。獲物を狙う、恐ろしい肉食動物のようだった。


「…では最後に役職勝利と陣営勝利の条件についてお伝えしておきます」


 瀬野先生は黒板に補足を書き込んでいく。


「役職勝利というのは自身が選択した役職の勝利条件を満たした場合の事を指します。役職勝利の結果、得られるものは役職によって異なります。きちんと後で確認しておくように」


 つまり役職勝利というのは個人勝利とも言い換えられるということか…俺はルールブックにメモを書き込んでいく。


「先程は三陣営で戦うと言いましたが…それがこの陣営勝利に関係します。役職によって陣営が決められており、【遊び人】【純情】【相談者】が《正直者》陣営。【略奪者】【浮気者】が《裏切者》陣営。【王様】【下僕】【革命者】が《支配者》陣営です。《支配者》陣営についてはルールが複雑なので各自ルールブックを確認してください」


 どうやらかなり難解なゲームらしいな…情報量が多過ぎて頭に入ってこない。部屋に行ってから確認するとしよう。


「陣営勝利の称号は、陣営内で役職勝利をしたプレイヤーの割合が多い陣営に与えられます。陣営勝利をすると、所属プレイヤーは特別ボーナスを受け取れますので頑張ってくださいね~」


 このゲームは個人戦であり、団体戦でもある…という事らしい。

 まぁ…役職説明の詳細を見る限り、陣営勝利は狙わなくても良いような気がする。しかし、特別ボーナスの内容が明かされていない以上、そう言い切る事もできない…か。


「これで説明は以上です! 質問については後で個別に受け付けますので、何かあれば職員室の私の机に来てくださいね~」


 瀬野先生は一礼すると教室を出て行こうとする。


「ちょっと! もしかして、これで終わり…? 入学式って…」


 榊原が目を見開いて声を出す。


「不作の皆さんには長ったらしい激励の言葉も名前の読み上げも要らないでしょう?」

「どういう意味よ!」


 榊原は怒りを滲ませて声を張り上げる。それを無視して瀬野先生は思い出したように言葉を紡ぐ。


「あ、そうそう。ちなみに入学式が終わった今この瞬間からゲームスタートで~す! 明日はオリエンテーションがありますので今日は学生寮でゆっくり休んでくださ~い」


 瀬野先生は手をヒラヒラと揺らすと教室を出て行った。

 教室内は静まり返った。入学式が始まる前の喧騒が嘘のように。


「…なんだよ、あの教師。俺達を舐めやがって!」


 ガタイの良い強面の男子が机を蹴り飛ばす。ドガッと大きな音を立てて机は教卓にぶつかった。


「落ち着いてください…従わないと、退学になってしまうのですから」


 先程瀬野先生に注意を受けたお嬢様女子が肩を震わせて、強面の男子を宥める。


「と、取り敢えず今日はお開きにしようか! じゃあ皆、また明日!」


 東という爽やかな海パン男子が声を掛けるとクラスメイト達は散り散りになっていく。


「メグル…行こう?」

「ああ…そうだな…」


 俺は美瑠々と一緒に教室を出る。玄関に着くまで、俺達は口を開かなかった。

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