第3話 恋愛教育
「この恋命高校は『少子化対策プロジェクト』の一環として三年前に新設されたばかりの恋愛教育機関です。若者に正しい恋愛を実践的に学ばせることで日本の婚姻率、出生率を上げる事を目的としています」
担任教師の瀬野先生は笑顔でこの学校の概要を説明する。少し気が強そうな美人系の女子生徒が手を挙げる。
「それは学校説明会の時点で聞いていますが…具体的な実践というのが『ゲーム』…という事なんですか?」
「はい、その通りです! 皆さんには恋愛、ビジネス…あらゆる人生のリアルを体験して経験豊富な社会人になってもらいたい…その思いから考案されたのが『汝は恋人なりや?』というゲームなんです」
「……《汝は人狼なりや?》を元にしてるのか?」
教卓の前の席に座るクールな雰囲気を纏った男子がボソリと呟く。瀬野先生はゆっくりと頷いた。
「村人と人狼に分かれて敵陣営を暴き、プレイヤーを追放していく高度な駆け引きの推理ゲームですね! この学校で行われるゲームにはそこに恋愛要素が足されるんです。なんたって恋愛を学ぶ学校ですから!」
瀬野先生はフフンと鼻を鳴らすと、クラスの生徒達に冊子を配り始める。
配られた冊子を手に取ると、意外な重さに驚く。一番後ろの厚紙のページに一台のスマートフォンが固定されている。
「はい、皆さん! ルールブックの配布が終わりました。厚紙に取り付けられているスマホを取り外してください」
瀬野先生の指示でクラスの全員が一斉にスマホを弄り出す。中には目を輝かせながら端末を天に掲げている生徒もいた。俺は配布されたスマホの電源を入れてみる。
〈ようこそ、鹿羽巡さん。脳波測定器を取り付けてください〉
画面に表示された文言に俺は困惑していた。自分の名前が既に登録されている上に、よく分からない指示が出されている。
「せんせぇ~脳波測定器って何なんスか~?」
金髪のチャラ男がユラユラと手を振りながら瀬野先生に尋ねる。
「皆さんの脳波を測る機械のことですよ~スマホが取り付けられていたページに白い六角形の板がありますね? それを取り外して自分の額の左側に取り付けてください。ほら、こんな感じに」
瀬野先生は六角形の薄い板をポケットから取り出すと自身の額に張り付けた。その六角形の物体には点々と青い光が灯り、何かしらの動作をしているようだ。その様子を見た生徒たちは不安の声を漏らし始める。
「な、なにこの機械…なんか怖いんですけど…」
「電気でビリビリッてなりそう」
「思想がコントロールされたりするのかな…? ウィーンウイーン」
思い思いに声を上げる生徒達に、瀬野先生は優しく声を掛ける。
「大丈夫ですよ~これは皆さんの脳の状態を測る機械で、医療機器をゲーム用に転用した物なので安全です!」
「…私はこんなダッサイ機械なんて付けたくないのですけど」
目鼻立ちがはっきりした顔立ちのお嬢様らしい雰囲気を醸し出している女子生徒は文句を垂れる。
「うーむ…これを付けてもらわないとゲームに参加できないので指示には従っていただきたいのですが…」
瀬野先生はオドオドとしながら反抗した彼女に声を掛ける。
「それに、勝手に脳波を測って良く分からないゲームに参加させるなんて…人権侵害じゃありませんこと?」
毅然とした態度で彼女は譲らない姿勢を見せる。その様子を見て瀬野先生は深く息を吐いた。
「………教師の指示に従わないのであれば退学してもらうことになりますが」
「なんですって…?」
瀬野先生の言葉に教室は静まり返る。
「入学同意書および入寮誓約書に記載してあったと思いますが…指導者と管理者の指示に従えない者は即刻退学とする、と」
「お、お父様からはそんなこと聞いていないわ!」
「自分自身に関する書類はちゃんと自分で目を通しましょうね? いつまでも保護者任せでは成長できませんから」
瀬野先生は目を細めて笑う。悪態をついた彼女は顔を青ざめさせて俯いてしまった。
「さて、皆さんも脳波測定器を付けてください」
先生の指示に従って生徒達は機械を付けていく。俺もその機械を手に取ってみた。素材は形状記憶合金のようだ。誰の額にでもフィットするように、という事で作られているのだろう。額に取り付けるとスマホの画面が切り替わる。
〈脳波チェック実行中……想い人なし、現在の役職は【薄情者】です〉
「…なに、これ」
俺の後ろから震えた声が聞こえてくる。チラリと後ろを見ると美瑠々がスマホを凝視しては真っ赤な顔を晒していた。
「は~い! それではスマホの画面が切り替わりましたね?」
瀬野先生が生徒の皆に声を掛けると、色んな所から困惑の声が上がる。
「想い人って何よ? てか勝手に脳波チェックとかされたんですけど~」
榊原がボヤくと、待ってましたと言わんばかりに瀬野先生が目を輝かせて元気に答える。
「この脳波測定器は皆さんの好きな人をチェックする為の機械なんです! 人は恋をする時、恋愛感情を持った相手に対して特殊な反応を示すのです。ドーパミンの分泌量を測定することで自分の好きな人…つまり〈想い人〉が客観的にデータとして示されま~す!」
「「「はぁ~~~!?」」」
クラスの皆が一斉に声を上げる。俺は呆れて声も出せなかったが…
「この機械付けると好きな人がバレんの!?」
「プライバシーの侵害だぁ!」
「最悪~もう外していい?」
「てか好きな人が分かるとかホントかよ? うさんくせ~」
クラス中でブーイングが飛び交っている。
「何度も実験を繰り返して、脳波から正確な情報を読み取るように機械は開発されています。現代の技術は凄いのですよ?」
瀬野先生は悪戯な笑みを浮かべる。
「でも…この機械とゲームに何の関係があるんですか?」
教室に入るときに声を掛けてきたメガネの女子が質問をする。
「言ったでしょう? これは人狼ゲームと恋愛を掛け合わせたゲームであると。好きになった相手、恋の仕方によってこのゲームは勝敗を分けるのです」
瀬野先生は手元の冊子を開いた。