第1話 君たちはエリートなのか?
桜の花びらが舞い散るうららかな春の日。
俺は漆黒の学ランに身を包み、丁寧に舗装されたコンクリートの道を踏みしめていた。
恋命高等学校と書かれた立派な門を通り抜けて学生玄関へと向かう。
目的地に辿り着けば、この学校の生徒と思しき若人達が言葉を交わし合いながら校内へと入っていく様子が見えた。
俺は玄関入り口に飾られている『入学式』と書かれた立看板をぼんやりと眺めていた。
「入らないんですか? 新入生クン」
背後から声を掛けられる。俺が振り返れば、そこには見知った顔があった。
「美瑠々か…今まさに入ろうとしてたところだよ」
「え~? 私には何か迷ってるようにも見えたけど。ねぇ、メグル?」
美瑠々は桃色の瞳を細めてジッと俺を見つめている。銀色の艶やかな長髪が春風に揺れた。淡い藍色のセーラー服を身に纏った彼女は、紛れもなく美しい少女だった。
彼女の名前は白ノ江美瑠々。俺の幼馴染だ。腐れ縁というやつなのか、高校も同じ所に通う事になったらしい。
「…思ったよりも校舎がデカくて気後れしてたんだよ」
「だーかーら! 学校説明会には行きなさいって何度も言ったのに! 説明会にも出ないで受験するとか…流石の私でも呆れますよ?」
美瑠々は眉を下げて俺の顔を覗き込んでくる。俺は咄嗟に目を逸らした。
「……どうせ選択肢は無かったんだ。この学校に入る以外には」
「メグル…」
悲しげな表情をした彼女を追い抜いて玄関へと入っていく。
靴を履き替えて廊下を進み、『一年教室』と書かれた札が掛かっているドアの前で立ち止まった。
「ちょっとメグル! 置いて行かないでよー!」
後ろから小走りで追いかけてきた美瑠々に追突される。
「イッタいな…加減っていうものを知らないのか、お前は」
「私は急に止まれないんです~」
「4トントラックかよ」
「なっ…! 私の体重は45キロですよ! おおよそ89分の1だし!」
「ふ~ん、それ言って良かったのか?」
「あっ…しまった!」
美瑠々は顔を真っ赤にして汗をダラダラと流している。勢いに任せてなんでも喋ってしまう癖は今も治っていないようだ。
「おーい…そこのラブラブなお二人さん、そこで立ち話をされると教室に入れないんだが」
後ろからメガネを掛けた女子生徒に話し掛けられた。彼女は中々に高身長で170cm以上はあるだろう。俺達を見下ろす堂々とした立ち姿に威圧感を覚える。
髪は栗色で緩くカーブを描いているお陰で、柔らかい雰囲気も併せ持っているため怖くは無いが、なんだか大人っぽい印象を受けた。
「す、すみません…ドア、開けますね!」
メガネの彼女に気圧された美瑠々は勢いよく教室のドアを開ける。その先にあった光景は、想像とは少し異なった世界だった。
「あ! また可愛い女子が来たぞ! うっひょぉ~!」
金髪のイケメン男子がこちらを見てガッツポーズをしている。耳には数えきれないほどにピアスを付けていて、いかにもチャラそうな男だ。
「ホントだ~ねぇねぇ! 化粧水何使ってんの?」
茶髪のツインテールギャルが椅子から立ち上がり、美瑠々の目の前まで来て彼女の顔をガン見している。
「え、えっと…その…」
美瑠々は俺に助けを求めるように視線を向けてくる。
「悪いな、コイツは人見知りで…初対面の人に話し掛けられると固まっちまうんだ。適度な距離を保ってくれると嬉しい」
「あれま、そうなの? 突然ごめんね~あんまりにも可愛かったからさ」
茶髪の女子は八重歯を見せて元気に笑うと一歩後ろに下がった。美瑠々は完全に委縮して俺の制服の裾を掴んでいる。
「コイツは白ノ江美瑠々。俺は鹿羽巡。よろしくな」
俺は手短に自己紹介を済ませる。美瑠々は俺の背中に隠れながら軽く会釈をした。
「おっけ~ミルルちゃんにメグル君ね! アタシは榊原梨恩っていいまーす! 対よろ~!」
榊原と名乗る女子は今流行りのギャルピースを俺達にお見舞いすると、自分の席へと戻っていった。
俺は戸惑いながら教室内を見回す。
教室の作りはごく一般的なもので、木目の床タイルに白い壁と簡素で清潔感のある内装だ。外観が豪華だったのもあり、教室が普通だったことに少しばかり落胆していた。
まあ、その教室に居座っている少年少女たちは明らかに普通ではなかったのだが。
机の上に足を上げてフーセンガムを膨らませているボーイッシュな女子に、ひたすら素数を数えている猫背男子。
ガリガリと不快な音を立てながらスケッチブックに絵を描いている不気味な女子に、教室の空きスペースで縄跳びをしている小柄な男子。
まさに無法地帯だった。
俺の目には不良たちの集まりにしか見えなかった。けれど、それは違うはずなのだ。
この恋命高校は入学試験の合格倍率が100倍にもなるという超難関校である。
狭き門をくぐり抜け、入学するのはそれこそ「エリート」と呼ばれる人種だ。
その…はずなのだが…
「なんで…こんな奴らばっかりなんだよ…?」
俺は教室のドアの前で頭を抱えていた。