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第11話 魔女裁判

 オリエンテーションを終えた次の日。

 朝日が差し込む1年教室、午前7時30分。そこで「それ」は起こった。


「それで…荒谷あらたに君。こんな時間に皆を呼び出した理由を教えてもらいましょうか」


 優等生らしい雰囲気を纏った女子は、荒谷という胡散臭い笑顔を振りまいている男子を睨みつけていた。


「皆に集まってもらったのは他でもない。『汝は恋人なりや?』に関する事で相談したい事があったからさ」


 教卓台に立ちながら話す彼は荒谷高丸あらたにたかまると名乗った。入学初日に隣の席から話し掛けてきた気に食わないヤツだ。


 昨日の夜、クラスメイト全員宛に荒谷からメールが届けられていた。それは今日の朝にクラス全員で話し合いがしたいという旨の内容だった。その為、俺たちはこうして教室に集まっている。


「おいおい…このゲームって裏でコソコソやるもんだろ? 俺達は役職によっては敵同士だし、誰が味方かも分からないんだぜ。クラスメイト全員で集まって話すことなんてねぇよ」


 強面のガタイの良い男子がぶっきらぼうに言葉を掛ける。それを聞いた荒谷は狐のような細い瞳を俺達に向けて口角を上げる。


「いや、俺達には共通の敵がいる。ソイツを倒すために、クラスの皆で協力したいんだよ」


「共通の敵…?」


 俺がボソリと呟くと、荒谷は得意げにブロンドヘアーの癖毛を指先で流しながら答えた。


「【王様】のプレイヤーだよ」


 彼の言葉に教室はざわめく。【王様】はゲームの役職の一つで、ゲーム開始時点でクラスの中からランダムで1名選出されている特殊役職だ。荒谷は演説を続ける。


「【王様】は他の役職とは違って、桁違いな大金を得る方法があるんだ」


「《裏切者》陣営のプレイヤーを退学させると……1000万円の報酬が貰えるんだっけ」


 ギャルの榊原が浮かない顔をしながらルールブックを見つめて呟く。


「そうさ。このクラスで唯一の危険因子は【王様】だ。クラスメイトを一人退学させるだけで1000万だよ? 金に目が眩めば、あらゆる手段を使って俺達を退学に追い込もうとしてくるかもしれない。そんなヤツを野放しにして良いのか?」


 荒谷は真剣に重苦しいトーンで俺達に語り掛けてくる。クラスメイト達はお互いに不安な表情を見せながら顔を見合わせていた。


「まあ、普通に考えたら嫌だよな」

「お金を得るために誰彼構わず退学にさせようと企んでるかもしれないし…」


 クラス内では【王様】を批判する声が多く上がっている。


「で、でも…【王様】になった人って完全に運だし……私達に危害を加えるかもしれないって憶測だけで仲間外れにするのは可哀想だと思うんだ」


 白髪ショートヘアーの小柄な女子が控えめに手を挙げて発言する。


「ウチも同意見。【王様】が報酬を貰えるのは《裏切者》陣営のプレイヤーを退学させた時だけだし、そんな無暗にクラスメイトを退学させようなんて思ってないんじゃないの?」


 黒髪のボーイッシュな女子が怠そうに手を挙げては白髪の女子と目を合わせていた。


「ふーん…そうか。これで炙り出せたね。御代帆乃みしろほの玉木薫たまきかおる…お前らのどちらかが【王様】だろ」


 荒谷は表情を変えてそう言った。まただ…普段の飄々とした雰囲気からは一変、声のトーンは酷く暗く、顔には影が落ちている。彼の二面性に、反対意見を発言した女子二人は動揺している様子だった。


「はぁ!? なんでそうなる!?」


 ボーイッシュ女子こと玉木は血相を変えて反論する。荒谷は余裕の表情で二人を追い詰めていく。


「この提案に反対して得するのは《支配者》陣営のプレイヤーだけなんだよ。【王様】の存在はクラスにとってデメリットが大き過ぎる。他のプレイヤーを退学にさせる事で得する…そんな攻撃的な役職なんて【王様】しかいないんだ」


「だけど…っ! それをするかはその人次第だよ…!? 【王様】の人は誰かを退学にさせようなんて思ってないかもしれない!」


 白髪の女子が精一杯に声を張り上げている。彼女は息を切らしながら荒谷を睨みつけていた。


「ほーう? あくまで自分は【王様】じゃないと。他のプレイヤーが【王様】で、その人の為に言っているんだ! って主張したいのかな? 演技が上手だねぇ」


 荒谷はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべる。


 こうなっては埒が明かない。荒谷はクラスにとって有益な提案をしつつ、自分の脅威を減らしたいという合理的な考えを主張している。


 しかし、荒谷に反対した二人の女子は、理不尽に【王様】になったプレイヤーを一方的に貶めるのは可哀想であるという感情論で反論している。


「いいや、そんな感情論は意味がない。事実、【王様】の存在は俺達が学校生活を送る上での不安要素でしかない。いつ【王様】が自分の欲の為に動き出すか分からないし、クラス全体へのリスクも大きい」


 クールな雰囲気を纏った男子が毅然とした態度で議論に割って入ってくる。


「それは……そうかもしれない。でも、今…皆がやろうとしてる事だって同じでしょ。【王様】を退学させて、自分たちが安全に金を稼ぐために良い環境を作ろうって言ってる。自分の欲の為に他人を犠牲にしようとしてる。【王様】の子からしたらこのクラス全員が敵でしかないじゃん!」


 玉木は唇を噛み締めながら声を張り上げる。それは悲痛な叫びにも思えた。教室は静まり返る。荒谷は一瞬、たじろいだが咳払いを一つすると言葉を紡いでいく。


「俺の提案は、ゲーム序盤の内に【王様】のプレイヤーを退学させることだよ。【王様】はゲームが進むほどに有利になっていく。【下僕】を従わせる可能性だってある。この問題を先送りにするほど《支配者》陣営が得をして、俺達が金を稼ぐための弊害になるだけだし」


「金稼ぎの為に【王様】の子の人生を崩壊させても良いって言ってるの!? この学校を退学になったらどこの高校にも編入できないのに!」


「うるさい…! そんなの俺達も同じだろ! 【王様】のせいでこのクラスから何人もの退学者が出るかもしれないんだ! 【王様】をこのクラスに残しておくだけで大勢の人生が終わる可能性があるんだよ! 俺は皆のために言ってるんだ!」


 玉木と荒谷が掴み合いになりながらお互いの思いをぶちまけていた。周りのクラスメイト達は必死に二人を止めようとしているが、お互いの身体を引き剥がしても言い合いが終わる事は無かった。


「じゃあ、クラス全員で《正直者》陣営になればいい」


 俺の言葉にクラスは静まり返った。

 視線が俺に集中する。そんな中、クラスの男子に抑えられていた荒谷が半笑いで俺に話し掛けてきた。


「鹿羽君さぁ…そんな理想論が通用すると思うかい?」


「コレはただの提案だ。【王様】が金を得る事ができるのは「《裏切者》陣営のプレイヤー」を退学させた時だけ。クラス全員が《正直者》陣営なら退学させる意味がない。平和にゲームを進めるならコレが一番だと思うが」


「ふはは…実にシンプルな理論だね。そんな事は俺も考えたさ、でもそれはできないんだよ。人間には汚い欲がある。俺は予想している…必ず、《裏切者》陣営の役職を選択するプレイヤーが現れる……いや、既にいるんじゃないかとね」


 荒谷は額に汗を滲ませながら声を絞り出していた。彼の言葉の真意は、俺も汲み取っている。


 《裏切者》陣営の役職は《正直者》陣営の役職に比べ、報酬額が多いのだ。また、立ち回りによっては短期間で大金を稼ぐことが出来る能力を持っている。その点、《正直者》陣営の役職は金稼ぎの能力としては弱く、報酬の期待値は低い。


 だからこそ荒谷はクラス全員《正直者》陣営で役職を固めることを『理想論』と表現したのだ。金が欲しい奴は必然的に《裏切者》陣営の役職を選ぶ……いや、選んでしまうからだ。


だから荒谷は、クラスの中に【王様】を脅威だと感じているプレイヤーがいると考えた。【王様】を退学させたいと考えている仲間がいるんじゃないかと、そう思い至って大々的にクラスで提案をしたのだろう。


だがそれは悪手でしかなかった。俺を一つの答えへと導いてしまったからだ。俺は荒谷の方を向いて口を開く。


「なぁ、荒谷。俺は今日の集まりで三つの可能性を考えたよ」


「三つの…可能性?」


 荒谷は声を震わせながら俺の声に反応する。


「一つは…荒谷がクラスの為を思い、皆が自由に役職選択をできるように【王様】という不安要素を排除したいという願望による提案だった、ということ。しかし、俺はお前がそんなに綺麗な心の持ち主だとは思っていない。今までの言動から性格の悪さが滲み出てるしな」


「はっ…酷い言い草だね、鹿羽君」


 荒谷は余裕の笑みを浮かべている。


「二つ、荒谷自身が【王様】でありながら、【王様】を探すフリをすることで自身の役職を隠そうとした、ということ。しかし、これはゲーム序盤から【王様】を意識させるメリットが無いから現実的でない。【王様】探しが始まれば役職がバレるのは時間の問題だからだ」


 荒谷は顔を伏せた。


「そして三つ…それは荒谷が既に《裏切者》陣営の役職を選択しているため、早い段階で唯一の脅威である【王様】を排除しなければならかった、ということ」


 俺がそう言うと荒谷はピクリと身体を揺らした。俺は仮説をつらつらと述べていく。


「荒谷、お前は【王様】がクラスメイトを退学させて大金を得る悪者であるという印象操作をして、まだ役職選択をしていないプレイヤーも含めて【王様】にヘイトを向けさせようとした。そして、この集まりは《裏切者》陣営の仲間を募る、あるいは自身が《裏切者》であるというアピールをするためだったんじゃないか?」


 俺が語っている間、教室は静寂に包まれていた。そしてその静寂はかき消された。そう、彼によって。


「ハッハッハッハ! 仕方ないなぁ~だーいせーかぁい! 俺は《裏切者》陣営だよ! でも、だからなんだって言うのさ?」


 荒谷が目を見開いて高笑いを上げる。三白眼がギョロギョロと動き、長い舌が唇からはみ出ていた。


「陣営がバレたからといって、俺は何のダメージも無いんだよ! 【王様】はどうやって俺を退学にさせるのかな? 俺は【王様】の指摘を失敗して退学……なんて無様なプレイングはしないからさぁ! ハッハハハハハハァ!」


 狂ったような笑い声が教室内に木霊する。荒谷は教卓の上に登ってしゃがみ込み、身を乗り出して俺達の目線に合わせる。


「俺の仲間になりたい方はいつでも相談に乗りますよぉ~俺にはとっておきの作戦があるからさぁ」


「……アンタみたいな嘘つきの仲間になる奴なんている訳ないでしょ」


 玉木が荒谷を睨みつけてドスの利いた声を出した。荒谷は何も言わず、不気味な笑みを俺達に向けると自身の席へと戻っていった。


 その時、教室のドアが開く。


「みなさ~ん、おはようごさいまーす…ってあれ? どうしたんです?」


 瀬野先生が小首をかしげながら教室に入ってくる。俺達は先程の言い合いのせいで神妙な顔をして教卓を囲んでいたのだ。先生からしてみれば異様な状況である。


「いえ…! なんでもないですよ! さあ皆、席に着こうか!」


 東海斗の呼びかけで皆は自分の席に着いていく。瀬野先生は納得してなさそうな微妙な表情をしながら教卓の前に立っていた。

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