第8話 恋のはじまりを教えて
終了予定時刻より早くオリエンテーションを終えた俺は中庭のベンチに座って空を眺めていた。美瑠々も早めに終わったらしく、11時頃にメールが来ていた。
『こっちは終わったよ。メグルも終わったら中庭に来て』
要件を伝えるだけの簡潔なメールだ。普段のアイツなら絵文字やビックリマークを多用してやかましい文面で送り付けてくるはずなのだが。それ故に、ただならぬ空気を感じ取った。
「……しかし、呼び出しておいて遅刻とは。どんな神経してるんだか…」
「だーれが無神経遅刻魔考えなしですって?」
頭上から聞き慣れた声が降ってくる。お節介世話焼き幼馴染こと、美瑠々だ。
「…そこまで言ってないだろ」
「いーや、メグルはそこまで意味を含めて言ってるね」
「相変わらず捻くれてんな」
「うるさい」
美瑠々は軽口を叩きながら俺の隣に腰掛ける。俺は世間話のテンションで彼女に話し掛ける。
「オリエンテーションはどうだったよ?」
「…んぐッ…」
美瑠々はペットボトルの水に口を付けながら飲み込むのに失敗している様子だった。
「……まぁ…その…普通だったよ」
彼女は明らかに目が泳いでいる。これは追及した方が良いか。
「動揺し過ぎだし、こんな変な課題で普通もクソもあるかよ。……何かあったのか?」
「その、まぁ…」
「なんだその煮え切らない態度は。ペアの奴に変なコトでもされたのかよ」
「へへへ、変なコトって…! 何想像してんのメグル!」
美瑠々はポカポカと俺の肩を殴ってくる。変な想像をして焦ってるのはお前だろう。
「いや、だから…なんか変な取引でも持ち掛けられたんじゃねぇのって聞いてんだよ」
「それは……その…三善君に…」
「三善?」
「三善幸太郎君だよ。金髪でピアス付けてる人…」
「ああ…あのチャラそうな…」
俺は美瑠々からその特徴を聞いて、昨日の入学式前に美瑠々の事を見てテンション上がってた奴だな、と思い出した。
「なんだよ、ソイツに口説かれでもしたのか?」
「えっ…! なんで分かったの!?」
目をパチクリと開けて俺をガン見している美瑠々と、冗談のつもりで言ったことが事実であったことに驚いた俺。二人は間抜けな顔をして見つめ合っていた。
「マジかよ……入学2日目で…早くね?」
「ちちち、違うの! 三善君はゲームの事で私を誘ってきただけで…!」
美瑠々は額から汗をダラダラと流しながら、やけにうるさい身振り手振りで誤解を解こうとしている。
「ゲームってのは…『汝は恋人なりや?』のことか?」
「うん。その……三善君から提案されたのは、お互いの役職選択に関することなの」
「役職か……どんな提案をされたんだ?」
「えっとね、二人で【遊び人】になって交際契約を結ぼうって言われたの」
【遊び人】…か。《正直者》陣営の役職で、誰とでも交際契約を結べる能力を持つ。交際するごとに報酬が倍増していく役職だったな。ただし、交際中の相手から役職を当てられると全所持金が没収されて敗北する。…そんな説明だったか。
「なるほど。二人で【遊び人】になれば《正直者》陣営同士として協力できる。それに相手の役職を〈指摘〉して役職敗北させる裏切りのメリットも無いから安全に金を増やせるんだな」
俺がそう呟くと美瑠々は目を見開いて「ほぇ~…」と気の抜けた声を出す。
「すごいねメグル…この提案の意図を理解するの早過ぎない? 私なんて三善君から言われた事を全部メモに取ってやっと理解したのに……」
美瑠々は不服そうな顔をしてスマホを握りしめている。
「まぁ……ルールブックは昨日読み込んだし、俺も考えてた作戦だからな」
「そっか~たくましいねぇ」
「しかし、そんな情報を俺に横流しして良かったのか? お前が三善の作戦に協力するなら俺には情報を隠しておかないとマズいだろ。【遊び人】ってクズ役職だし…」
俺がそう尋ねると美瑠々は俯いてしまう。
「………いや、お誘いはお断りしたから大丈夫」
「そうなのか。珍しいな、普段なら断れずになんでも引き受けるクセに」
美瑠々は俺の目を見つめて、ハッキリと俺に宣言をする。
「私には考えがあるから。他の人が考えた作戦じゃダメなの」
「……? そうか…」
俺は彼女の真意が読めないまま、視線を空に戻す。
その時、隣からガサガサとビニールが擦れるような音が聞こえた。美瑠々が膝の上に乗せたビニール袋の中を探っている。
「メグル、はい」
そう言って美瑠々が手渡してきたのは焼きそばパンだった。
「……なんだよ」
「メグルのことだから軽食も貰ってないんでしょ。お昼はちゃんと食べなさい」
「いつも言ってるだろ。俺は朝昼食べない派なんだって」
「それ、ほとんど食べてないって事じゃん!」
美瑠々は怒りを露わにして俺に焼きそばパンを押し付けてくる。俺は頑なに、それを受け取ろうとはしない。
「…慣れてるし、この方が体調良いんだって」
「………嘘ばっかり。私、メグルが時々エネルギー切れになってるの知ってるんだから」
そう言われた俺は言葉を詰まらせる。いつものように反論しようとしたが出来なかった。
「ねぇ、メグル……この学校にいる間は自由なんだよ。楓ちゃんの為にご飯を残しておいたりしなくても良いの。好きなだけ食べて良いんだよ」
美瑠々が優しく諭すように俺の肩に手を当て、言葉を掛けてくる。俺は下唇を噛んだ。
「楓がしんどい思いしてるのに……俺ばかり贅沢できない。俺は死なないために最低限の栄養補給をするだけで十分だ」
「メグル……」
「…それに、俺達は自由なんかじゃない。環境が変わっても、この学校に……家族に縛られている。それが俺達の……然るべき罰なんだ」
「………そうだね。これは、本当の自由なんかじゃない」
俺達は重苦しい静寂の中、ただ二人並んでベンチに座っていた。青い空に流れる雲を眺めながら、束の間の現実逃避をする。
30分程経っただろうか、俺はいつの間にか眠りに落ちていて、そして目が覚めた。
隣には俺の肩に寄りかかって眠る美瑠々がいた。
幸いにも中庭に他の生徒はいない。俺は、このまま不思議と穏やかな時間が過ぎて行けばいいと思っていた。
「………ねぇ、メグル…」
「…ああ、起きたのか……どうした?」
俺は寝起きで無防備な彼女を驚かせないように静かな返事を返す。美瑠々は寝ぼけ眼でゆっくりと俺の方に顔を向ける。溶ける桃色の瞳が、俺の目を捉えた。
「私の……恋人になって欲しいの」
美瑠々は俺の首に手を回し、肩に顔を埋めた。




