80 - 緑髪の少女
菜優が素早く野菜を掘り出し、ニーマとエステルがぽいぽいとカゴに投げ込んで得た野菜は、全部で五十バロス程にもなりました。
一バロスの重さは、少し成長して、ちょっとずつ重くなってきた赤ちゃんくらい。あるいは、前に県文―三重県津市で生まれ育った菜優は、三重県総合文化センターのことをこう呼びます―で行った演奏会の時に運んだ、ユーフォニアムより重たいかもしれないぐらいだと、菜優は感じていました。
ユーフォニアムの重量はおよそ三キログラムから五キログラムくらいですから、ざっくり五キログラムだとすると、五十バロスはおよそ二百五十キログラムという事になります。とんでもない量ですね。
思いもよらない活躍に、農夫のおじさんも報酬に色をつけてくれました。十三ティミを受け取ると、菜優はそのうちの五ティミだけ貰って、残りはニーマに渡しました。
日が西に傾き始めた時の頃、三人は帰りながらお喋りをしていました。話題は、どうして菜優が着いてきてくれることになったのか、という方向に、自然と向かっていきました。
「シノちゃん、どうしちゃんたんだろね」
エステルが空を向きながら尋ねました。菜優はシノの人となりについてあまり詳しくないので、ただ首を捻るばかりです。
「気に食わねえことでもあったんだろ」
とニーマが答えると、
「そうかな」
「そうだろ」
と、押し問答になりました。
「んん、なんだか違う気がする。シノちゃん、大人しい子だし、あんまり怒らないもん」
「普段はそうだろな。けどあいつ、怒ると怖えぞ。おれなんか一度、殺されそうになったことあるぞ」
「それはニーマちゃんがちょっかい出したからでしょ」
エステルの反論に、ニーマは押し黙ってしまいました。異世界に至っても、男の子がやることってあんまり変わらないんだなと思い、菜優は笑みを浮かべました。
そんな時、はるか前方に、なんだか変な少女の姿が見えました。緑色の髪をしたそれは、鮫の着ぐるみを被っていて、こちらをじっと見つめているようです。いつか見たメニーナの亜種でしょうか?
菜優が二人に、「ねえ、あれ何?」と聞いてみました。二人はそちらのほうを見やって…次の瞬間には、エステルの顔がさっと青ざめたのが分かりました。
「イルミナ鮫だ!」
エステルが絶叫すると同時に、緑髪の少女は両手に木刀を携えて、広げて威嚇しながらこちらに走り込んできました。
「逃げるよ、ニーマちゃん、ナユちゃん!」
エステルが全力で走り出したので、ニーマも菜優もそれに続きました。
「ねえ、イルミナ鮫って何!?」
菜優はわけも分からないまま走りながら聞いてみます。エステルの反応からして、かなり危ない存在なのだろう事は何となく分かりましたが、相手は鮫の着ぐるみを着た緑髪の少女です。しかも、イルミナ鮫なんていう、外来語と日本語を合わせたような、どこかへんてこりんな名前の。
例えばホオジロザメとか、ライオンとかなら、菜優も理解できたことでしょう。彼らに襲われようものなら、ひとたまりもありません。しかし、相手はへんてこりんな名前の、緑髪の少女です。遠くにいるので、よく分かりませんが、恐らく菜優はおろか、エステルと比べても小さいでしょう。直感に合いません。
「シノちゃんが言うには、彼らがひとたび暴れ出せば、天は裂け海は割れ、大地に生きとし生けるもの全てが滅ぶだろう、って。滅多に見かけることはないだろうが、見つけたら一目散に逃げろって言ってたの!」
とんでもない強さやん。
菜優はぞっとしました。
床にあんな大穴を開けられるくらいには強いシノが、一目散に逃げろって言うのも、頷けます。菜優は背中に悪寒を走らせながら、とにかく足を回しました。
しかし、少女の方が三人よりも速かったようで、その距離はどんどんと近づいてきます。エステルは「来ないで!」と絶叫しながら、炎の壁の魔法を放ちました。
ごうと燃えたぎる炎の壁は、緑髪の少女と菜優達の間に立ちはだかりました。しかし緑髪の少女は、その炎の壁のはるか上を飛び越えてきました。そしてその勢いそのままに、菜優目掛けて飛び込んできました!
ニーマが咄嗟に菜優を突き飛ばすと、飛び込んで来る緑髪の少女の剣戟を間一髪で躱しました。そして緑髪の少女の手首を捕まえて、振り向きながら背に負って、地面に叩きつけるように投げつけました。
びたん!と地面の轟くような音が鳴り響きました。エステルは竦み上がりながら菜優にしがみつき、菜優はエステルの背中をさすりながら緑髪の少女の方を観察しています。
ニーマは注意深く緑髪の少女を眺めていましたが、身体を大の字に広げたまま仰向きに倒れた緑髪の少女は、ぴくりとも動きません。やがてニーマは構えを解き、エステルに向かって聞きました。
「……なぁ。シノが一目散に逃げろって言うほど、こいつ強いのか?それとも、おれの筋肉が強すぎただけか?」
言いながらうっとりと目を細めるニーマ。エステルは徐々にしがみつく手を解いていって、倒れた緑髪の少女の方に寄ってみました。
「ううん。私やナル兄ですら手に負えんって、シノちゃん、言ってたはずなの。こんなに弱いわけが……」
エステルが言いながら、緑髪の少女を覗き込み、とぼとぼ歩いて近寄ってみます。そのとき、菜優は気付きました。緑髪の少女が着ていたはずの鮫の着ぐるみが見当たらないのです。もしかしたら、鮫の着ぐるみを着ただけの別種なのかも?
エステルが緑髪の少女に近づいた時、緑髪の少女はにわかにぐねりと立ち上がって脅かしてきました。エステルはまたも絶叫しながら、燃えさかる拳の魔法を放って殴り飛ばしました。
「女ってこええ……」
「エステルちゃん、パワフルやな……」
ぽかんと開かれた二人の口から溢れ出た言葉はそれぞれでしたが、あまりの出来事に驚きを隠せない気持ちは、どうやら同じなようでした。




