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異世界少女、放浪記。  作者: げっとは飛躍のせつなさ
2-6章 あらたな一歩、のおはなし

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79/80

79 - 多分これが、一番早いと思います

 歩き通すこと、しばらく。

 体感的には二十分かそこらでしょうか。

 菜優たちは、無事に農場にたどり着きました。


 三人は農夫さんに元気よく挨拶をすると、早速仕事に取り掛かるように言われました。


「おっちゃん、今日はどんくらい収穫すりゃいい?」

 

「三十バロスほど頼むよ」


「おっしゃ!腕がなるぜ!」


 そう答えるが早いか、ニーマは早速畑へと飛び出して行きました。

 

「あっ、ニーマちゃん。まって、まって!」


 エステルも、彼に続いてぱたぱたと駆け出していきます。

 菜優はそんな二人をー少しばかり、お姉ちゃんになったつもりでーとことこ歩いて追いかけました。


 畑には一面に野菜が埋まっていて、二人はスコップを使って、手際よく人参やら大根やらを掘り出しています。

 

 菜優も二人に倣って、借りたスコップを右手に、土を掘り起こします。掘り起こした土の匂いが、土埃とともにふわりと宙に舞い上がります。菜優はまともに吸い込んでしまって、けほけほとむせかえりました。

 

 こんなん小学生の頃以来やな、と菜優は独り言ちました。月に一度ほど、児童全員が校庭に出向き、総出で雑草引きをしたものです。軍手をして草抜きをするように、と先生には指示されていましたが、軍手をしていると草が滑って抜きにくいので、しばしば軍手を外して作業していたのを、菜優はよく覚えています。


 そんな故郷の記憶に思いを馳せながら、掘り起こすこと、間もなく。地面に埋まっていた野菜が顔を見せ始めます。埋まっていたのは、菜優が両手と対して変わらないくらいには小さい、小ぶりなキャベツでした。


 菜優は我が目を疑いました。

 あれ、キャベツって畑に埋まってる野菜やっけ。

 二度三度ほど目を閉じてみたり、目をこすってみたりしましたが、キャベツはキャベツです。そのほかのものでありようがありません。


 この世界(イースティア)の不思議なものは、これまでも散々見てきたつもりのはずでした。

 

 どぎつい緑のスライム。

 たすけあうジャパンなんて、何かを直訳したような変な名前のゴジョソシキ。

 見てるだけでなんだか酔ってしまう翠色の光。

 壊されても一日で元通りになる街。

 少女のような姿のモンスター。

 ベッドを荷物にした旅人達。

 王都を焼き払った核爆弾。

 大人気もなく、血眼になって菜優を追いかける憲兵たち。

 逃げ延びた先に、たどり着いた神殿と、そこで喧嘩する神様たち。

 そんな神様たちを、ばかだよねぇ、と(おもんばか)りもなく言い放った女の子。

 死後の世界と、そこに鎮座した死神。

 

 それらを一つ一つ見つける度に、カルチャーショックを受けたり、ぎょっとしたり、げんなりとしてきた菜優でしたが、食べ物については、日本で見てきた食べ物たちと、それほど大きな違いがないつもりでいました。

 

 けれど、畑の中からキャベツが出土してきたことを鑑みるに、食べ物の事情も、どうやら日本とは大きく違うところがあるようです。

 食べ物だけは、わりかし普通や思っとったのに。


 菜優は大きく大きく息を吐いてから、「ねえ、これってどうすればいいの?」と二人に聞きました。


 するとエステルが、「あっちのカゴに放り込むの」と答えるので、菜優は掘り出したばかりの小さなキャベツを、カゴの中に入れました。

 

 菜優がまた近くにあった野菜を掘り起こします。スコップを使ってざくざくと掘り進めるうちに、そういや、先日マリーナから逃げ延びる際に大活躍した腕輪を、左手に嵌めていることに気がつきました。

 

 聞き手とは違う左手でスコップを持つのはなんだかへんな気分でしたが、おっかなびっくりスコップを土に入れると、するすると滑るように入っていくではありませんか。そしてスコップで土を掬い上げると、信じられないほど軽く、そして多くの土を掘り起こすことが出来たのです。

 

 なるほど、この腕輪は、道具を使って掘る時でも効果があるのか。菜優はこっちのほうが早そうだと考えましたが、左手でスコップを使うのはやはりへんな感じがすると言いますか、感覚が慣れてくれません。


 菜優は少し考え、閃いたように手を叩きました。それから腕輪のくすんだ金の留め具を外して、右手に付け替えてから、またぱちんと腕輪を留めました。


 みるみるうちに土は地面から剥がれ、あっという間に野菜を掘り出すことに成功しました。立派に実った大根です。菜優はなんとなく安心しつつ、大根を持ち上げようとしました。


 しかし、大根を持ち上げる事は出来ませんでした。それは菜優の両手に収まりそうな見た目に対して異常に重く、腕に足にどれだけ力を加えても、ぴくりとも動きません。全体重をかけて押し出そうとしても、やけっぱちになって蹴り飛ばそうとしても、ぴくりとも動かせなさそうです。


「ちょっと、エステルちゃん、ニーマくん手伝って!この大根、やったら重たて運べやん!」


 叫ぶ菜優の元に、ニーマが駆けつけて来ました。

 

「こういうのはな、投げ飛ばしちまえばいいよ」


 ニーマがそういうが早いか、しゃがみこみながら大根を両手に持って、立ち上がる勢いそのままに大根を投げ飛ばしてしまいました。

 

 するとどうでしょう。大根は軽々宙を舞い、澄んだ青の広がる空の下に、白い放物線を描き、やがてカゴの近くに着地しました。


 菜優は驚きのあまりに顎を落とし、目をまるまると見開きながら、自分よりも背の低いーしかし、その腕に隆々と力こぶを実らせたーニーマの姿を見ていました。


「ニーマくん、力もちやなぁ」

 

「あんなの、持ち運ぼうとする方が無理ってもんだ。ああいうのはな、投げ飛ばしちまうほうが早いんだ。そんでカゴのあたりに集めてから、全部一気にカゴに放り込むんだ。ナユもやってみなよ」


 ニーマの言葉を、菜優は飲み込めません。持ち上げられやんもん、投げ飛ばせるわけないやん、と。

 無理やて、と抗議の声をあげようとする頃には、既にニーマは他の野菜を掘り出しに行ってしまっていたものですから、菜優はわけのわからない唸り声をあげながら、また野菜を掘り出しにかかりました。


 間もなく野菜を掘り起こすと、そこにあったのは、見た事もないほど大きく実ったーどのくらいかと言いますと、菜優が両手で抱えても、抱えきれないくらいには巨大なートマトでした。


 菜優は、もう驚くことをやめていました。この程度の事でいちいちびっくりしていては、心臓が幾つあっても足りなくなりそうです。なんでトマトが土に埋まってるのとか、こんな巨大なトマトなんか見た事ないとか、いろいろ考えましたが、そんなことは瑣末(さまつ)なことです。そんなことよりも、どうやって野菜を運ぶかが大事です。無理だと分かってはいますが、念の為、両腕で持ち上げようとしてみます。当然、ぴくりとも動きません。


 考え始めた瞬間、菜優はつい先程ニーマに教えてもらった事を思い出しました。持って運ぶんじゃなくて、投げるのだと。まさかな、と思いながら、菜優は抱えきれないほどの大きさのトマトになんとか両腕を回すと、振臂一呼(しんぴいっこ)、えいやと思い切りよく投げ出しました。


 腕を回した瞬間には、まるで動かなかったはずのトマトが、投げようとした瞬間、ぴくりと動くのを感じました。

 

 あ、やばいこれ。ちゃんと投げれてまうわ。非力な私でも、投げれてまうわ、これ。


 菜優が気付いた時には既に遅く。トマトはついに地を離れ、軽々と空へ飛び上がりました。


 やばいやばいやばい。


 菜優はだらだら脂汗をかきました。


 菜優も非力とはいえ中学生ですから、それなりの力があります。そんな彼女が両腕を使って、ぴくりとも動かせないほどに重たいトマトを、投げ飛ばしてしまったのです。手のひら大の石礫すら、人に当たれば大怪我を負うというもの、その十倍は重いだろう、あのトマトが人に当たれば、文字通り、ひとたまりもないことでしょう。

 

 菜優は、軽々と空を飛ぶあのトマトが誰にも当たらないよう祈りながら、行く先を見守りました。祈る神の名すら忘れる有様の菜優でしたが、そんな彼女のことを知ってか知らずか、トマトは悠々としばらく飛行しつづけました。

  やがて放物線を描くように落ちてくると、狙い済ましたかのように、カゴの近くに、とすっ、と軽い音を響かせながら見事に着地しました。


 菜優は地面にへなへなと座り込むと、次から野菜を投げるのはやめようと、心に誓うのでした。言わずもがな、食べ物投げるなんて罰当たりなことをしてはいけないのですけれど、()()()()()ということで。


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