78 - 誰にも内緒で
「おっす、お前がナユか!よろしくな!」
「よろしくね、ナユちゃん!」
菜優は、マリーから二人の子供を預かりました。
片方はニーマと名乗る男の子で、背丈こそ十歳そこそこの子供とそう変わりませんが、隆々と盛り上がる、鍛えられた腕と胸板が目に着きました。少なくとも、自分よりは力が強そうだと、菜優は思いました。
もう一人はエステルと名乗る女の子で、紅蓮のような鮮やかで長い髪を、後ろで束ねてポニーテールを作っていました。明るい声色ではきはきとしゃべるのが、とても印象的です。
周りの子供たちよりも一回り大きく、でもマリーやデールに比べると幼っぽい二人は、子どもたちの中では、マリーやデールに次ぐぐらいの年長さんなんだなと、菜優は理解しました。
そんな二人を連れて、菜優は農家に向けて出発しました。場所はざっくりと教えてもらいましたが、よく分かっているわけではないので、場所が分かっているらしいエステルと、ニーマの後ろに続きました。街道から振り返ってみると、申し訳程度に立て付けられている街の門が、手を振っているようにがたがたと揺れていました。
道中、菜優は二人とお喋りをしていました。ニーマは見ての通りというか、自分の筋肉の事をしきりに自慢しています。対する菜優は、むしろ線が細いように見えるようで、「ちゃんと飯食ってんのか?」と心配されてしまいました。菜優は苦笑いを浮かべながら、体重増やしたくないんやけどな、と独り言ちました。
一方のエステルは、菜優に興味津々なようです。好きな食べ物のこととか、好きな遊びのこととか。様々な質問を、菜優にぶつけてきました。小さな頃から動物のことが好きで、小学校では飼育員を務めたこととか、学校で飼っていたうさぎの話とか、近くに住んでいたわんちゃんの話とか、色々な話をしました。
「あたし、魔法を使うのが得意なんだ。特に、炎の魔法」
エステルは指をぱちんと鳴らしながら、自分の顔の前に翳しました。すると、ライターを点けたような小さな炎が、ぼう、とあがって、またたく間に消えていきました。
菜優がすごいすごいと、両手をたたきながら褒めてみると、エステルは「それほどでも、あるかな」なんて格好をつけながら、体をくゆらせはにかんでいました。
「ナユちゃんはなにか得意なこととかあるの?」
「えっとね、小ちゃいころにピアノ習っとったんよ。やから簡単な曲やったら弾けるよ」
「ピアノ!?」
菜優の答えに、二人はそろって素っ頓狂な声を上げました。驚きのあまりに、2人の口は開きっぱなしになっていて、わなわなと震えているのも分かりました。
「ナユちゃん、ピアノ弾けるんだ……」
「とんでもねえガッツだな。見直したぞ」
鳩が豆鉄砲を食ったような、そしてやや引いたような態度で菜優を眺めています。この世界においてピアノを弾くということは、こんな子供でもびっくりするような行動なんだということを知って、菜優はちょっぴりショックを受けました。今となっては昔取った杵柄ですが、もうちょい練習すれば、勘を取り戻せそうな気がしたんやけどな。
そんな三人の真ん前に、大きな蟹が、二、三匹ほど現れました。菜優の身長の半分ほどの大きさの蟹は、こちらを見かけるなり、爪を開いて威嚇してきました。
蟹がこちらに向けて駆け出してくるより早く、菜優が止めるよりも早くに、エステルが前に飛び出しました。エステルの両手は既に、松明ほどの大きさの炎が握られていました。
「フレイム!」
エステルが叫ぶと、両手の炎は真正面にいる蟹に向かって飛んでいきました。炎が蟹にぶつかると、そこから爆発が起きて、蟹を大きく仰け反らせました。そしてそのまま、蟹は力なく背中から地面へと倒れ込んでいきました。
両手を腰に当てて勝ち誇るエステル。後ろで呆然と、その一部始終を見守っていた菜優の方に振り返って、エステルは鼻を鳴らしました。
「どうよ!あたしも、ちょっとくらいならアブナイ魔法を使えるんだから!」
誇らしげに胸を張るエステルの後ろに、もう一匹、蟹が迫ってきました。
菜優もエーテルソードに手をかけながら助けようとした時、それよりも早くに蟹に突撃するニーマの姿がありました。
ニーマは、自分の体躯とそう大きく変わらないくらいに大きな蟹を呆気なく押し倒すと、体を翻しながら位置を入れ替えて、エステルたちから遠ざけるように巴投げを繰り出しました。蟹は軽々と投げ飛ばされて、やがて地面に叩きつけられました。
腹を天に向けてのびている蟹が二匹、そこに転がされています。これがゲームだったなら、きっと二人は勝利のポーズを決め、その後ろではファンファーレが鳴っている事でしょう。
「エステルちゃんもニーマ君もすごいな」
「それほどでもあるな。まさにこの、肉体美があればこそ為せる技よ!」
「マリーちゃんには内緒にしといて。マリーちゃん、すっごく怖いから」
鼻高々と自慢する二人。菜優は外の世界がモンスターまみれなのは重々承知していたつもりでしたが、小学校に通うような弱いの子供たちが、ここまでモンスターと戦えるようにならないと、出掛けることすらままならないのかもしれないと思うと、胸が締め付けられるような思いになりました。
その直後。三人は大きな影に覆われました。振り返って見ると、音もなくにじりよってきた蟹が、もう一匹。三メートルはくらいはあろう巨体が、その鋏でこちらを掴みかからんとしていました。
もはや絶体絶命、と思ったその時。見慣れた紫苑の砲丸が、蟹を目掛けて飛んでいくのが見えました。蟹はハサミを前に出して防御を試みましたが、その程度では紫苑の砲丸ーつまるところ、ケルの事ですがーの勢いが収まることはありません。ハサミを易々と貫きながら、その大きな図体に迫ります。
やがて腹にモロにその突撃を食らった蟹は、腹どころか背中の殻までバラバラに砕かれ、その巨体を真っ二つにされながらくずおれていきました。
あまりに衝撃的な光景に、二人は目玉を飛び出させていました。
「わんちゃんすげー……」
二人が口を揃えて言うのに対して、ケルは「別に。造作もない事だわ」と言ってそっぽを向いてしまいました。しかし、こちらに向けられたしっぽは、ぶんぶんと忙しなく、左右に振られているのでした。




