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異世界少女、放浪記。  作者: げっとは飛躍のせつなさ
2-6章 あらたな一歩、のおはなし

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77 - 大きな足跡、小さな一歩

 菜優たちが孤児院を出てしばらく歩くと、宿屋が見えてきました。屋根から飛び出た煙突から、もくもくと、白い煙が立ち上って、空へ空へと舞い上がっていきます。


 菜優は、この白い煙が空に登って、いつか空のてっぺんにまでたどり着いたなら、それらは雲になって大空をゆったり、ゆったりと巡っていくものだと信じていた、幼かった頃のことを思い出していました。あの頃の菜優は純粋で、空に浮かんだ雲は羽毛の布団のようにふかふかで、飛び乗れば()()()とはずんで抱きとめてくれるし、風の向くままに、どこにだって行けるものだと信じていました。今の菜優は、学校で雲の正体を教えられてしまったので、そんなこと出来るわけないと分かるのですが、けれどどこか、あの雲に乗って行けば、きっとどこにだって行けるのだと、信じたくなる気持ちも、心の片隅に残っていて。なんだか、目で追わずにはいられないのです。


「どうしたのよ。急にぼんやり空なんか眺めたりして」


 ケルは、煙を追いかけて、その先にある雲を見上げている菜優の顔を、更にその下から見上げながら尋ねました。菜優は声の主のほうにぐるりと向きなおって、


「ううん、なんでもない」


 なんて、はにかんでみせました。ケルは「あっそ。ならちゃちゃっと行くわよ。腹が減っては、喧嘩なんて出来やしないんだから」なんてそっぽを向きながら、すたすたと足早に宿屋の中に入っていってしまいました。菜優は視線をケルのほうに、宿屋の入口のほうに戻しながら、ケルを追いかけるように宿屋の中に入っていきました。


 食堂にたどり着くと、厨房の中からマリーが手を振ってくれました。マリーは近くにいた男の子に合図をすると、その男の子が菜優の方に寄ってきて、「こっち」と席まで案内してくれました。


 案内されるままに席につくと、こちらもまた同じような服を着た子どもたちが、一様にご飯を食べています。よく見てみると、手のひらくらいの大きさの深皿に、麦粥のようなものが入っていて、右手の指で掬い上げては、口元に運んでいきます。


 指を口元に運ぶたび、苦い顔に書き換わる子、お皿に残った僅かな麦粥を、かきこむように食べる子、興味が失せたのか、麦粥そっちのけで机に何かを描いている子……。それぞれが異なる反応をしているのを、菜優は見比べては笑みを浮かべていました。


 そうしているうちに、マリーが菜優の正面にやってきて、二人分の麦粥を、片方は菜優の眼の前に、そしてもう片方はマリー自身の前になるように、テーブルに並べました。そしてスプーンを一本、菜優に差し出してから、マリーも他の子たちと同じように指で麦粥を掬って食べ始めました。


「え。マリーちゃんは使わんの?スプーン」


 菜優は目を丸くしながら尋ねました。マリーは目を丸くしながら、


「恥ずかしながら、お客様用の分くらいしかないんです」


 なんて肩を竦めました。菜優はばつの悪さを感じながらも、手で麦粥を掬う気分にはどうしてもなれないので、ありがたくスプーンを使わせてもらうことにしました。


 菜優は手を合わせて、いただきます、と挨拶をします。そして麦粥を掬おうとしたそのときに、マリーはまた目をまんまるに見開いて菜優を眺めているのに気づきました。


「ん?私なんか、変やった?」


「……この際だから聞いておこうか。私、前から不思議に思ってたのですけれど、お客様の中にも、時折いらっしゃるんです。今のナユさんのように、手を合わせてから、ご飯を食べる人。あれって、何をしているんだろうなって」


 菜優は少し反応に困りました。日本もとのせかいでは、ご飯を食べる前に、いただきます、と。そして食べ終わった後にはごちそうさまでした、と。挨拶をするのが当たり前だったのでそのようにやってきたけれど、当たり前すぎて、なんでそうしているのか、ぱっとは思い出せなかったものですから。うんうんとしばらく唸っていましたが、やがて、


「……あかん。なんでやったかさっぱり思い出せやん。けど、日本では当たり前のようにそうしとったから、今更やめるのもなんか気味悪くって」


「当たり前、なんですか。なるほど、まだまだ知らないことがたくさんあるものだな…」


 そう言ったっきり、マリーはしばらく黙り込んでしまいました。その間も菜優はスプーンで麦粥を掬っては、口の中に運んでいきます。味気のない…いや、淡白と言うべきでしょう。そんな味の中に麦の苦味が時折混ざりこんできて、思わず顔を顰めてしまいます。


 周りの子供たちに目をやると、やはりというか、麦粥を嫌々食べているか、残してしまっている子も多くいます。菜優は―菜優自身に兄弟はいませんが―自分はお姉ちゃんなんだから、美味しくなくても大丈夫なんだとかなんとか言い聞かせながら、麦粥を平気そうにさらえていきました。


 麦粥を食べ終わって、食休みをしていたころ。相変わらず素手で麦粥を掬っていたマリーが、不意に菜優の目をじぃっと見ているのが分かりました。菜優が小首を傾げると、マリーが話を持ちかけてきました。


「そうだ思い出した。今日、ニーマとエステルに仕事頼んでたんだった。普段なら私かナル兄かデールが引率していくんですが、生憎、今日は誰の手も空かなそうで。ナユさんの都合が良ければ、彼らの面倒を見てくれませんか?勿論、ロハとは言いませんよ」


 菜優は、今日何をするのかも特に決めていなかったものですから、とりあえずマリーの話を聞いてみることにしました。なんでも、近くの農夫さんとの約束で、町外れにある畑の収穫の手伝いをする予定だったようです。


 街の外には危険が沢山あるので、普段はナルラ、デール、マリーら最年長組の一人が引率していくのだそうです。しかし、昨日はたまたま、お客さんがちょっぴり多く、しかもシノが廊下に大穴を開けるなんて事件があったものですから、みんなその対応に大忙しなんだとか。


 なので代わりに菜優が畑の手伝いに行ってもらえないか、というお話です。報酬は、もともとその仕事で貰う予定だった額の半分である五ティミとのこと。ホワイトデイへ荷物を運んだときには、三日ほど掛けて十ティミ強ほどの報酬だったことを考えるなら、割の良い仕事と言えるでしょう。菜優は快く引き受けることにしました。


 話がまとまったところで、マリーと菜優は食堂を後にしました。菜優は廊下に開けが大穴がなんだったのか気になったので見に行くことにしました。


 エントランスとは反対方向に曲がって歩いてみること間もなく、子どもたちがせっせと木の板を運んでいるのが見えました。その後について行ってみると、やがてその大穴らしきものが見えてきました。


 子どもの開けた穴なのだから、精々、直径にして十数センチ程度のものだろうと予想を立てていました。しかしその穴は予想に反して非常に大きく、人が二人程度ならすれ違えるだろう広さの廊下いっぱいに広がっていました。


 しかもその口はきれいすぎるほどに円形で、床どころか、その下に広がる基礎の部分も同じようにきれいな断面を作っていて。底の方には光の一つも届かないほどに、深い、深い穴が出来上がっていたのです。そのあまりに凄まじい光景に、菜優は苦笑いを浮かべることしか出来ませんでした。


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