表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界少女、放浪記。  作者: げっとは飛躍のせつなさ
2-5章 立ち直るまで、のおはなし

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/80

74 - サイアクな日だったね

「サイアク…本当ほんまサイアクやわ…」


「まぁ、気に病むな。あれは事故だ」


「そんなん言うてもさぁ…」


 机に突っ伏し、顔を埋める菜優を、シノが乳の飲みながら適当に慰めていました。すっかり夜も耽り落ちていて、二人の居る食堂も同じように暗闇があたりを立ち込めています。机の上に置かれた一本のろうそくの、温かで、うすぼんやりとした光が、二人を照らしだすのみです。暗闇の奥に意識を向けても、見えるものはほとんどなく、ただその奥から時折、羽虫の羽ばたくような、じじ、じじという音が聞こえてきます。


「ナユさん、ホットミルクを入れてきましたので、良ければ飲んでください」


 菜優が暗闇とのにらめっこを決め込んでいるうちに、ナルラの声とともに、カップが()()()と音を立てて机に降り立ちました。温まったミルクの中から、シナモンに似た甘い香りをふわりと寄ってきて来ます。菜優はしばらくぷいとそっぽを向いたままでいましたが、やがて耐えかねて、上体は机に突っ伏したまま、ぐるりと顔だけをそちらへと向けました。菜優はどんな顔をするべきかを悩ませながら、精一杯にしかめっ面を作ってみせました。


「そもそもなんでナルラ君があっこってくるんさ。あっこ女湯やん」


 菜優の剣幕にナルラはたじろぎます。ナルラは慌てながら弁明をしますが、肝心の菜優はというと、眼前に置かれたカップと、そこからこぼれ出る甘い香りを、いかに自然に頂くかを考えるのに必死です。まさに馬の耳に東風が吹き付けるようです。そんな二人を眺めながら、シノはニヤニヤと笑みを浮かべていました。


「ナル兄ぃは助兵衛だからな。なんたって毎晩のように女湯に侵入しては、幼い女子の一糸纏わぬ姿を堪能しておるのだから」


「人を変態みたいに言わないでよ……。そ、それに、そうしないと、シノ。きみ、いつか溺れ死んじゃうじゃないか」


「ふむ、一理ある。そうか、私はナル兄ぃに毎晩のように命を救われていたか。ナユ、前言撤回だ。ナル兄ぃは良い人だ」


「どっちだよ……。しかも引っかかる言い方だなぁ」


 ナルラは顔をほのかに赤らめながら、項垂れるように言いました。菜優は相変わらず机に突っ伏したまま、顔だけを二人の方に向けて、ナルラとシノのやり取りを聞いているのやら、聞いていないのやら。けれどその顔が絶対零度とも言えるほどの冷たさを帯びているように見えたようで、ナルラを竦み上がらせました。


「すみません。あ、あれは、その。ええと……シノったら長風呂が大好きで、毎晩のようにのぼせて意識を飛ばすくらいなんです。この時間帯はお風呂に入るお客さんもほとんどいないので、いつもお風呂を閉鎖してしまってるんです。それで、いつも僕やマリーが掬い上げに行ってるんですが、ナユさんが一緒に入ってる事は、うっかり忘れていました……ごめんなさい」


「誤解があるぞ、ナル兄ぃ。わたしは、アレで意識を飛ばすのが好きなのだ」


「そんな誤解、もはやどうでも良いよ。それに、僕の心臓に悪いからやめてほしいな」


 咎めるようにナルラが言うと、シノは口を窄めながらブーイングをしました。ここまで話を聞いてようやく、菜優はどうやらナルラが自分に対して負い目を感じているらしいことに気づきました。菜優は口角が上がりそうになったり、よだれが垂れそうになるのを必死に抑え込みながら、なるべく、なるべく目の温度を消すように意識を向けます。ナルラの様子を伺ってみますが、部屋を照らすのは一本の小さな蝋燭のみなので、満足に顔色もわかりません。けれどその暗闇の奥に輝く瞳が、なんとなく揺れ動いているような、なるべくこちらに目を合わせないようにしているようなふうに見えますし、時折聞こえてくるナルラの声は、さっき街路で助けてくれたときの、頼もしさに比べたら格段に細くも聞こえます。


 しばらく二人の、漫才のようなやりとりが一段落ついたところで、菜優は距離感を慎重にはかりながら、口を挟んでみます。


「本当に反省してる?」


 思っているよりも声が低く出てしまって、菜優は()()()()()思いをしました。それが顔色に出ているかもしれないとすぐに気がついて、慌てて、しかしなるべく冷静にナルラの顔を伺ってみましたが、なんとなく、硬直してそうな雰囲気が感じ取りました。いやいや、安心してる場合違うんやって。菜優は内心つっこみを入れながら、ナルラの返事を待ちました。


「……はい」


 やがて聞こえてきたナルラの声はもうすっかり萎縮しきっていて、その声も、まるでぞうきんを固く固く絞って、ようやく出てきたくらいにまでか細くなってしまっていました。ルナーの街の暗がりの中では、まるで王子様が迎えに来てくれたくらいに思っていたのに、今に至っては、情けないったらありはしません。


「もうしない?」


「は、はい。ローゲ様の名に誓って、断じて」


 菜優はしばらく逡巡していましたが、反省している様子のナルラを、これ以上にいじめるのも可愛そうですし、なにより、せっかく温めてもらったミルクが冷めてしまいます。菜優はなるべく勿体をつけながら、大きく息を吐いてみせて、


「よろしい」


 と一言。そしてにわかに上体を起こして、ようやく、カップの中身にありつこうとしました。その直後、客室のほうからなにやらがたたっという音がしました。異変を感じたのか、ナルラとシノが同時に立ち上がります。シノは指先をすり合わせて小さな炎を上げると、食堂から飛び出そうとするナルラを止めるように、


「ナル兄ぃはフロントに戻っててくれ。闖入者はわたしが対処する」


 なんて言って、食堂から飛び出していきました。真っ暗闇の中、灯りもなしに飛び出していったシノを追いかけて、菜優も食堂から飛び出しました。その次の瞬間には、菜優はこの先が真っ暗闇で、一寸先ですら見通せないことに気が付きました。慌てて食堂に戻り、机にあった小さな燭台を手にしようとしたとき、その隣に置かれた、ぬるくなりつつあるホットミルクが目に映りました。それを横目にやってから、シノのあとを急いで追いかけました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ