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異世界少女、放浪記。  作者: げっとは飛躍のせつなさ
2-4章 這い上がるまで、のおはなし

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67 - 現在のワルキューレ

 菜優は固く目を瞑ったまま、いつかくる、力が入らなくなるその瞬間を待ちました。アトロポスの大きな鋏に、首なのか、頬なのかを切り裂かれて、力が抜けていくその瞬間を。けれど待てど暮らせど、その瞬間が訪れる気配がありません。不審がって目を開けてみると、燃えるような橙の色の髪を揺らす、女の子の顔が見えました。下から見上げるように見た彼女の顔は真っ直ぐ前を向いていましたが、菜優が目を開けたのに気づくと、菜優の方に視線を下ろして、「おっす。ご機嫌いかが?」と問いかけてくるので、菜優は戸惑いながらも「ううん、斜めかも?」と答えました。


 よくよく状況を整理してみると、彼女の腕が菜優の背中や膝裏に回っているようで、まるでお姫様を抱きかかえるようにされているみたいです。しかも菜優を抱き留めているその腕は、柔らかな羊毛で包み込むように優しく、一方で少し暴れたくらいではまるでびくともしなさそうなくらい頑健で、素晴らしく抱かれ心地よくありました。あまりの丁重な扱いから、菜優は、彼女がまるで、囚われの姫を助けに来た王子様かのように見えてきて、そして自分がお姫様になったようにも思えてきて、何だか気恥ずかしくなってきました。


 しばらくして、女の子が緩やかに速度を緩めて、くるっと九十度にターンしてからとまりました。そして丁寧に跪くように姿勢を落として、足から地面へと降ろしてくれました。菜優は、助けてくれたその女の子を直視出来ないほどに顔を真っ赤に染めながら、彼女が立ち上がり、こちらに向き直るまでの一挙一動を見守っていました。


「あ、ありがとう。その、助けてくれて…」


「いいってことよぉ。しっかし、お宅チャンも大変だったにぇ。アトロポス様にやつ当たりされるなんてさぁ」


 どこかで聞いたように間延びのした、しかしはきはきとした声で、彼女は言います。そんな彼女をあらためて見てみると、お姫様抱っこされている時には大きく、そして頼もしく感じた背格好は、実は菜優とそこまで大きく変わらないことに気づきました。燃えるように煌めく橙の髪は、頭上に大きく盛られ、逆巻くように纏められていて、なんだか炎を幻視してしまいそうです。日に焼けたような褐色の肌が、豪奢な金の-これまた、ビキニにパレオを穿いたような、と評した方が良いほどに、露出の多い-鎧のあちこちから惜しげもなくさらけ出されています。両手にはヨーヨーが、両足にはローラースケート―正しく言うなら、クアッドスケートと呼ばれる、前後に二つずつ、計四つの車輪がついたものです―が装備されていて、とにかく派手な子だと、菜優は思いました。


 そんな彼女の、名を聞こうとして、菜優は一度口を開いては閉じました。人に名を聞くなら、まず自分から名乗るべきだと、菜優は考え直したのです。


「私、朱鷺風菜優って言うの。あなたは?」


 紅潮した頬に熱を感じながら、菜優はまた口を開きました。菜優の名を聞いた彼女は、ああ、となんだか合点したような表情を見せました。そして目にも止まらぬ勢いで菜優の眼前にまで迫ってくるものですから、驚いて二、三歩ほど引き下がってしましました。


「お宅チャンがナユっちにぇ!妹から話は聞いてるよぉ。どぉりでかぁいい子だと思ったんだよにぇ」


 彼女は菜優の手を握ぎりしめると、上下にぶんぶんと振り回しました。まるで桁違いの膂力に、菜優は体ごと振り回されてしまい、風に靡くこいのぼりのように両足を空に投げ出して、ぶんぶんぶんぶんと振り回されるままに、なすがままになってしまいました。


 振り回されながら菜優は、既視感を感じました。真っ白な世界で神様から逃げ回わっている時に、目の前に颯爽と現れて、そのとんでもない膂力で自分を助け出す女の子。彼女も、金で出来た豪奢な-目の前の女の子ほどではありませんが、それでもやはり露出の多い-鎧を纏っていました。その光景が、不意にフラッシュバックしてきました。


「あ。あっしはヴェルザンディ。"現在"のヴェルザンディさぁ」


 そう名乗った彼女は、これまたいつか見たように両手を腰にあてて、自慢気に鼻を鳴らしていました。その様が、前に自分を助けてくれた恩人―神の眷属(ワルキューレ)は人で良いのでしょうか―、スクルドにそっくりなのです。スクルドは、自らを未来を司るワルキューレだと名乗っていました。そして、彼女は「現在の」ヴェルザンディと言いましたし、彼女の妹と菜優が知り合いであるかのような口ぶりです。頭の中で点と点がつながったような感触を、菜優は掴み取りました。


「妹って、もしかしてスクルドちゃんのこと?」


「ピンポーン、大正解なのだ」


「ああ、やっぱり!なんか似てるとこあるなぁって思たんや」


「そなの?あっし、アネキともスクルドとも似てねぇなってよく言われっから、ワカンネェや」


 ヴェルザンディは首を傾げながら言いました。先刻まで王子様のように、かっこよく見えていた彼女の、その仕草の可愛らしくあり、やはり彼女も女の子なんだと思わされます。歳…はわかりませんが、精神的には歳が近そうな、そんな感触を感じています。そんな彼女の名ををまた呼ぼうとして、菜優は舌を噛みそうになりました。ヴェルザンディ。それが神様とかの名前としては特別長くない事は知っていましたが、呼び名としては、ちょっと長くありました。


「ヴェルザン…ヴェルちゃん…ううん、ヴェルっちって呼んでいい?私のことも、菜優っちでいいから」


 ヴェルザンディが自分の事をなんと呼んだかを、思い出しながら菜優は聞きました。ヴェルザンディは一瞬驚いたような顔を浮かべましたが、すぐに破顔して、菜優と肩を組むように抱きついてきました。


「いいよぉ。なんか良いよねぇ、こういう、あだ名で呼び合うのってさぁ」


 そう言いながらヴェルザンディは、不意に手にしたヨーヨーをどこへともなく放り投げました。するとすぐにキン、という硬い音が鳴り響き、それに次いでヴェルザンディの手元にヨーヨーが戻ってきます。菜優はそちらを見やると、大きな鋏がそこに落ちているのが分かりました。菜優は大きく身を震わせて、ヴェルザンディの体を強く抱きしめました。


「あやっ、いっけね。アトロポス様の事忘れてた。良い?一回しか見せらんないからよぉく覚えてね」


 そういうと、ヴェルザンディの全身から炎が吹き出して、二人を取り囲みました。触れても熱さを感じない、けれど軽くエーテル酔いを起こしたような気持ち悪さを感じる炎の中で、菜優は天から降りている一本の糸を見つけました。


「こいつこいつ。この糸を探して!して、全力で登って!したらナユっちも、元の世界に這い上がれるからさっ」


 ヴェルザンディは菜優を優しく剥がして、その背中を押そうとしますが、菜優が離れたがりません。なおも力強く自分にしがみつく菜優を、ヴェルザンディは、そっと抱き寄せました。ふくよかなヴェルザンディの胸元に、菜優の顔が埋まっていきます。彼女の温かな体温と鼓動と、両頬に広がる柔らかな感触が菜優を包みます。彼女の小さな手が、菜優の後頭を撫ぜています。やがて体を少し離して、おでこ同士をくっつけてきます。ヴェルザンディは優しく笑みながら、けれど諭すように言いました。


「ナユっち、あっしはアトロポス様の相手をしなきゃ。だからごめんだけど、ナユっちが帰ってくの、見送るのは無理っぽい。()()()でも、あっしらの…家族みたいなもんだからさ。だから、あっしらが止めなきゃ」


「怖いよ。ケルちゃんもおらんのに、また一人で逃げるなんて」


「怖いなら、あっしが力を貸したげる。怖い思いをするたびに、あっしの炎を思い出して。そしたら、あっしが力を貸してあげられるから。我は炎、轟轟と猛り、留まるは刹那、そこにこそ現在あり。ってね」


 ヴェルザンディは悪戯っぽく微笑むと、次の瞬間には、くるりと鋭く振り返りむきながら、上の方に目をやりました。菜優もそちらをみやると、二人を取り囲んでいた炎を、まるで紙を断つように切り裂きながら、アトロポスが落ちてくるのが見えました。


「ご挨拶だね、ヴェルザンディ。ぼくに向かって、()()()呼ばわりとは」


「そらぁあんな弱いものいじめばっかしてたらさぁ、()()()呼ばわりもしたくなるっしょ!いい加減、クロト様に言ぃつけるかんねぇ!」


 菜優を背にかばうように、ヴェルザンディは落ちてくるアトロポスの方へと向き直りました。そして無数のヨーヨーをアトロポスに向かって投げ放ちます。するとヨーヨーはあっという間にアトロポスの周りをぐるぐると巻き付くように飛び回って、やがてその糸達が、アトロポスを簀巻きにするように捕らえました。


「行って!長くは保たないから!」


 ヴェルザンディはばん!と強く、しかし優しく菜優を押し出ました。菜優はすぐさま足を止めて振り返りましたが、背中のほうで繰り広げられている、二人の激しい戦いに、ついていけそうもありません。後ろ髪を引かれながらも、菜優は天から吊り下がった糸を探して、走り始めたのでした。


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