64 - 菜優、死す
明くる日、菜優はテントから這い出てくると、早速仕事を探しに掲示板を目指しました。運良く配達の依頼を見つけると、コアトルに行き先を確認します。配達先の街、ポルト・ニューイヤーは隣町で、歩いて二日程度で辿り着けることを確認しました。納期も五日後と、日程に余裕があることを確認します。
菜優は早速その仕事を受けようとしますが、コアトルがなんだか苦い顔をして-とはいえ、コアトルには顔らしい顔は見当たらないないので、そんな顔をしていそう、程度にしか分かりませんが-言いました。
「ナユ、今一度確認しますが、今の貴方は罪人です。ひとたびガードに見つかれば、追いかけ回されること請け負いでしょう。貴方の命すら脅かされません」
「んなこと言われたってさ、他に請けられる仕事ももうないやんな。やるしかないって」
菜優の反論に、コアトルは押し黙ってしまいました。というのも、コアトル自身もどんな仕事が依頼として張り出されているかなんて、知りませんでしたから、代案なんて思いつきもしなかったからです。コアトルはううんと体をうねらせながら唸りますが、菜優を止められるだけの回答は見出せません。
菜優は依頼主からひび割れたツボを受け取ると、ルナーの街を出て北西の方へと歩き始めました。品物が品物なので、菜優はこれ以上壊さないようにおっかなびっくり歩いていきます。けれどしばらく歩いても壊れる様子がなかったものですから、壊れ物を扱ってるだなんて事も意識の外に放り出して、いつも通りの歩調に戻りました。
そうして歩き通すこと、二日。日が沈む頃には、ポルト・ニューイヤーの街に辿り着く事が出来ました。菜優はヘトヘトになりながら街に進入していきます。すると何処からか怒声が鳴り響いてきました。菜優はびっくりしながら、声のした方へ向き直ると、血相を変えたガードがこちらに走ってくるのが見えました。菜優は道を譲るように退きますが、ガードは何故かわざわざ菜優の方へ、菜優の方へと寄ってくるのです。やがてガードが菜優と一刀一足の間合いまで詰め寄ってくると、構えた剣を振り下ろしてきました。
そこに至ってようやく、菜優はガードが追いかけているのが自分だという事に気付きました。ケルがガードごと突き飛ばしてくれたお陰で、剣戟が菜優を害することはありませんでしたが、菜優に降りかかるはずだった切先を眺めて、菜優は戦慄して立ちすくみます。
「何ぼさっとしてんのよ。戦うの?逃げるの?どっち!」
ケルの一声で、菜優は目を覚ましました。菜優は辺りを見回して、周囲の状況を確かめました。後ろに振り返ると街の出口が見えて、そちらにはまだガードの手が回っていなさそうです。
「逃げる!」
菜優は短く叫ぶと、無我夢中に走り出しました。それを追うように、ケルも走り出します。足の裏に、がつがつと石畳を蹴り付けるような硬い感触が響いてきます。それが棒のように固まった脚全体に響き渡り、やがて痛みとなって膝や、腿の付け根を苛みます。上体も重くぐらついて、前のめりに投げ出されたような格好のままです。体育の授業の時に習った、背筋をピンと真っ直ぐ張って、視線を真っ直ぐ前に向ける、理想的なフォームからは、程遠くありました。
それでも菜優は懸命に足を回します。足を止めたらきっと殺される。もしここで足を止めてしまったらば、一度は躱したあの剣筋が、いつか菜優の身体をばっさりと断ち切って、たちまちにうつ伏せるように斃れてしまうことでしょう。菜優は全身全霊をかけて、街の出口まで駆け抜けました。
やがて街の出口までたどり着いた時、一人のガードが菜優の前に立ちはだかりました。ガードは天高く剣を構え、袈裟懸けに剣を振り抜こうとします。菜優は半ば反射的にエーテルソードを抜いて、その刀をいなすように受け止めました。
そして菜優は道脇に転がり込んで、慌てながらエーテルソードを鞘にしまいます。脳を直接揺さぶられたように気持ち悪く、喉へと何かが込み上げてきそうになります。平衡感覚もぐらぐら揺れて、立ち上がる事は難しそうです。菜優はそれらをなんとか飲み込んで、荒く呼吸をしながら落ち着けていると、菜優の視界に影が差してきました。
見上げたそこに見えたのは、広がる街並みと、その上に広がる青空と、それらを照らす大きな太陽。そして、視界いっぱいに広がって、それらを覆い隠すガードの姿。その手に持たれた剣は、太陽に照らされ煌めいていて、すでに菜優を斬りかからんと降りかかっていて。菜優は意識を叩き起こしながら、エーテルソードを抜こうとして、空を掴みました。二度、三度握り直して、ようやく柄を掴み取りましたが、一足分の間合いの中では、その一瞬ですら命取りで。剣戟は見事に菜優の肩口を捉え、そのまま脇腹に向けてすり抜けていきました。
菜優は何をされたのかを認識出来ないまま、ただ全身から力が抜けていくのを感じながら、自分のいる位置から吹き出ているらしい血しぶきを見下ろしながら、その五体を地面へと落としました。手にしていたひび割れたつぼは菜優の手からこぼれ落ち、地面に降り立ってはごろごろと転がり回ります。やがて背中が地面にくっつくと、首が力なくもたげ、地面に視線を這わせるように横を向かせます。その先に赤くどろどろとした水たまりがじわり、じわりと地面に落ちて広がって、菜優を、ひび割れたつぼを濡らしていくのを、呆然と眺めることしか出来ませんでした。




