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異世界少女、放浪記。  作者: げっとは飛躍のせつなさ
2-3章 ルナーでのお仕事探し、のおはなし

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61 - 菜優の異世界リサイタル

 パーティ会場の中は、階段の薄暗さとは裏腹に、テーブルに置かれた豪奢な燭台や天井に貼り付けられたシーリングライトに照らされて、明るく華やかな雰囲気でいました。途中で不安になったように、ごろつきや酔っ払い達にまみれたパーティじゃなくて、菜優は一安心しました。


 菜優は、パーティ会場の端に置かれたピアノを見つけると、近づいてみました。少々埃をかぶっているものの、ピアノそのものは立派なもので、実家に置いてあるアップライトピアノとはモノが違いました。椅子に腰掛けて、試しに鍵盤を一つ叩いてみます。ハンマーが弦を叩く、心地の良い音が響き渡ります。他にもいくつか鍵盤を叩いてみますが、音に狂いはなさそうです。


 そしてようやく一曲弾こうかと構えた、次の瞬間、菜優は思い出しました。そういえば、ピアノを弾く事すら久しぶりな上に、楽譜もありません。練習もなしに、いきなり空で演奏をしないといけないのです。どうしよう、何を弾こう。菜優は戸惑いました。そしてしばらく考えるうちに、小さい頃から基礎練習として、毎週のように弾いていた練習曲に思い至りました。それであればきっと、体が覚えてくれているはず。菜優は思い切って、その一番曲の最初の音符から叩き始めました。


 菜優の細い指先が鍵盤の上で踊るたび、明るく柔らかな音色が会場に響き渡ります。基礎練習の曲として選んだ曲ですから、そのメロディがいささか単調であるのは否めません。が、菜優の指先から紡ぎ出されるその旋律に、一切の狂いもありません。菜優がピアノから離れて久しいですが、案外と体は覚えているものです。時々つまづきそうにもなりますが、でも次の音を出す鍵まで、指が、手が、勝手にたどり着いているのです。


 そんな菜優の足元にチャリンという音と共に何かが転がってきました。音の感じからして、多分コインだろうな、と菜優は考えていました。演奏会に出席したことはあっても、コインが、いや、お金がもらえるようなことは今までありませんでした。気になりはしたものの、そちらに気を取られて演奏に身が入らないのでは話になりません。菜優は心の中で自らの頬を叩き、指先と、何も置かれていない譜面台へ意識を集めました。


 無事に一通り弾き終えて、菜優は椅子から立ち上がり、そしていつか演奏会でもそうしたように、観客達に礼をしました。観客達は一瞬顔を見合わせましたが、やがて、菜優の礼を拍手で受け止めました。


 菜優は床に散らばったおひねり達をかき集めました。それらを数えてみると、一.三三ティミほどのお金と、質素なタンスに生もので出来た椅子のようなものが落ちていました。芸は身を助くとはいったものですが、菜優は幼い頃からやっていた習い事が、まさかこんな形で身を助けてくれるとは思いもよりませんでした。一方で菜優は、一緒に転がっているこのタンスはパーティ会場の備品かと思いました。しかし、記憶にある限りには、席に着く前には見ていませんし、もしこんなピアノのそばにタンスが落ちていたなら、邪魔くさくてしょうがありません。


 それに、タンスを持って近づいてくる人があれば、きっと演奏中であってもきっと気付けることでしょう。であれば、おひねり達と一緒に投げられた、と考えるのが自然かもしれません。おひねりに投げるものとしては、タンスは重すぎると思いましたが、ここは、旅行者が当然のようにベッドを携行するような世界です。タンスを投げるような力があったとしても、なんら不思議ではないでしょう。危ないなぁと思いながらも、菜優はそれ以上考える事を諦めてしまいました。


 それよりも、貰ったタンスをどう扱うかの方が難しい問題です。タンスを一人で持ち運ぶほどの力なんて、菜優にはありません。けれど他に打っ手があるはずもないので、とりあえず持ち上げてみました。するとどうでしょう、タンスが不思議なほど軽いのです。菜優は筋力には自信はない方でしたが、それでも片手で持ち上げられそうなほどに軽いのです。もしかしてマリーナに行った時の旅行者達が持ち込んでいたベッドも、これほどにも軽かったりするのでしょうか。もしそうなら、持ち込めた事にも納得です。いささか、嵩張りはしますが。


 タンスと椅子っぽいものを肩に担ぎながら、菜優はピアノから離れました。一旦は成功を収めたリサイタルでしたが、稼げたお金はわずかに百円強ほど。菜優自身の技能で稼いだお金としては上々でしょうが、ご飯代や、宿代の事を考えると全く足りません。それに、ピアノから離れてパーティ会場全体を見渡してみると、菜優がピアノを弾いた場所ではそれなりの盛り上がりを見せてますが、他はそれほど盛り上がっているようにも見えません。なら、他の場所でも同じようにピアノを弾いて、それを繰り返せば、パーティ会場全体を盛り上げることが出来るでしょう。菜優は自信満々に意気込んで、次のピアノを目指しました。


 椅子に座り、指を鍵盤の上に走らせます。調律に狂いがない事を確かめると、今度は好きで良く弾いていた、ポップス曲に挑戦してみました。先程までと同じようにはいきませんでしたが、それでも、好きで繰り返し繰り返し弾いた曲です。そんなものは、やはり体が覚えていてくれているものです。指が鍵盤の上で踊るように動き、心も体も連動するようにリズムに乗ります。


 自分でも不思議なほど調子良く弾けていると思っていたその時、菜優の額を、ごつんという鈍い衝撃が襲いました。菜優は頭を勢いよくのけぞらせると、そのまま背中から倒れ込んでいきました。鍵盤の上で踊らせていた指先が、ふわりと宙を滑って落ちていきます。倒れるまいと幾度か何かを掴もうと試みますが、そこには藁の一本すらありません。


 床に背中を打ちつけた菜優は、頭の重さに首をもたげて、地面に視線を這わせました。赤い液体がとめどなく流れ落ちて、カーペットに染みを作っていきます。菜優はその光景をどこか遠くで起きたことのように眺めながら、ああ、あかんかったわ、と呟きました。それから菜優の意識が奪われるまで、時間がかかることはありませんでした。


 

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