55 - 無法者の街、ルナー
イースターを過ぎて、そろそろ三日が経とうとしていました。食料は昨日あたりに底尽きて、お腹は減りぎみです。一方で、テントセットに据え付けられた簡単なベッドのお陰で、夜ぐっすり眠れているためか、疲れはそこまで酷くありません。順風満帆とは言えませんが、それなりに順調な旅を続けています。
今朝は運良くノウサギが狩れたので、その肉をケルと分け合って頂きます。相変わらずの獣臭さではありましたが、安心して食べられるだけ幸せです。これが蝶々とか幼虫とかであれば、落ち着いて食べていられないでしょうし。
食休みを挟むこともなく、菜優はまた出発します。その足取りはやや焦っていました。-日の感覚は狂いつつありますが-七日も歩き通して、食料も尽きて、それなのにまだ街が見えてこない。
ルナーという街がどんな街なのかは想像するしか出来ませんが、少なくとも、建物がいくつか建っていることでしょう。であればそれなりに目立つはずですし、そこに続く道を歩いているはずなのだから、遠くにすら見えないということもきっとないでしょう。なのに街の影すら見えてこないことに、菜優は焦りを感じていました。
しかし、そんな菜優の不安もすぐに晴れることとなります。遥か前方に、街らしきものが見えてきたのです。ホワイトデイやヴァレンタインのように、家が街の外に建っている様子は見受けられないので、この街の住人はきっと、街の中に居を構えていることでしょう。
そんな街、ルナーにたどり着いたのは、次の日の、日の暮れなずんだ頃でした。流石に八日も歩き通せば、足も棒のようになります。それに、久しぶりにお風呂にも入りたいです。菜優は宿屋を目指し、街の門をくぐりました。
ルナーの街は見るからにして荒れていて、どことなく薄気味悪さも感じます。それに時折、女の人の嬌声が路地裏の方から聞こえてきたりして、とても居心地が悪くありました。興味本位で覗こうとも考えましたが、その人達と目が合ったりしたら気まずいよなと思い直し、顔を向けるだけに留めておきました。
それに、街を歩いているだけでわざとらしくぶつかってくる輩が多いのです。一度なんてその拍子にカバンをひったくられてしまいましたが、ケルが嬉々としてひったくり犯を殴り倒してくれたので、事なきを得ました。少々、相手が悪かったようです。
そんな調子でしばらく歩いていたのですが、ガード達が菜優を追いかけてくるような気配は感じられません。どころか、見る限り、一人もガードが居ないのです。ガードが居ないことも、治安がよろしくないという事も、噂通りのようです。そんな居心地の悪い街を歩き、やっとの思いで宿屋を見つけ出すと、その暖簾をくぐりました。
「ああ、いらっしゃいませ。お一人ですか?」
その声の主を見て、菜優は驚きました。日本に居た頃は中学生だった菜優と比較しても更に幼い、それこそ小学校の中学年か高学年くらいの女の子が、カウンターから声をかけてきたのですから。こんな治安の悪い街の中で、自分よりも小さな女の子が働いているのが、菜優にとっては衝撃的でした。
ここイースティアに来てからというもの、大人相手にしか話していなかったものですから、思わず態度が砕けます。
「ああ…うん。ケルちゃん、猟犬も居るけど、一緒に入っても大丈夫?」
「ああ、構いませんよ。お部屋は…ちょっと待ってくださいね」
店員さんがそう言うと、不意にカウンターの下に目をやりました。よくよく聞いてみると、子供の遊ぼうとねだるような声が聞こえてきます。店員さんはカウンターの裏にいるだろう子供をあやすように話しかけたあと、ややあって、店員さんはその子を抱き上げてから、「案内しますね」と菜優を先導し始めました。
「かわいいね。妹さん?」
「妹…まぁ、妹みたいなもんですね。血のつながりはないけれど、家族みたいなもんですから、私たちは」
それを聞いて、菜優はすこし羨ましくなりました。菜優には兄弟が居ないものですから、両親には可愛がってもらえましたが、年が近く、一緒に笑ったり喧嘩したりする相手は居ません。
それに、この店員さんはまだ小学生であろうくらいの年なのに、妙に落ち着いていますし、大人びて見えます。もしかして自分にも妹なり弟がいたら、この子みたいなしっかり者になれたのかな、と思ったりしていました。
菜優達が部屋に向かう途中、浴場と思われる場所から二人の子供が飛び出してきました。片方は走って逃げる小さなの男の子で、もう片方それを追いかける、店員さんと同じくらいの歳の頃だろう女の子で、二人とも素っ裸のままです。やがて女の子が男の子を捕まえると、こちらに向き直りました。
「よぉし、捕まえたっスよ。あれ、マリーじゃないっスか。そっちはお客さん?」
「はぁ。デール、キミって子はだな…せめてタオルでも巻いてきたらどうだい」
「いや、すぐ戻るっスから問題ナシっスよ。まだ子供たちお風呂に置いてきっぱなしっスし。それじゃ、私はこのへんで」
そう言って、デールと呼ばれた女の子は男の子を抱えたまま、浴場の方へと戻っていきました。店員さん-そう言えば先ほど、マリーと呼ばれていましたね-は頭を抱えて、
「問題ナシじゃないよ大問題だよ。キミもそろそろ年頃なんだから、恥じらいというものを持って欲しいものだよ」
と嘆いていました。
菜優はそのやりとりを見て、テレビでよく紹介されていた大家族のことを思い出していました。そこでは上の子達が下の子達の面倒を見ていて、下の子達は下の子達で勝手気ままに暴れていることが多かったように思います。まさにそんな光景の一部が、いままさに目の前で繰り広げられていたのだと。そんな印象を受けました。
と同時に、菜優は思い直すのでした。マリーは特別に落ち着いている方で、どれだけ自分の下に兄弟がいようとも、マリーのような大人びた雰囲気は出せないのだと。そう、先刻素っ裸のまま人前に飛び出してきても、恥じらいの一つも見せなかった、デールと呼ばれてたあの子が、全然大人びて見えなかったように。




