53 - 金髪の少女
四日目の朝を迎えました。菜優はなんとか起きることができたものの、疲れが抜けておらず、くたくたです。眠たくて眠たくて仕方ありません。安心して寝られるということは、とても大切なことなのだと改めて思い知らされます。
そうは言っても、千里の道も、一歩ずつ進まなければ、目的地に近づくことは万に一つもありません。この状況を、体調を本格的に崩す前に打破しなければなりません。菜優はなんとか体を起こしあげて、また南西を目指します。
しばらく歩き、道すがらにあったイースターも遠くに見えるようになった頃、一人の露天商と出会いました。寝具がないかを聞いてみたところ、なんと携帯用のテントキットがあると言うのです。しかも、魔法の力でコンパクトに収納が出来るようで、見せてもらったところ、菜優のカバンの中にも余裕を持ってはいりそうです。
これは買いだ、と思って値段を聞いたところ、百五十.一五ティミとのことでした。足りるかな?と思って財布の中身を数えたところ、百二十ティミほどしかありません。あと三十ティミほど稼げれば、寝床に困るような日々とおさらばできます。
菜優は手持ちのお金の話をしながら値切りの交渉をしてみますが、流石に三十ティミは勉強してもらえないとのこと。がっくしと肩を落としましたが、菜優は露天商からある提案を受けました。
「代わりに、何か金になるようなモンを持ってきてくれりゃ、そいつと引き換えてやってもいいぜ。例えば、あそこにいる金髪のメニーナとかな」
そう言って、露天商は遠くの方を指差しました。見れば、金髪の少女が一人遠くで蝶々を追いかけているのが目につきました。彼女はやがて蝶々を捕まえると、そのまま口に運んで咀嚼しはじめます。彼女が人間では無さそうな事は、その行動から明らかでした。
「とはいえ、一匹じゃあ物足りねえな。あんたの手持ちの金を考えりゃ、ニ、三匹は欲しいところだ。今日中に持ってくるなら、待ってやってもいいぜ」
露天商はそう続けました。そういえば、前にイースターで白髪の少女に襲われた時は、一匹のメニーナが菜優の手を引いて、自分の群れへと引っ張って行ったのを思い出します。もしかして彼女も群れから少し離れているだけで、近くに仲間がいるのかもしれないなと思いました。
とりあえず菜優は、モンスターを捕縛するためのロープを露天商から買って、その金髪の少女へと近づいてみました。少女は「あはは」と笑いながら、菜優の姿を認めます。そして例の如く手を取り引き始めたので、そのままついていくことにしました。
しばらく歩くと、菜優の予想通り、同じような姿の金髪の少女が、一所に集まってたむろしているのが見えてきました。菜優はこのうちの三匹だけをロープで捕縛して、そのまま戻ろうと考え、スクルドからもらった指輪の力を借ります。指輪からまばゆい光が放たれて、菜優を包み込んでいきます。やがて菜優は、金と翠玉の色の湛えた、豪奢な鎧に着替えました。
少女が群れのところにまでやってくると、菜優に座るように促します。菜優は促されるままついつい座ると、少女は黄色い小さな花の冠を一つ持ってきて菜優の前に掲げました。菜優は思わず頭を下げると、少女はその頭に花冠を被せてくれました。
菜優は、いっそ襲ってきてくれたらいいのに。と内心思いました。花冠を被せたり、両手を取って踊ったり、追いかけっこをせがまれたりと、彼女達はただ菜優と遊びたいだけのように見えます。なんと人懐っこいことでしょう。菜優を食べようと襲いかかってきた、イースターで出会った白髪の少女達とは大違いです。
でも、菜優だって背に腹は変えられないような状況です。別にこの金髪の少女達でなくともいいはずですが、金目のものも持ち合わせていない菜優は、今日中になんとかお金を工面して、あのキャンプキットを買わなければなりません。そうしなければ、安心して眠れない、疲労と戦う旅を続けることになります。一度マリーナからヴァレンタインへ帰る時に思い知りましたが、あんな思いは、二度と御免です。
菜優は意を決しました。少女は菜優に背を向け、しゃがみ込んで花を摘んでいるようです。そんな少女に後ろから抱きつき、「ごめん」と言いながら素早くその体にロープを巻き付けました。少女を簀巻きにするように捕縛すると、固く固くロープを縛りました。
これを、あと二度ほど繰り返します。菜優の瞳は涙をいっぱいに溜め込んでいて、菜優の視界を滲ませています。なんでこんなことをしなくちゃならないのだろう。自問自答をしながら、無心になって少女にロープを巻き付けます。
ああ、あの白髪の少女達のように、私に襲いかかってきてくれたなら。そうだったら心置きなく反撃して、気絶した彼女達を捕縛出来たのに。どうして、こんな人懐っこい子達じゃないといけなかったんだろう。菜優は少女達を捕縛し終えると、それらを連れて、露天商の元へと戻ろうとしました。
その時菜優は、背後から襲われる未来を見ました。すかさずエーテルソードを手に取って、背後からの脅威に相対します。見ると、金髪の少女のうちの一匹が、彼女の身の丈よりも大きな戦斧を持って、襲いかかってきていたのです。そんな物騒なもの、どこにしまっていたのでしょうか。
少女が振りかざした戦斧が、まもなく菜優を斬りかからんとしたところを、エーテルソードで受け止めます。鍔を競り合わせた先に見えた少女は、菜優と同じように涙が溢れさせていて、ギリギリときつく、歯を食いしばっています。菜優はその瞳の奥に、深い憎悪の炎を見た気がしました。
そりゃそうだよ。友達が拐われようとしてるんだから。私だってそうするよ。菜優は考えるだけでも悲しくなりましたが、ここまでやってしまった以上、もう引き返すことは出来ません。受け止めた戦斧を脇へ逸らせると、エーテルの刃はついでと言わんばかりに戦斧を真っ二つにしながら、少女は姿勢を崩しました。そして菜優は柄頭で少女の背中を強く打ち、地面に転ばせます。
少女は顔面から地面に倒れ込み、動かなくなりました。倒れ込んだ少女から、すすり泣く声すら聞こえてきそうです。菜優はそれらを振り払うようにエーテルソードを鞘にしまって、縄で括った三匹の少女達を連れ去って行こうとします。
直後、菜優は少女がもう一度飛びかかってくる未来を見ます。慌ててエーテルソードを抜いて、少女の攻撃に備えます。が、少女の手には戦斧など握られておらず、両手を前に、まるで抱きつきにかかろうとしているようです。菜優は慌ててエーテルソードを抜いてしまったがために、刃の勢いを殺すことが出来ません。やがてその剣筋は飛びついてくる少女の胸元を的確に捕らえ、真っ二つに切り裂きました。
菜優は、ロープと剣を持ったまま、立ち尽くしていました。二つに分かれた少女の体を、ただ呆然と見下ろしています。やがてエーテル酔いが酷く進み、立つことがままならなくなっても、菜優は剣を鞘にしまおうとしませんでした。
にわかに降り出した雨が、菜優の服に付いた血を洗い流しても、菜優の体は動きませんでした。やがて雨が上がっても、菜優の気分が晴れることはありませんでした。




