52 - ルナーの街へ
目指すルナーの街は、この国の南西の端、徒歩だとおよそ七日ほどかかる道のりです。菜優はそんな距離を歩き通したこどなど、マリーナからヴァレンタインまで逃げ帰ってきた時の一度しかありませんので、本当に辿り着けるか不安で仕方ありません。
しかし行かなければ、食料事情の不安定さを抱えたまま何ヶ月も過ごすことになるでしょう。選択肢を吟味している暇などありません。
冷蔵庫にしまってあった携帯食を持てるだけ持ち出し、カバンの中に詰め込んでいきます。菜優の分だけで考えれば、四日分程度はあるでしょう。やや、というかかなり心許ありませんが、街に買い出しにも行けない以上仕方ありません。道ゆく人に分けてもらったり、道中に狩りをして継ぎ足しゆくしかないでしょう。
カバンを背負い、いつものポーチを持って、菜優は出発します。およそ七日、日本にいた頃は、普段から車や自転車に乗って移動していた菜優にとっては、険しい道のりになるでしょう。菜優は自分の頬をはたいて自らを奮わせてから、歩き始めました。
昼頃、菜優は運良くニワトリを捕まえて、足の一本を引きちぎって焼き上げます。それを食べつつ、残りは全てケルに渡します。菜優はまだまだある携帯食を食べればよかったはずなのですが、携帯食はケルが食べられないものがほとんどで、ケルの分の食料はどこかで捕まえるなりしなければなりません。ペットフードの一つくらいあればな、とは思いましたが、今のところそんな物を市場で見た記憶はありません。
それに、たとえ食料が手に入っても、その一部でも菜優が食べないことには、ケルは意地でも食べようとしないのです。だから、半分ほどパフォーマンスのつもりで、先に菜優がその肉を頂くことにしているのです。もっとも、菜優は少食でしたから、その足の一本だけでもお腹は満たされるのですが。
日が暮れ落ちるころ、菜優は寝具が無いことに気づきました。マリーナに向かう時にも思いましたが、やはり寝袋なり、携帯出来る寝具をどこかで手に入れる必要があると思い知らされます。
今日のところは運良く小屋を見つけられたので、そこに忍び込みました。中に積み上げられていた藁の上に体を預けて、夢の世界へと落ちていきます。もし持ち主が現れたら、状況を説明して赦してもらおうと考えながら。
次の日が登る頃、菜優は目を覚ましました。頭はやや寝ぼけていますが、いつまでも小屋の主の留守に甘えているわけにはいきません。誰もいない小屋にお礼を言うと、少しばかりお金を置いて、またルナーの方向を確かめつつ歩き出しました。
その次の日は都合の良さそうな小屋などを見つけることが出来ず、菜優は道端にどいて眠ろうとします。昼は暖かでも夜になるとひんやりと冷えて、起きている分には心地が良いけれど、眠って体温が下がれば風邪を引きそうです。
ルナーへの道半ばにイースターはありますが、あそこにもガードがいるので、街に近づくことすら危ういでしょう。すると、この七日間の旅程のうち、一日も街へ立ち寄れず、宿に泊まることも出来ないということになってきます。
この調子で七日も野宿すると、流石に風邪を引いてしまって、にっちもさっちも行かなくなってしまうでしょう。道ゆく人に片っ端から話しかけて、寝具を譲ってくれないか、交渉することを決めました。
次の日から、道ゆく人を見かけては、寝具や食べ物を分けてもらえないかを聞いてみました。すると、食べ物の方は工面できたものの、寝具については皆一様に布団なりベッドなりを持ち運んでいるのみで、荷車すらない今の菜優では、とても持ち運ぶことは出来ません。ケルなら力は足りているでしょうが、布団なり、ベッドを持ち運ぶための犬用のカバンなどがあるわけではありません。
そしてとうとう、寝具がない状態のまま三日目の夜を迎えました。やはり小屋の類はありませんので、菜優はまた、土の上に体を預け、カバンを枕に、眠り始めます。
びゅうびゅうと吹き荒ぶ風の音が、菜優の不安をさらに駆り立てます。それでももう夜も暗いことですし、いくら闇目に目が慣れていても、星灯りしかないこの夜の中、まともに真っ直ぐ歩けたものではありません。菜優は眠らなきゃ、まだ四日もあるんだと自分に言い聞かせながら、ぎゅっと固く、目を瞑りました。
そんな生活が三日も続くと、流石に菜優にも顕著に疲労が現れてきました。体はだるく、頭はぼうっとして、起きてもしばらく動くことが出来ません。目を開けたまま地面に寝転び、日が天の最も高くについた頃に、ようやく動き出せる始末でありました。
そんな菜優の目に、イースターの村が見えてきました。ようやく一休み出来る、と菜優は安堵しましたが、その直後に自分が指名手配されていることを思い出しました。村に入るなりいきなりガードに追いかけられては、今の菜優では逃げることも叶いません。菜優は疲れた体に鞭を打ちながら、イースターを遠く、遠くに避けるように針路を変えたのでした。




