49 - 第二の故郷へ
とりあえず、ヴァレンタインへ帰ろう。
とりあえず、家に帰ろう。
それからのことは、帰ってから考えよう。
菜優はそれだけ考えて、東を目指して歩きます。しかし、ヴァレンタインからマリーナまでは、ロバ車でも二日かかるほどの距離があります。そんな道筋を歩くのですから、何倍もの時間がかかる事は間違いありません。
でも、他に行けるところが思いつかないのも確かです。最寄りの街、マリーナは爆発騒ぎによって滅ぼされてしまい、しかもその実行犯は菜優だと見られているようですから、事実上立ち入り禁止になっていますし。
また歩いていれば、先の神殿のようなものも見つかって、そこで腰を落ち着ける事は出来るかもしれませんが、そんな不確定なものを目印に、行き先を決めるなんて出来ません。だから、とりあえずヴァレンタインを、自分の家を目指す事にしたのです。
一つ日が落ちて、月が空に上ります。菜優は近場の茂みに隠れて、意識の落ちるままに眠りにつきます。日が登る前に目が覚めて、日のある方向を目指してまた歩き始めます。
また一つ日が落ちて、月が空に上ります。菜優は近くに洞窟を見つけて、そこで斃れるように眠りにつきます。日が登る前にはまた目が覚めて、薄明の空の下を歩きます。
また一つ日が落ちて、菜優はその場に倒れ込みます。寝返りを打つように道路からなんとかどいて、そのまま眠りにつきます。それでも日が登る頃には目が覚めて、働かない頭、重い体を大いに震わせて立ち上がります。
悪い夢なら覚めてくれやんかな。こんな苦しい夢も、たまに見るよな。夢なら夢って言ってくれやんかな。菜優は呟くように言いました。
マリーナを脱出してからというもの、菜優はヴァレンタインまでの、先の見えない長い旅路を一歩一歩と進んでいます。しかし、本当にヴァレンタインに近づいているかは、誰にもわかりません。道路に沿って東に進んでいれば、いずれヴァレンタインに着くと、信じる事しかできません。
一日、また一日と経るたびに、菜優の疲労は確実に蓄積していって、菜優の気力と体力を着実に蝕んでいます。ご飯を確保するのもギリギリですし、まともに寝られる環境もないなかで、疲れを取ろうというほうがきっと無理なのでしょうが。
「ちょっとナユ、大丈夫?ふらついてるじゃないのよ」
ケルも流石に心配になって、菜優に声をかけます。しかし菜優は弱々しい口調で「平気、平気」と答えると、相変わらずのふらついた足取りで道を進みます。ケルもかける言葉を失って、ひたすら菜優の後をついていきます。
そうして、およそ五日が経ちました。菜優は、三叉に別れた道と、その間に立った看板を見かけました。その看板を確かめると、北に向きの矢印に「ホワイトデイ」と書かれているのが分かりました。
ここまでくれば、あと一息です。この看板からヴァレンタインまでは、大体二日ほどかかった記憶があります。後二回、日が登るのを見ればヴァレンタインに着くのです。菜優はようやく、ヴァレンタインに近づいてきたことを実感出来て、一安心しました。
だからと言って、菜優の心が、体が、休まるわけではありません。時折、日が高く、モンスター達も活発でないだろう頃に野っ原に寝転がって仮眠を取りつつ、ヴァレンタインを目指します。菜優は相変わらず疲労困憊のままですが、ヴァレンタインに近づいている事が実感出来たからか、足取りはやや軽くなっていました。
そうして、三回目の朝を迎えました。菜優はとうとう、ヴァレンタインの門を見つけました。何度も足繁く通い、第二の故郷ともなりつつあるヴァレンタインに、ようやく帰ってこられました。
菜優は安心したのか、その場でへなへなとへたり込みました。ここまで、長い長い旅でした。一時など、本当にヴァレンタインに向かえているのか、不安になることすらありました。もしかして全く知らないところに迷い込んで、一生をかけても帰れなくなるんじゃないかと考えることもありました。けれど菜優は、ようやく、ヴァレンタインに帰ってくることが出来たのです。
菜優はひとまず、たすけあうジャパンの支社に、顔を出す事にしました。先に家に帰っても良かったのですが、シイラ達に自らの無事を報告したかったのと、今後の話を先にしておきたかったからです。たすけあうジャパンの支社に入ると、シイラが出迎えてくれました。
「ナユちゃん、おかえり。なんだか大変な事になってるみたいね」
「ああ、シイラさん。そうなんです!もうほんっとに大変だったんですよ」
「そう。ちょっと今手が離せないから、水でも飲んで待っていて」
シイラは、そう言って菜優に水を差し出してくれました。菜優がそれを手にしたその時、突然、ケルが叫びたてました。
「ナユ、それ飲んじゃダメよ!」
ケルの怒号に、菜優は思わず手を止めます。見れば、ケルは全身の毛を逆立てています。まるで、敵を見つけて、それらに対して威嚇をするように。菜優はケルの不可解な態度に、菜優は度肝を抜かれました。
「は?ケルちゃん、どしたん?」
「それ、本当に水かしら。なんだか薬くさい匂いが混ざってるけれど」
「ケルちゃん?ほんまに何言うてるん?シイラさんがそんなことするわけ…」
菜優が言い終わる前に、ケルが突然飛び出していきました。その先には投げられた網が繰り広げられていて、ケルと、彼女の突進に巻き込まれた机が網の中に閉じ込められてしまいました。




