47 - 神々とワルキューレ
「子猫ちゃん、迷うくらいならアタシを信じなさい」
「我ら水の力は万物より優れり。故に、我らを信ずるのだ」
「其方の願い、小生の知識と力で全て解決してみせよう」
「大地は全ての命の母です。その力の権化たる身共ほど、命あるあなたの助けになるものなど他にありませんよ」
菜優を取り囲んだ四柱は、口々に自分が、自分がとアピールをしてきます。けれど、だからと言って誰を信じれば有利になれそうかについては、菜優は全くわかりません。
やがて、菜優の周りががやがやと騒ぎ始めました。なにかと思って視線を上げると、神々の像たちが頭を寄せ合い、口論をしているのです。菜優は慌てふためきましたが、だからと言って一人に信心を捧げると、それはそれで火に油を注ぎそうです。
やがて口喧嘩は当然のようにエスカレートして、各々が実力行使をし始めてしまいました。炎が猛り、水が荒ぶり、風が逆巻き、大地がいきり立つ。菜優はその間を器用に掻い潜りながら逃げ出しました。ああ、どうして夢の中でも逃げなきゃならない羽目になるのでしょうか。
炎が頭上を通り、水が脇を抜け、風の音を近くに聞き、隆起した土に足元を救われ。それらを紙一重で躱しながら、菜優は全力で逃げます。
菜優は、悪夢なら覚めて欲しいと必死に祈りました。マリーナでも追われ、ボロボロになりながらも逃げてきた菜優が、どうして夢までもこんな目に遭わなければならないのでしょう。しかし体は軽く、先刻よりは、どころか、普段とくらべても軽やかに脚が回ります。やはり夢なのだと、現実ではないのだと思い知らせてくるのは、不幸中の幸いでしょうか。
菜優はとにかく逃げて逃げて逃げおおせますが、神の力はあまりに強大で、逃げ切ることなど叶わないことだったのでしょう。背中からどっと水流に押し流されてしまいまして、まともに逃げることすら出来なくなってしまいました。菜優はそれでも溺れまいとあがきます。すると、どこからともなく、こっち、こっちと声が聞こえてくるのです。
必死になって声の聞こえてくるほうを探り、そちらに振り返ると、なにやら金と翠玉の色にに輝く甲冑に身を包んだ人らしきものが、こちらに手を伸ばしているのが分かりました。菜優は死に物狂いでそちらに泳ぎ着くと、なんとかその手を掴む事が出来ました。
「いよっし、捕まえたぁ!んじゃ、飛ぶよぉ。しっかり捕まっててねぇ…いよっとぉ」
「え?飛ぶって…わっ」
菜優の疑問を遮るかのように、菜優と甲冑の少女の体はふわりと浮き上がります。瞬く間に、炎も風も飛んでこない、静かなところに降り立ちました。
移動時間はほとんどありませんでしたし、移動したと言っても浮いて降りただけでしたし、あたりは真っ白に塗りつぶした背景のようなままで変わり映えがしなかったので、菜優は別の場所に来た気はしないでいましたが。
「いやぁ、災難だったねぇ、キミ。うちの神様らぁ、いっつもこんな感じで喧嘩になるんだよぉ。ここでは争わないって決めたはずなのにねぇ。ばかだよねぇ」
やや間延びした口調で、甲冑の少女は話しかけてきました。やや高い声の感じからして、菜優は自分と同じくらいの歳の頃なのかもしれないなと考えていました。
「そうそう。キミ、なんていうの?」
「菜優って言うの。朱鷺風菜優」
「へぇ、良い名前だね。あ!ボク名乗り忘れてるよねぇ。ボクはスクルド。未来を司る神の眷属なんだぁ」
スクルドと名乗った少女は、そう言いながら両手を腰に当てて、自慢げに胸を張りました。スクルドの甲冑は金に翠玉を散りばめたような豪奢なつくりになっていて、腰から下はミニスカートのように広がっています。膝下から脚を守るブーツがある他には、彼女の脚を隠すものはありません。
これを、菜優の親友であるさくらちゃんが見たらば、ふともも!絶対領域!ふともも!と興奮気味に言うんやろな、と菜優は思っていました。他にも籠手はつけているものの脇や二の腕を隠すものはなく、甲冑という割には露出が多いよな、と考えていました。
菜優はスクルドの手を借りながら立ち上がります。菜優も身長は高い方とは言えませんが、スクルドはそんな菜優よりも頭一つ分くらい小さくありました。こんな小さな体躯の子が、菜優の腕を掴み上げて、あの荒れ狂う水流のなかから掬い出してみせたのです。神の眷属というのも、納得の膂力です。
「あ、そうだぁ。ここで会ったが百年の縁っていうじゃない?お近づきの印にこれあげるよぉ」
と言って、スクルドは翠玉の嵌められた指輪を手渡してきました。というか、ここであったが百年目というのか、袖触れ合うもの多少の縁というべきか。下手に難しい言葉を使おうとするものではありませんね。
「うわぁ…綺麗。でもいいの?」
「うんいいよ!でね、もし困ったことがあったら、その指輪を通じてボクを呼んでねぇ。駆けつけられないかもしれないけど、力は貸してあげられるからねぇ」
菜優はよく分かりませんでしたが、とりあえず困った時の頼り先がもう一つ出来たようです。それを左手の中指にはめると、一瞬、指輪がきらりと光ったような気がしました。
「あ!そろそろ戻んないと怒られるかもぉ。んじゃあナユちゃん、またねぇ」
そう言って、スクルドはぱたぱたと忙しそうに駆けていきました。やがてスクルドの姿が背景の白の中に消えていくと、白の広がる世界の真ん中で、菜優はぽつんと一人取り残されます。
いつまで経っても夢が覚めないので、菜優は不意に、これが実は夢じゃなかったらどうしようと思いました。実はこれが現実で、どうにかしてここから脱出しなくてはならない…とか。しかし見回してみても、しばらく走ってみても見渡すばかりの白が広がるだけで、なんのヒントもありません。まさか、出られなくなっちゃったんじゃあ?
そんな悪夢なら、やっぱり覚めて欲しいと。菜優はそう思いながら覚めやらない夢の中で、途方に暮れてしまいました。




