46 - 神々の休戦場
日は暮れ落ち、月が東から登り始めた時の頃。あたりは暗闇に閉ざされ、獣の声も遠くから聞こえてきます。月明かりに照らされてなお、近くの影の正体も分からない今なら、たとえ追いつかれても、菜優が菜優だと気付かれにくいでしょう。
その頃の菜優はというと、走り疲れ、歩き疲れ、その五体は疲労困憊にありました。頑丈な枝を拾っては杖代わりにして、重たい体に鞭を打ちながらとにかく林の中を進みます。
夜になって気づいたのですが、今夜はどこでどうやって明かせば良いのでしょう。前回野宿した時にはシイラから借りた寝袋がありましたが、今回は都市への観光旅行のつもりでありましたから、そんなもの、持ってきているはずがありません。
少し嵩張るけれど、いつでも野宿出来るような準備をしたほうが良かったな、と菜優は後悔しています。しかし、後悔とは往々にして先には立たぬもの。ましてや観光先が滅びて追われて、野宿せざるを得なくなるなんて、誰が想像できたでしょう。
しばらく歩くうちに、菜優は林を抜けて、開けた場所に出ました。その中心には神殿らしき建物があって、その周りには、銀色の毛の生えたネコたちが思い思いに寛いでいます。
あの建物の中ならば、この地べたに寝転んで夜を明かすよりかは幾分マシなのではないでしょうか。雨は今はないですが、寝ている間に降ってきたらば、びしょ濡れの大惨事になること請け合いでしょう。
しかし、目の前に見える建物は、東屋というよりは、なにやら神様が祀ってありそうな、そんな雰囲気もします。もしかしてそんなところに上がり込むのはバチ当たりじゃないか、とも考えました。
菜優は悩みましたが、背に腹は替えられません。中を確かめてから、神様がいたら赦しを乞おう。そう腹を決めて、中に入りました。
神殿の中は外の世界と同じように暗く、光の一筋もありませんでした。
文明開花の音も聞こえてこなさそうな、その中世ファンタジーめいた世界観の繰り広げられるこの世界ですが、菜優の家-洞窟ではあるのですが-の壁に電球が刺さっていたように、意外にも電気が普及しているのです。なので、この神殿にも当然のように灯りがあるもの、あるいは付くものだと思い込んでいたのです。
ところがどっこい、中に電球はおろか、篝火の一つもありません。これでは、中の様子を窺い知ることは出来ません。菜優は真っ暗な神殿の中を覗き込むと、恐る恐ると中に入っていきます。ケルが言うには、生き物らしい匂いはしないとのこと。逃げる時には宛てになりませんでしたが、こういう時には頼もしいですね。
安心するのは難しいですが、とりあえず雨風を凌ぐことは出来そうですし、なによりも、菜優の心身が限界を迎えていました。誰にも襲われないことを祈りながら、壁にもたれ、腕を枕にするように眠り始めました。
菜優は、真っ白な世界の中で目を覚ましました。神殿の中で眠ったはずなのにな、と思いながら辺りを見回してみると、一面がテレビとかで偶に見るような何もない真っ白な背景のようになっていて、どことなく不気味で、現実感がないように感じられました。
そしてまたいつぞやのように振り返った先に突如として神様を象ったらしい像が見えてきました。ただ、現れた神は翼を湛えていて、まともな衣を纏わず、一枚布を体に這わせたような格好をしていました。
ぎょっとしてその像を眺めていると、手にハサミを持った神、数匹の白鳥を身体に乗っけた神、ピエロのような奇抜な姿をした神、大量の小麦を抱えた神の像が、ぐるりと菜優を取り囲むように立っていました。
菜優は突然のことに驚きましたが、言ってしまえば相手は像。神であったとしても、像であることには変わりなく、彼らが勝手に動き出すことはないでしょう。あれ、ゲームの世界では何やら意思を持って、自ら動き回る像もありましたっけ。
しばらく五体の像を観察していましたが、とりあえず動き出すことはなさそうで、菜優は安堵しました。するとその時、突如として声のようなものが聞こえてきました。
「汝、助けを求むるか」
菜優は、今のこの状況-マリーナを追われ、テロリストとして指名手配されているだろう今の状況-を助けられるものなら、何者の力だって借りたくありました。今も疲労困憊の中、神殿の硬い石畳の上で眠らなければならなくなったのもそのせいですし。
菜優は夢中になって、「ええ、今の私には助けが必要です。どうか助けてください」と神頼みをするように言いました。すると、
「あら、可愛らしい子猫ちゃんね。いいわ、アタシに信心を捧げるなら、アタシが助けてあげる」
「我ら水の神に信心を捧げるなら、力を貸そう」
「ふむ、助けが必要とな。なれば小生に信心を捧げよ。大いなる風の力が、其方の力となろう」
「助けが欲しいなら、身共に信心を捧げなさい。そうしたらば、大地はいつも貴方を見守っていますよ」
などと、神々が口々に言うものですから、菜優は何が何だかわからなくなりました。しかし、全員が同じく「自分に信心を捧げろ」と言うのです。
信心を捧げるというのはどう言うことか、菜優には想像がつきませんでした。しかし、誰か一人にしか信心を捧げることは出来なさそうやないかな?全員にできたら、それは欲張りちゃうか?とか考えていました。
では、誰に信心を捧げれば良いのでしょう。菜優は迷いました。けれど、選ぶには情報が足りなさ過ぎます。ゲームでの印象で言えば、風の力を借りれば足が速くなりそうな気もしますが、それはそれで、根本的な解決にはなりませんしね。




